五 第二の密室(2)

 僕らが現場へ到着した時、花小路家の人々はすでに集まっていた。


 廊下には昨日見た柾樹青年の実父である幹雄氏、継母の彩華夫人、妹の梨花子さん、そして、姉の桜子さんの四人がめいめい蒼ざめた顔をして立ち、おそるおそる問題の部屋の中を覗き込んでいる。


 緊急事態で集まったわりに、そこにいる者達はもうすでに寝巻きではなく、ちゃんとした格好をしている……廊床に置かれた大きく古めかしい置時計を見ると、時刻はすでに午前8時を回っていた。


 昨夜なかなか寝つけなかったせいか、どうやら少し寝坊をしてしまったらしい。


「先生!」


 ようやく駆けつけた僕らの姿を確認すると、桜子さんが深刻な面持ちで短く声を上げた。

 

 だが、そんな桜子さんとその他の家族達を一瞥しただけで、先生と僕は柾樹青年に従って部屋の中へと急ぎ駆け込む。


「……っ!」


 そこには、口から白い泡を吹き出し、その苦しみに目を引ん剥いて腹這いに倒れる咲子夫人の遺体があった。


 床の上で冷たくなっているその姿は、昨日、柾樹青年からここで話を聞いた際、思わず脳裏に浮かべてしまった彼女の夫の死に様をそのまま再現しているかのようである。


 しかも、ご丁寧なことには、まるで僕らに見せつけるかの如くして、その右手に一本の黒く錆びれた鍵までが握られている。


「うっ…!」


 悶え死んだことがよくわかる、あまりに恐ろしいその形相に、僕は思わず目を逸らしてしまった。


 それでも一呼吸置いてから視線を戻すと、遺体の近くには咲子夫人の息子である薫君が沈痛な面持ちで床に座り込んでいる。

 

「柾樹君、最初から詳しく話してください。今朝、何があったのですか? 誰が咲子婦人の遺体を発見したのです?」


 先生がいつになく険しい表情で、それにしてはやはり落ち着いた調子の声で柾樹青年に尋ねた。


「はい。叔母がいないことに気づいたのは朝食の時です。先生達はまだ寝ていらしたので、お起こしするのは悪いと思い声をかけなかったのですが、僕らはいつも通り7時半には食堂に集まり、朝食をとろうとしていたんです。ですが、叔母がいつまで経っても現れなくて……これまで、そんなことはなかったので心配になり、藤巻さんが探しに行ってくれることになったのですが、そうしたら、また気がついたんですよ! この部屋の鍵がなくなっているのに!」


 この部屋の鍵……僕は遺体の手の中に握られているその鍵に再び視線を向けた。


「叔父のことがありましたし、どうにも嫌な予感がした藤巻さんの知らせを受けて、僕らはみんなでこの部屋の前に駆けつけたんです。もちろんその時、ドアには鍵がかかってました。でも、やっぱり叔父のことが頭に浮かんだ僕は、今度も体当たりをしてドアを開けてみたんです……そしたら、案の定、叔母がこのような姿で!」


 説明する柾樹青年の声が、最後には悲鳴の如き叫びに変わる。


「誰も部屋の中は弄っていませんね?」


 それでもいつものペースを崩さず、先生は話を聞きながら、窓際に寄っていくと振り返りもせずに尋ねた。


「は、はい。誰も物には触れていません。中に入ったのも僕と薫君と、後は藤巻さんくらいのもので。ただ、叔母の遺体には薫君が少し触ってしまいましたが……」


「母…さん……」


 遺体の傍で、力なく俯いた薫君がか細い声を上げている。


「御林君、ちょっとこれを見てください」


 だが、そんな遺族の声も聞こえないかのように、閉じたガラス窓を間近で見つめる先生が僕の名を呼んだ。


「……?」


 僕は薫君の姿を横目に見ながら、何事かと先生の方へ近づいていく……そして、その視線の先にあるものを覗き込むと、それはしっかりとかけられた、左右の窓枠を硬く閉ざすかんぬきだった。


「先生、これって……」


 僕は思わず目を見開く。


「ええ。また、密室ですよ。しかも、茂氏の時とまったく同じ状況のね……誰か、警察へはもう連絡したんですか?」


 かけられた鍵を見つめながら小さな声で囁くと、先生は後を振り返って誰へともなく尋ねる。


「今、藤巻さんが電話しに行っています!」


 答えたのはまたしても柾樹青年だった。無論、薫君は答えられるような状況にないし、他の家族達も廊下に突っ立ったまま、ただただ蒼白な顔で凄惨な部屋の中を覗き込んでいるだけである。


「柾樹様! …ああ、これは先生!」


 そんなところへ、ちょうど藤巻執事がいそいそと現場へ帰って来た。彼は部屋へ入るなり、柾樹青年と先生の顔を見比べながら告げる。

 

「それが、警察に電話したのですが、警察どころかどこへも繋がらないのです」


 執事のその報告に、そこにいる全員の顔に不安の色が浮かぶ。


 電話が繋がらない? ……なぜ? まさか、誰かが電話線を!?


「御林君、ケイタイは?」


 新たなアクシデントに僕が驚いていると、慌てることなく先生がそう声をかける。


「あ! …は、はい!」


 そうだった。このお屋敷の時代錯誤な雰囲気にすっかり取り込まれてしまっていたが、今という時代、固定電話よりもむしろメインの連絡手段として、ケイタイという便利な道具があるのである。


「ええ!? そんな……」


 だが、急いでスマホをポケットから取り出し、開いた画面に僕が見たものは、あまりにもタイミングの悪いことに「圏外」という無慈悲な漢字二文字であった。


「先生!」


「こんな時に限って圏外ですかぁ……仕方ありません。ちょっと面倒ですが、近くの警察署か交番に行くしかないですね」


 スマホを握った手を前に突き出し、その画面を先生に見せると、すぐにすべてを察した先生は眉根をへの字にして言う。


「それも、どうやら無理なようです」


 しかし、最後のその手段をも否定する声が傍らから聞こえてくる。声の主は藤巻執事である。


 彼は僕らの方ではなく、窓の外にその視線を向けている。僕らもその視線につられ、そちらの方へと顔を向ける。


「この霧は……」


 すると、窓の外は一面、不気味とも、神秘的ともとれるような白い濃霧に覆われていた。


 その霧は昨日、ここへ着いた時にも出ていた霧である。だが、それは昨日よりもさらに濃度を増し、文字通り一寸先をも見えぬといった有様である。


「ここら辺はよく霧が出るのですが、この霧が出てはもういけません。今、外に出ては山の麓にある駐在所に辿りつく前に山中で遭難してしまいます。以前にもこんな日に外へ出て、崖から落ちて命を落とした者がありました。それほどこの霧は危険なのです」


 が、崖から落ちて? ……それは危険だ。そんな二次災害は御免被りたい。


「霧はどのくらいで晴れますか?」


 窓の外を見つめたまま説明する藤巻執事に、先生も同様に彼の方を振り返らずに訊く。


「その時々にもよりますが一度出ると、二、三日は消えないことも……」


 執事の語るあまりよろしくはない状況に、僕もただ、黙って窓の外の真っ白な景色を眺めていた。


「……やむを得ませんね。このまま放置しておくわけにもいきません。御林君、私達で現場の保存と最低限の初動捜査をいたしましょう」


 全員が呆然と濃霧に目を奪われる中、しばしの後、振り返った先生が僕にそう声をかけた。


 確かに、このまま警察に連絡がとれるまで放っておくのは得策ではない。もしも、これが自殺ではなく他殺の場合、犯人が証拠を隠滅したり、もしくは逃亡してしまう恐れだってあるのだ。


「それでは皆さん。最悪の場合を考慮して、ここは及ばずながら私達で警察が来るまでの代わりをしたいと思います。現場の保存もありますし、どうぞ皆さんはお部屋に戻ってお休みください」


 廊下にいる家族達の方へ視線を向けると、遠慮なく先生がそう告げる。いつもはあんなだが、こういう時の行動は意外と大胆かつ素早い。


 蒼白な面持ちで廊下に佇んでいた家族達は、警察でもない先生の言葉にだらだらと、だが素直に従って部屋の前を去ってゆくく。いや、素直というよりも、皆、この予期せぬ悲劇にどうしていいかわからず、誰か指示してくれる者の出現を待っていたのかもしれない。


「あ、柾樹君と藤巻さんはまだ聞きたいことがありますので残ってくださいね」


 そんな人々の背中を見送りながら、先生が付け加えるかのようにして言った。それを聞くまでもなく、柾樹青年と藤巻執事だけは部屋の中に立ったままだ。


 それからもう一人、母親の骸の脇に座り込む薫君も……。


「薫さん。行きましょう……」


 それに桜子さんが気づき、項垂れる薫君を引っ張り起こすと肩を貸すようにして連れてゆく。なんとも痛々しく、見ていられない光景である。


「フレッシュなアーモンド臭……青酸性の毒物ですね。おそらくはシアン化カリウム――つまりは青酸カリ」


 だが、そんな薫君の様子に気をかけることもなく、先生は遺体に近寄ると床に転がっていた茶色い小瓶の臭いを注意深く嗅ぎ、もうすでに捜査を早々始めている。


「青酸カリ!? …ってことは、叔父さんと同じ……」


 〝青酸カリ〟という言葉に、柾樹青年が驚きの声を上げた。


「遺体の状況からして死後6時間~8時間くらいは経ってるでしょうか? とすると、今は8時10分程ですから、死亡時刻は午前0時~2時の間ということになりますね」


 苦悶の表情を浮かべる死体をまじまじと観察しながら、先生は的確にそう判断を下す。


 どこかで法医学を学んだことでもあるのだろうか? 先生の特技の一つとして、検死官顔負けに死体の状況からおおよその死亡推定時刻がわかるのだ。そこら辺はさすが名探偵と言ったところである。


「藤巻さん、咲子夫人の握っているのはやっぱりこの部屋の鍵なのですか?」


 次に先生は床に這いつくばった姿勢のまま、藤巻執事の顔を見上げ質問をする。


「2FW3……ええ、間違いありません。この部屋の鍵です」


 執事はよく見える位置に自らの体を移動させ、手に握られた鍵の番号を確認してからはっきりと頷いた。


「この鍵が見当たらなくなったのはいつですか?」


「今朝のことです。あ、いえ。私が確認して、ないのに気づいたのが今朝6時くらいだったということです。昨夜の11時頃、就寝の直前に確認した時にはありましたので、なくなったとしたら、それから朝の6時までの間のことだと思います」


 反射的に答えた後、それを訂正するようにして藤巻執事は正確に状況を説明する。


「良い答えです。そうすると、死亡推定時刻とも合ってきますね。ところで、この部屋も含めて個人部屋以外のお屋敷の鍵はすべて執事の仕事部屋に置いてあるとのことですが、それを藤巻さんに気づかれずに持ち出すということは可能ですか?」


「ええ。それは可能です」


 さらに突っ込んだその質問にも、やはり執事はすぐさま答えを返す。


「執事の部屋といっても私が寝泊りさせていただいているわけではないので、普段、ドアに鍵はかけていないのです。なので、私が部屋にいない時ならば、いつ、誰でも容易に鍵を持ち出すことができます。逆にそうしておかないと、誰かが鍵を使いたい時に不便ですので。ただ、私は役目柄、日に何度も鍵の有無を確認しておりますので、私が起きている間でしたら、ちゃんと気づいたと思うのですが……」


 今回の悲劇が起きてしまったことに対し、鍵の紛失に気づかなかった自分に少なからず責任を感じているのであろう、藤巻執事は語る内にとても申し訳なさそうな顔になる。


「あ、いえ、別に攻めているわけではないのですよ。ちょっとこの鍵がいつ持ち出されたのかが知りたかったもので……でもそうすると、藤巻さんの寝るのを待って、この鍵は持ち去られたことになりますね。咲子婦人、もしくは、他の誰か・・・・によって」


 執事の様子を見て先生はそう取り繕うと、遺体の手の中の鍵を見つめながら、文末に何か意味深長な含みを持たせて言った。


「では、これで後は窓が本当に施錠されていたとすれば、茂氏の時と同様、今回もこの部屋は完全な密室だったということになりますね。もう一度、お二人に確認しますけど、ドアの鍵は本当にかかっていたのですよね?」


「はい。僕も藤巻さんも、それから他の家族の何人かもドアノブを捻っていますので確かです」


 一見、彼らを疑うような先生のその質問に、ちょっとムッとした様子で柾樹青年が答える。


「そうですか……御林君、そっちの窓を開けて、何か不審なところがないか見てみてください。私はこっちのドアを調べます」


「え? あ、は、はい!」


 いきなり言われたので僕は少しどぎまぎしながらそう答えると、窓に近寄って慎重にその鍵を開けてみた。もちろん無用な指紋が付かないよう、手袋代わりにハンカチを手にしてである。


 ……鍵自体に異常はないな……ただ、少し軽めにかかってるくらいに感じるだけだ。


 鍵を開けると、続けてさらに窓も開いてみる。


 すると、濃密な霧の湿気を含んだ冷たい空気が一気に部屋の中へと侵入してきた。それは寒々しくもあり、また、この陰惨な出来事の起きた密閉空間においてはどこか新鮮で心地良くもあった。


「こちらは特に異常ないですね。あえて言うなら、またしても強引に開けたんで前以上に壊れてしまったということぐらいです。そっちはどうですか?」


 背後から聞こえる先生の声に、僕も窓枠を見回しながら答える。


「こっちも別にこれといったことは……」


 だが、そこまで言いかけて僕はあることに気づいた。


「これは……」


 それは、窓枠に付けられた二本の細い線状の傷であった。水色に塗られた窓枠の、その部分だけ塗料が剥げている。しかも、その傷があるのは窓枠の中でも、ちょうど鍵の機構が付いているまさにその場所である。


「どうしたんですか?」


 急に口を噤んだ僕の異変に気づき、先生も傍へと寄ってくる。


「この傷は……」


 僕の肩越しに一目見て、先生もすぐにそれに気づいたようだ。


「ワイヤートリックですよ! 先生、これってもしかしてそうじゃないですか!?」


 ワイヤートリック――それは、よく密室トリックなんかで使われる最もベタな手法である。


 蚕糸線てぐすやピアノ線などの細くて頑丈な紐を使い、鍵に引っかけたそれを部屋の外側から引っ張るなどして、あたかも内部から鍵をかけたように見せかけることができるのだ。そうやって施錠後、その紐を回収すれば完全な密室の一丁できあがりというわけである。


 ただし、この方法の場合、時としてこのような紐を引っ張る際にできる傷をトリックの証として残ってしまうので、簡単で利用しやすくはあるもののデメリットの高い方法ともいえる。


「一本の細くて長い糸を二つに折り、その折り目の輪をこのかんぬきの突起にかけておいて、犯人はドアに施錠した後に窓から外に出る。そして、外側より窓を閉め、窓枠の隙間から伸ばしておいた糸を引っ張れば、かんぬきがかかってこの部屋は密室となる。後は折った糸の片端を放し、もう片方の端を引っ張れば糸も回収できる……と。この傷がその時のものだとすれば、先生! 密室トリックが崩れますよ!」


 自分の重大な発見に、僕は驚きと興奮の声を上げる。


「なんですって!?」


 その声に、柾樹青年と藤巻執事も窓辺に駆け寄ってくる。


「そうですねえ……確かにこの傷はそんなように見えます。この鍵の形状なら、それも可能なようですし……」


 先生も僕の説を肯定し、鍵をカチャカチャと動かして検証している。


「と、するとですよ! こんな小細工をしてまで密室を作るということは、もしかしてこれは自殺ではなく殺人……いや、今回ばかりでなく、これとまったく同じ状況だったという咲子婦人の夫である茂氏の時も!?」


「殺人……じゃ、じゃあ、叔母は…それから叔父も誰かに殺されたってことですか!?」


 〝殺人〟という言葉を聞くや、柾樹青年は顔面蒼白となり、僕と先生の顔を交互に見つめると血走った眼をしてそう問いかけた。


「うーん……もしも、これが作られた密室であるとすれば、確かに御林君の言う通り、今回の咲子婦人の死は他殺である可能性が非常に高くなってまいりますね」


「なら、やっぱり叔父さんの死も……」


「茂氏の場合も、お話を聞く限りでは今回と状況が酷似しています。そうなると、やはり他殺の可能性が出てきますね……しかも、同一犯による……実際に現場を見たわけではないですし、証拠もないのであくまで可能性の話ですが……」


 先生はこちらの説に対しても肯定的である。僕は先生よりも早く証拠を見つけ、自分がこの推理を導き出したということに対してちょっと得意になった。


「でも、こんな傷、前からありましたっけ? 昨日見た時にはまったく気づかなかったんですけどねえ……私、見落としたんでしょうか?」


 だが、その後で先生は、どこか腑に落ちないというような顔でやや難色を示している。


「ええ。きっと、見落としたんですよ。名探偵の先生にだって、たまにはそんなこともありますよ」


 先生の些細な疑問を、いつになく得意げな僕は一蹴する。

 

「うーん。そうですかねえ……」


「そうですよ。きっと」


「そうですかねえ……まあ、とりあえず、その仮説を検証してみることにしましょう」


 まだ何か納得し切れていない様子ではあったが、自信満々の僕に言い込められた先生は、窓から首を出すと下を覗き込む。


「ワイヤートリックで密室を作るとして、犯人はこの窓からどうやって逃げたんでしょうねえ?」


 僕も窓から覗いてみると、ここは二階なのでけっこう高い。地面まではそれなりの距離だ。


「普通に考えれば梯子ですかねえ? 御林君、ちょっと下に行って地面に梯子を立てた跡がないか調べてきてくださいますか? あ、あと、藤巻さん、カメラはありますか? 現場の写真を押さえておきたいもので。できればスマホではなく、一眼レフとかの方がよいのですが……」


 窓から首を引っ込めると先生は一変、間延びした声に反して矢継ぎ早に、僕と藤巻執事にそんな指示を飛ばす。ようやく探偵としてのエンジンに火が入った様子である。


「はい! ちょっと行ってきます!」


「スマホではなく? ……あ、はい。かしこまりました」


 久々に本気出し始めた先生を見るのがなんだかうれしく、僕は嬉々とした声で返事をすると、少し考え込む執事とともにそれぞれの目的地へ向けて急ぎ足で部屋を出て行く。


 数分後、大ホールを通って玄関から屋外に出た僕は、さらに広大なお屋敷をぐるりと回り込んで部屋の真下にあたる場所に到着した。


 だが、いくら目を皿のようにして探してみても、その場所の地面の上には何か梯子のようなものを立てた跡はまるで見当たらない。


「せんせーい! それらしいものは見当たりませんよーっ!」


 それを確認すると、僕は頭上にいる先生を見上げて大声で叫ぶ。


「そうですか~。ありがとうございました~。では、戻って来てくださ~い」


 すると、二階のあの部屋の窓から首を出している先生も僕に向かって叫び返す。


「はーい! 戻りまーす!」

 僕も再び叫び返すと、もと来た道をまた戻って事件現場の部屋へと帰った。


「……となると、また問題ですね。犯人はどうやってここから逃げたのか? いや、それだけでなく、どうやって毒を飲ませたのか? といった問題も出てきま」


 部屋に戻ってみると、先生が放ったらかしの咲子夫人の遺体の傍に蹲り、そうぶつくさ呟きながら考え込んでいる。


 そういわれてみれば、その問題もあったな……他殺にしても犯人はどんな方法で毒を飲ませたのだろう?


「秋津先生、カメラをお持ちしました」


 僕も忘れていたその問題について考え始めると、そこへ藤巻執事がカメラを持って帰って来る。


「ほお、これはまたクラシカルでお値打ちありそうな……」


 しかも、先生が感嘆の声を漏らす通りデジカメでもなければ一眼レフでもなく、このレトロな洋館にはいかにも似合いそうな、これまた古めかしい二眼レフのカメラである。今ではもう製造されていないような骨董品だが、これはこの家の趣味だろうか?


「じゃ、御林君、現場写真の撮影をお願いします」


「あ、はいはい……」


 肉体労働を嫌う先生はそう指示を出すと、藤巻執事の持ってきたカメラを僕に受け取らせる。


 人間の死体を写真に収めるのはなんだかぞっとしないが、いつも先生の助手をしている僕としたはもう慣れっこである。


 それより、この古いカメラ、どうやって撮るんだろう? ちゃんと撮れるか、そっちの方がむしろ気がかりだ……。


 その後、僕らはそのビンテージもののカメラで現場の写真撮影をなんとか終えると、他の者が部屋に入らぬよう、鍵の壊れたドアに細長い紙を貼って封印を施し、二つ目の密室殺人事件が起きた現場をとりあえずは後にした――。


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