第8話 魔力操作と異世界体力測定


 朝は眠い。日射しがあれば起きるかというと実際は逆で、温かい熱がわたしを眠らせようとしてくる。


「フェノン様、そろそろ起きてください。着替えも髪の毛もとかし終わりましたよ。あとは朝食だけです」

「なたりぃ、つれてって……」

「ダメです! それぐらいきちんとしないとヒツジさんに怒られますよ!」


 面倒だなぁ……でも等速直線運動で迫られるのを考えれば……


「わかったよぉ……」


 わたしは椅子から立って、ゆっくりと食堂へ向かった。


「フェノン、おはよう」

「おかあさまおはようございます……」


 右手で右目を擦りながらお母様に挨拶する。


「まだ眠いよね? よし、寝てようか?」

「エマ様、フェノン様をあまり甘やかさないでください」

「別にいいじゃない」

「ダメです」


 寝てたいからもっと甘やかして……


「本当にダメ?」

「ダメです。フェノン様はこのあとディアナとフロウによる魔力操作と剣術の稽古とナタリーによる座学があります。フェノン様の将来のためにも、エマ様はそういうのを控えるべきです」


 ヒツジが余計なことを言ってお母様を丸め込んだ。そして、朝食を食べ終えるとディアナとフロウの二人と屋敷にある練習場に移動した。


「フェノン様、ディアナと申します。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「フェノン様、フロウです。よろしくお願いします」


 二人と挨拶を交わし、稽古が始まった。


「まずは魔力操作からやりましょう。給料も少ないクズ、そっちで座ってて構いませんよ」

「おいおい、フェノン様の前でそんなこと言っていいのか?」

「え? 別に構いませんよ? わたしに被害がなければ」

「は?」


 フロウの抜けた声が聞こえた。

 え? なにかおかしなこと言ったかな? 別に変なことは言ってないはずだし……


「(この屋敷にマトモな人間は居ないのか……!)

 OKわかった。あそこのベンチに座ってるからなにかあったら呼べよ」

「お前みたいなクズを呼ぶ人はいませんよ」

「そうか」


 この流れでディアナのセリフを流せるその精神力。素晴らしいですね。

 最近はお母様みたいな変なヤツしか見てなかったからこの世界ではそれが普通なのかと思ってたけど、そんなことなかったのか。

 ありがとうフロウ。そして…………ごめん。


「ウホワアっ!?」

「キモ」


 フロウが座ろうとしたベンチは1日中することが無くて、暇だったわたしがネジを弛めてたベンチだった。

 そして、フロウの体重でベンチが崩れ、フロウのアホみたいな声が響いた。それに対して反射的に罵倒を入れるディアナ。

 この二人は連携プレイでもしてるのだろうか?


「ではフェノン様、本日は『透明化』について教えたいと思います。知識としてはどれぐらい知ってますか?」

「えっと、魔力の壁を使って光を反射させることで人や物を一時的に見えなくする……でしたっけ?」

「その通りです。ではやって見せるので、真似してみてください」


 こうしてディアナによる『透明化』講習が始まった。

 そして、少し魔力の気配を感じるとディアナの姿が見えなくなった。


「こんな感じです。コツとしては魔力の壁の内側に少し空気を入れて、壁は地面に垂直にするのではなく、日光に対して垂直にしてください」


 ディアナに言われた通りに魔力の内側に空気を入れて日光に対して垂直に魔力の壁を作る。


「そんな感じです。ですが、フェノン様のは魔力の気配が伝わってしまってるので、魔力を隠す『隠密』をやって貰います。

 『隠密』というのは膨大な魔力の外側にかなり少量の魔力でコーティングすることで魔力の気配を消すことが出来ます。私のを見てください。魔力の気配がしますか?」


 します! とは言えない……


「フェノン様ほどの魔力の持ち主でしたら感知出来てしまうかもしれませんが、大抵の人間はわかりませんので、安心してください」

「そうですか」


 試しに魔力でコーティングしてみる。


「こんな感じですか?」

「そうですね。いい感じです。ではかくれんぼして見ましょう。30分間、私から見つからないようにしてください。では10秒後に始めるので、隠れてくださいね?

 10、9、8、7……」


 ちょっ!? 早いよ!? 急いで隠れないと!

 急いで魔力の壁を作り直して、コーティングする。そして適当な草木の後ろに隠れる。


「フェノンさまー! どこにいますかー!」


 ディアナがわたしを探し始めた。一瞬危ない時もあったけど、なんとかバレずにやり過ごした。そして30分が経ち、かくれんぼが終了。わたしはディアナに駆け寄る。


「フェノン様、お見事ですッ!

 ……ところでフェノン様、頭隠して尻隠さずという言葉をご存知ですか?」

「えっ……?」


 ディアナはどういうことか教えてくれないまま、練習場を出ていってしまった。


 そのあとフロウに聞いてみると、正面からは見えなくても、横からは丸見えで全く隠れてなかったのをディアナは微笑ましい顔で見て、反対側を探しに行ったらしい。


 ちょっとくやしい……



 昼食で休憩時間を挟んだ後、フロウによる剣術講座が始まった。


「まずはフェノン様がどういうのが使いやすいのかを選ばないとな。どれがいいですか?」


 フロウは木剣が並んだ倉庫からどれがいいのか聞いてくる。

 はっきり言おう。わたしには違いがわからん。全部同じに見える。


「見た目は同じですからわかりませんよね。ではフェノン様に1番合いそうな木剣を考えるために体力などを測ってみましょう」

「え?」


 いや、いいよ。体力測定とかいいから。なんで異世界に来てまで体力測定やらないといけないの?


「ではまずは50m走からですね。ここからあの旗までがちょうど50mですので、全力で走ってください。準備はいいですか?」

「えー」

「全部終わったらおやつにしましょう」


 全く、仕方ないな。ちょっとだけやってやりますか。

 わたしは50m走のスタートライン立ち、軽い準備運動を始めた。


「……フェノン様、怪しい人には絶対について行ってはいけませんよ」

「?」


 なんで今それを言うんだ? わたしだって外見は幼女だけど、中身はそれなりの年齢だぞ。言われなくてもそんなことわかってるし。

 それから50m走、握力、上体起こし、反復横跳び、シャトルランなど、なぜ地球でやるべきものを異世界でやってるのだろうか……?


「最後はハンドボールですね。どうぞこのボールをおもいっきり投げてください」


 フロウがボールを投げろと言ったので、わたしはフロウがいる方に向けてボールを構える。


「待ちなさい。ボールはあっちに投げてください」

「ちぇっ」

「とても3歳児とは思えない行動ですね……まあ、あんな人たちに育てられてましたからね。当然でしょう」


 ……当然? ほーう、じゃあ投げちゃっていいよね?


「えいっ!」

「ホンブレッツバア!!!?」


 フロウは顔面にボールを喰らい、その場に倒れた。

 それから5分後ぐらいにフロウは復活した。


「お、お疲れさまでした。では約束通りおやつにしましょうか」

「おやつ!」


 先ほどまで練習場の端っこにいたナタリーがわたしを練習場の端にある椅子に座らせると、おやつを持ってくると言って練習場を出ていった。


「…………」

「眠いですか? 疲れてるでしょうし、少しだけ昼寝にしましょうか」


 わたしはフロウの膝の上で眠ってしまい、次に目を覚ますとわたしの部屋にいた。


「おはようございます。フェノン様」

「ナタリー? おはよぅ……」

「お食事のあとは勉強ですよ」


 勉強……まあ、ナタリー教え方上手いし、この世界のことなら興味あるからやってもいいよ。


「お食事は部屋にしますか? それとも食堂ですか?」

「部屋でお願い」

「かしこまりました」


 食堂ってお母様がいるから嫌いじゃないけど、ディアナやヒツジがガン見してくるから食べにくいんだよ。だから部屋に籠って食べる。


「本日のお食事はエマ様が知り合いから聞いた『和食』というものらしいです」


 ナタリーが夕食をテーブルに置くとわたしの目に映ったのは白いお米、焼き鮭、大根おろし、味噌汁とお新香という和食セットだった。

 この世界に和食という文化があったとは……いや、はかまがあったから何となくあるとは思ってたけど、まさか食べられるとは……!


「フェノン様、この『お箸』と言われる二本の棒で食べるらしいのですが……どうやって食べるのでしょうか?」


 日頃スプーンとフォークで食べてるナタリーには二本の棒でどうやって食べるのか知らないようだ。

 ここはわたしが和食マスター道の先輩として教えてあげなければ!


「……あれぇ?」


 おかしい。箸が上手く持てない。

 あっ、これサイズが合ってない。明らかにわたしが持つには大きい。上でカチカチ鳴っちゃう。


「ナタリー、スプーンとフォーク」

「はい、こちらに」


 箸はわたしが扱うには大きいことがわかったので、諦めてナタリーにスプーンとフォークを要求した。和食マスター道はわたしが大きくなったらナタリーに教えてあげよう。


「いただきます」


 わたしは久しぶりの日本食を味わって食べたのだった。


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