4話 異様な抱擁






 何でこうなったんだろう。

 俺が一体どんな悪いことをしたというんだ。何故こんな仕打ちを受けなきゃいけない。


 ドラゴンと約束をしたせいか。グレンに嘘をついたせいなのか。

 そのせいでこんな酷い仕打ちを受けているのか。


 感情が狂いそうになる。

 怒りと絶望と痛みと発狂を繰り返しては、無理やりもとに戻される。



「起きろ。起きろ検体0」



 頬を強く叩かれて、その刺激で意識が覚める。

 覚めたくない現実を、直後に起きた腹の激痛と共に目覚める。

 激痛は酷かったが、疲労感と絶望で腹を両手で押さえたいという思いはなくなっていた。

 傷は治っているだろう。痛みはそのままだが、もういい。


 鉄臭さが当たり前のように感じて、床に赤黒い俺の内臓か何かが派手にぶちまけられている。

 一部は回収されたみたいだが、腹を抉られ、血を抜かれ、そして痛みを伴う『実験』を幾度となく繰り返したせいで天井をぼんやりと見つめることしかできない。

 建物に連れて来られた際、ローブを着た奴等と代わって白衣を着た男たちが俺の身体中を調べる。


 観察と拷問と実験と回復。そしてまた殺されかける悪循環。


 アレはもう実験じゃない。拷問か何かだ。

 俺を普通の幼女だと思っているように感じられない対応。実験動物以下の扱いに幼い身体が耐えられるわけもなく、何度も死にかけては何度も回復させられる。そしてまた殺されかける。それを永遠と繰り返す。


 何日経ったのかすら分からない。

 窓も何もない洞窟のような薄暗い部屋を行き来して、実験をされては地べたで気絶し無理やり目覚めされられて実験する。


 やだ。

 もういやだ。疲れた。これ以上はもうやだ。

 前世でのように、あっけなく死ねるならば良かった。母さんたちのように死ねたらよかった。

 あの時一緒に死んでしまえれば良かったんだ。


 この苦痛から逃げられるなら、俺は何でもしよう……。

 そう考えていても、誰も何も助けてはくれない。現実なんて何も変わらない。



「立て。回復魔法をかけたのだからすぐに動けるはずだろう」

「う……ぐっ……」

「そのままそこにいるつもりならまた腹を掻っ捌いて内臓を直接取り出してやってもいいが?」

「わ……ってる……」



 回復したと言ってもドラゴンの時のような完全とはいかない。

 低レベルの回復呪文のせいで傷がなくなっても、激痛は消えることなく続く。経験から言って、今日は一日中この激痛に耐えないといけないだろう。

 白衣の男たちの苛立ちを感じ取り、なんとか激痛を耐えて無理やり立ち上がる。


 気絶したい。痛い痛いいたいのに――――――。



「ぐっ……」

「さっさと起きろ! はぁ。全くもって失敗だ。検体0の能力値は平均。全てにおいて平均か。いやそれ以下しかないか。だが――――」

「な、ら……ころせよ」

「ッ……はっ、生意気な口応えはするんじゃないぞ。次で最後だ」



 呟き声に反応した俺に対して、ビクリと肩を震わせた白衣の男。

 俺を価値なしと判断すれば、そのまま殺されるだろう。


 ああもういい。

 この永遠ともいえるような痛みから逃れられるなら、とっとと殺されても良いような気がした。


 こんなにも酷い目に遭って生き延びる必要があるのだろうか。俺に生きる意味なんてあるのだろうか。

 家族もいない。友達もいない。

 全員あのよく分からない光によって殺された。全員が黒い刺青を浮き彫りにして、死んでいった。

 もう俺一人しかいない。成功体なんかじゃない。


 だから、これで終わるのならそれで……。



「この扉を開けた先だ。早く行け」

「ぐっ……」

「扉を開ける力がないのか。なら無理やり行かせてやるよ」



 歩くのも辛い道を、白衣の男に俺の両腕を引っ張ってほとんど引きずられた状態のまま連れて行かれる。


 いつもの木造の扉とは違う、鉄製の頑丈そうな扉。

 その扉を白衣の男が開けて、俺を放り出した。


 どうやら部屋の中はかなり広く作られているらしい。

 建物だと二階ほどの広さを持つその部屋から無理やり放り出した幼い俺の身体が宙に投げ出されて一気に地面に激突する。


 二回ほどバウンドし、身体を丸くして痛みに耐えた。

 ダメージが激しく、視界が明滅して何度か意識を失いかけるが、すぐに痛みで目を覚ましてしまう。


 背後を見れば扉はもうとっくに閉められている。

 完全に逃げることが出来なくなった。逃げようと思ってもこの痛みと疲労で逃げようと考える気力さえなくなってるけど。



「さあ実験開始だ。立て検体0。お前の命とその価値のない化け物の命と、どっちが上なのか勝負してみろ」



 俺を放り出した男とはまた違う上から聞こえてきた声。たぶんこの部屋を監視できるように上からこちらを見ているのだろう。

 大人がジャンプしても届かない上部分にガラスがあり、そこから複数の男たちがこちらを覗いているのが見えた。



「ッ―――――」


 呻き声が聞こえて、反射的に目の前を見た。

 目の前にいたのは、死神だった。



「オォォォォッッ!!!」



 ……いや違う。オーガだ。

 前世のゲームで見たようなモンスターの大鬼オーガが俺を見下ろして呻き声を上げている。


 二メートルほどの大きな身体。

 その体つきから見ておそらく雌型か。裸の身体なため、赤い肌が異様に恐ろしく見える。そして額に大きな角が二つ。口から見える鋭い牙と、血走ったような赤い目が俺に死を訴えかけた。


 白衣の男が、俺とオーガに争わせようと言う。それはすなわち、死の宣告。

 俺にとっての、極楽への一歩。



「グォォォォっ!!!」


「まあ……く、われても……しねるなら、それでいい」



 痛みで震える舌っ足らずの口がただその瞬間を受け入れる。

 もうこれ以上はつかれた。


 生きることに疲れたんだ。



「ォォォ―――――!!」



 近寄ってくる巨体。

 ただ一度、奴に攻撃されたら死ぬことができる。痛みは凄いかもしれないけれど、実験の時のアレに比べたら大丈夫だと思いたい。

 今だって凄く痛くていたくて、死にたいと願ってるんだから。


 足音が俺の目前に立ち止まる。その手が俺の身体へ向けられる。

 そのまま頭を潰されるんだろう。

 ゆっくりと目を閉じてその時を――――――。




「オォ……!」




「…………ふぇ?」





 あれ、何で俺。


 なんでオーガに抱きしめられてんの?






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