思い立ったが自転車旅行記~2012・夏~

海澤寿三郎

1日目 東京都・新宿→茨城県・牛久

「さ…さむい…」

うっすらと目を開けると視界に広がるのは荒れた海と砂浜だけ。

体温を奪っていく冷たいコンクリートの階段から身を起こし、ボケた頭に自問した。

「俺は一体何をしているんだ…」

波の音だけがこだまする…


時は遡り2012年8月26日午後12時15分

私は新宿駅の前にいた。

ここからゴールのない思い付きの自転車旅が始まるのだ。

なぜか不安はなく、とにかくワクワクしていたのを覚えている。

最初の目的地は東京の新名所となった東京スカイツリー。

当時はまだ出来たばかりだったので旅の始まりに見に行くことにしたのだ。

秋葉原を抜けると「水戸まであと108km」の看板を発見。

とりあえず1日100kmぐらいは漕げるだろう(漕いだことはない)

の指標で予定を組んでいるので明日からは一日で走破する事になるであろう距離。

水戸に着いた時の心情を想像しながら進んでいくと浅草に到着。

「おおー」さすがはスカイツリー。ここからでもなんという存在感。

完成前に見に来たことはあったが完成するとやはり壮観である。

花屋敷を冷やかして雷門周辺を軽く散策。

言問橋を渡る時のスカイツリーは圧巻であった。快晴の空に良く映える。

そうそう、この旅にはいくつかルールがあるのだ。

その一つに「その地のお土産を記念に買う」というのがある。

この先いくつのお土産を買う事になるかわからない。

その最初の記念のお土産を買いに来たのだ。

とはいえ既に現在14時30分、予定より押しているので

サクッと終わらせないといけない。

しかし基本優柔不断なので選ぶと時間がかかるのは目に見えている。

なのでスカイツリー限定のガチャガチャをする事にした。

何が出るかわからない分、悩む必要もないからだ。

しかしお目当てのガチャガチャの前に2歳ぐらいの子どもが

お金は入れずにハンドルを回して遊んでいた。

違うガチャガチャに行く選択肢もあった、普段ならそれもアリだろう。

しかしこの旅のルールのひとつ「子供には優しく」だ。

持っていた小銭をチャリンとを入れて

「私の代わりに回してくださいな」とお願いしてみた。

言葉が通じる年齢ギリギリぐらいだったので双方しばし硬直。

そのままお母さんが『うちの子がすみません』的な感じで来たので

「回すのは目的じゃないんでどうぞ」というと二人でハンドルをまわしてくれた。

(2歳児の力ではハンドルは回らなかったのです)

出てきたカプセルをその子が拾って持っていこうとしたのでお

「それはうちのじゃないのよ。」とお母さんがお礼と一緒に返してくれた。

手を振りながら親子と分かれまた一人に。

なんとなくこの旅がいいものになる予感がしてとてもほっこりしたのを覚えている。


ほっこりついでにもうひとつ。

これから長旅になるかもしれないので浅草で自転車の点検をお願いした時の事だ。

「どこまで行くの?」と聞かれたので

「とりあえず青森まではいきたいなと思ってます。」

と告げると「そしたら後ろのキャリアは必要だと思うよ」と持ってきてくれた。

前カゴとリュックだけで行けると思ってたのは浅はかだったか?

後ろのキャリアは使ったこと自体無かったのでつけるという考えはなかった。

でもプロが言うならきっと必要なんだろうと「じゃあお願いします。」というと

「これはサービスだから気にしないでね。」と作業しながら一言。

キャリアを付ける料金の事かなと思っていたのだが

「これぜんぶサービスね」と

キャリアそのものも含めすべてサービスして貰ってしまった。

しかも使い方のレクチャー付きで。

さらにスポーツドリンクもくれたりと至れり尽くせりで感謝しかなかった。

お金よりも気持ちが嬉しかった。

自分の思い付きで始めた自転車旅を初めて応援してもらえた。

そんな気持ちになれたのだった。


さて…ほっこりしたのはいいがスカイツリーを出たのが15時20分。

スタートして約3時間で進んだ距離は10kmちょい。時速にすると徒歩より遅い。

少し気合を入れなおしてしばらく休まず進むことにした。

スカイツリーに見守られながら今日のゴールの茨城県は牛久へと進路を向ける。

15時41分に『水戸まで103km』の看板を発見。

「この水戸までの看板をあと何回見る事になるのかなー」

と思いつつ、良いペースで漕いで行く。

夕方が近くなり涼しくなってきたからかもしれない。風が気持ちよい。

16時14分ようやく千葉県境の標識を発見、ようこそ松戸市。

ひたすら6号線を進む、まだまだ空は明るく疲れも感じていない。

17時の段階でサイクルメーターは時速24kmを指していた。

割と軽快であったことの証拠である。

ちなみに時速と移動距離の関係について説明すると

大体時速の7割~8割が進んだ距離になります。(経験上)

なので時速24kmで漕ぐと16kmくらいが実際の移動距離なんですね。

これは信号待ちによる減速や停止時間に加え

「気になるものを全て写真に収める」という旅のルールによるものです。

自転車乗り、特にロードの人だと24kmは遅く感じるかもしれませんが

「写真を撮るためにいちいち停止する」

事を考えると時速20km~24kmが妥当なんですよね。

あと看板の「○○まであと何km」はあくまで目安です。

進んでいるのに変わらなかったりなんなら増えたり1分で2km進んだり…

その辺りも理解しつつ移動距離に一喜一憂する様を感じてください。


そんなこんなで我孫子市を抜け時刻は18時18分、夕暮れが迫ってきています。

大戸根橋を渡って18時34分徐々に漆黒の恐怖も迫ってきています。

私自身は暗い事は何の問題もないのですが問題は私のデジカメです。

暗いとほぼ映らないので写真が取れない、

風景も暗いだけで楽しくない。

街灯もいつまであるかわからない。

夜に追い立てられるように漕ぎ続け18時40分にようやく茨城県境に到着。

ようこそ取手市です。

そしてとうとうあたりは真っ暗…最早やることはただひたすらに漕ぐだけ!

何も見えない牛久沼を横目に自分を鼓舞すること一時間。

19時33分目的の牛久市に到着です。

そのまま牛久駅に行くもあたりにお店が見当たりません。

もうすぐ20時ですから当然と言えば当然なのでしょうか。

食事やらお風呂はあきらめてトボトボと今日の宿泊地へと向かうのでした。

この経験が後に生きてくるのですがそれはおいおい話すとしましょう。


1日目新宿→牛久 走行距離86km

(ただし初日の数字は出発前も含む 正確なのは2日目からになります)


明日は楽しみにしていた牛久大仏を見に行くぞー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る