三 途死伝説(2)

「――ここにいる誰も知らないってことは、ごく最近……俺達が進学で外に出てから広まった話ってことだろうな……ホタルも聞いたことなかったんだろ?」


 いまだ昇降口の前に留まったまま、誰もその場を動こうとしない中、それまでずっと考えていたであろう推論を幸信が口にする。


「うん……うちもたまに帰って来てたけど、ぜんぜん知らなかったよ……」


 真人同様、この中では唯一県内に留まっていたほたるも、その確認に対して俯き加減に暗い表情で首を横に振った。


「それなのに、どうしてマトンだけがシラコのことを詳しく知ってたんだろう? それも、こども達も知らないようなこと話してたみたいな口ぶりだったし、あの子達の言うこともまんざら嘘じゃないのかも……」


 頭の中を満たすバカな憶測に堪らなくなり、俺も思わずその考えを素直に口に出してしまう。


「いや、俺だってそんなことありえないと思うけどさ……もし本当に、あの子達が言ってたようにやつの死にそのシラコってのが関係していたとしたらどうだ? そう考えれば、あの野生児がなんてことない小山で転落死したことも、それが何か恐ろしいものを見たからだってのにも説明がつく……あ、いや、別に幽霊に取り殺されたってんじゃなくても、何かそのことと関係が……」


みんなも俺と同じことを考えているのだろうと思ってそう話したのだが……俺の話を聞いた4人の反応はなんだか予想したものと違っていた。


「あ、ああ……そういうことも、あるのかもな……」


 さっきも同じような表情を見せていたが、全員俺から目を逸らし、どうにも心がこもってないような歯切れの悪い言葉で、はぐらかすように代表して幸信が相槌を打つ。


 もしかして、何か俺だけ知らないような事実を隠しているのか? ……いや、やっぱり俺が突拍子もないことを言い始めたので、どう反応していいものか困っていると見た方が自然か……やはり俺は、あの少女・・・・を見かけてからというもの、万事物の考え方が彼女に引っ張られてしまっているらしい……。


「ああ、いや、それがさ……今さら言い出しずらいんだけど……俺、そのシラコを目撃しちゃったかもしれないんだよね……」


 なんだかイタイやつみたいに思われてしまったようなので、俺はそのレッテルを払拭すべく、あの少女のことを正直に告白することにした。


「最初はバス停で見かけて、次に真人の家に行く途中に湖畔の森の中で、それから葬式の席でも見かけたんだ。まさに白のワンピースに真っ白な肌してて、外じゃ麦わら帽子もかぶってた。もちろん、生身の人間だって思うのが普通だろうけどさ、さっき聞いたシラコの姿とそっくりだろ? だから、もしかしたらそういうことも有るんじゃないかと疑う気にもなってきちゃって……」


「おい! おまえ、本気でそんなこと言ってるのか!?」


 だが、またも俺の予想に反し、幸信達の反応は思っていたものとまったく違っていた。


「あんた、もしかして記憶がないなんていうは真っ赤な嘘で……」


 突然、表情を強張らせ、声を荒げる幸信に続き、美鈴も眉をひそめて俺を非難するような台詞を強い語気で吐く。


 また、あずさとほたるもひどく驚いたような顔をして、唖然と見開かれた目で俺のことを見つめている。


「はあ!? どういう意味だよ? 俺が嘘や冗談でこんなこと言ってるとでも思ってんのか? それに、俺の記憶のことがなんで今出てくんだよ!? もしかしておまえ達、なんか知ってんのか? みんなして、なんか俺に隠してることがあるんだろう!?」


 その反応には、むしろこっちの方がカチンときた。怒りたいのは俺の方である。


正直に目撃した少女のことを話しただけなのに、どうして責められるばかりか嘘つき呼ばわりまでされなきゃいけないんだ。


 どうにもさっきから様子がおかしい……なぜかは知らないが、やはり俺の知らないなんらかの事実をこいつらは隠しているらしい。


いったい何を知っている? それが俺の失くした記憶と何か関係があるとでもいうのか!?


「い、いや、すまなかった……俺の勘違いだったようだ……」


 俺の剣幕が予想外だったのか? ふと我に返った幸信は再び目を逸らして誤魔化すように謝る。


「………………」


 代わりに美鈴や他の二人の方へ視線を移すと、やはり俯き加減に俺の方を見ようとはしない。


 遠くで聞こえるキャっキャとこども達のはしゃぐ明るい声とは対照的に、俺達の間にはどんよりと暗く重苦しく悪い空気が立ち込めた。


「…………よし! 決めた! わたし、その〝シラコ〟の都市伝説について調べてみることにするわ」


 しばしの沈黙の後、その居た堪れない雰囲気を打ち破るかの如く、あずさが突然、そんなことを言い始めた。


「調べる?」


「そ。〝聞き取り調査〟っていう民俗学的方法でね。都市伝説も口承文芸っていう歴史民俗学の研究テーマだから、ついでに夏休みの課題レポートにでもしようと思って」


 思わず聞き返す俺に、その宣言の意味を彼女は詳しく説明した。


「おい! 何言ってるんだ! それはちょっと不謹慎だろ!」


 すると、今度はあずさに対して幸信が再び激昂する。


「いいえ。わたしは真剣よ。これはマトンのためでもあるわ。みんなだって思ってるんでしょ? シュウが言ったようにマトンが死んだのにはシラコが関わってるんじゃないかって。だって、あのマトンがあんな小山で転落死するなんてありえないし、死んだ場所だってできすぎてるもの!」


 だが、あずさも声のボリュームを上げ、幸信の怒号に臆することもなく言い返す。


 真面目な優等生タイプではあるが、こいつはけして内気でもおとなしい性格でもなく、昔からそんな自分の意見をガンとして曲げない、どこまでも気の強い女なのだ。


「それに、これはシュウのためでもあるし……」


 そして、最後にややトーンを落として、あずさはそんな一言も付け加える。


 俺のため? ……どういうことだ? 俺のためって……やっぱり、俺の過去とシラコは何か関係があるのか? それに、うっかり聞き流しそうになってしまったが、〝死んだ場所ができすぎてる〟というのはどういう意味だ……。


「うぐ……」


 だが、密かに疑問を感じる俺を他所に、幸信はあずさの反論に気圧され、変な呻き声を出すと押し黙ってしまう。


 美鈴とほたるも黙してはいるものの、その顔を見ればやはり俺達と同意見らしく、あずさの行動に対して積極的に反対する気はないようだ。


「ま、見てなさい。一応、民俗学の講義でフィールドワークの方法は勉強したから、どうして〝シラコ〟なんていう都市伝説が語られ始めたのか? その原因を必らず突き止めて見せるわ。明日、喫茶〝おもひで〟にもう一度集まることにしましょう。そこでわたしの調査結果を報告するから。それじゃ、そういうことで、わたしは忙しいからまた明日ね」


 あずさももう一度、皆の顔を見回して一応の了承を得たことを確認すると、勝手にそんな明日の予定を一人で決め、後ろ手に手を振ってさっさとその場を立ち去ってしまう。


「……あっ! ちょっと待てよ……」


 一拍遅れて幸信が呼び止めるも時すでに遅く、俺達は唐突に、なんだか置いてけぼりを食らったかのように懐かしき学びの庭の片隅に取り残された。


 その後は、どうにも気を削がれてしまったし、また明日会うのだからということでそのまま俺達もお開きとなり、俺は喪服を着替えたり、預けてきた荷物を回収する目的もあって再び幸信の家へ寄ると、彼の両親も交えてしばしお茶を飲みながら思い出話に花を咲かせることとなった――。

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