第20話 拒絶の咎


彼女の家庭は、裕福ではなかった。しかし、両親は愛を持って彼女を育て、幸福な家庭が築かれていた。


その家族には、笑顔が絶えなかった。・・・・・・彼らが事故に合うまでは。


父親のちょっとした不注意で起きてしまった事故。些細なきっかけで起きたそれは、死者を出すほどの大事故となってしまった。


その日を境に、少女はあらゆるものを失った。


死者のうち一人は、助手席に乗っていた彼女の母親だった。


そして、彼女自身はその事故で右腕を失った。


肉親の一人と肉体の一部を失った彼女は、絶望の闇に飲まれた。彼女から、笑顔が失われた。


彼女はすべてを拒絶するようになった。入院した彼女の見舞いに来るクラスメイトも、医者も看護婦も父も。自身に関わろうとするすべての人間を拒否し、触れることも許さなかった。近づくものを罵倒し、殴りつけ、視界から消えるまで暴れる。その気力がないときは一言も話さずに無視し続けた。


誰も自分の苦しみなど分るはずがない。知った顔をして近づいてくるなと、彼女の心は吠えていた。


孤独が拒絶の心を呼び、拒絶が彼女を孤独にした。


次第に彼女に関わろうとする人間は減っていった。


事故の責任で、父親には多額の賠償金が課せられた。


元々稼ぎの良くなかった彼は、娘の治療費と賠償金の支払いに追われ、激務の中に身を投じることになった。


だが、それでも彼は娘への愛は損なわなかった。


どれだけ忙しくても、寝ていなくても、彼は必ず二日に一回は娘の元へ見舞いに行った。行った先でどれだけ拒絶されようと、彼は娘への愛だけは決して手放さなかった。


たとえ、罵倒されても、殴られても、優しく気丈に振る舞い。無視をされ続けても、彼は希望ある話を楽しそうに話し続けた。


そんな父が倒れた。


心労と過労から来るくも膜下出血。父親の意識が戻ることは二度となかった。


彼女は、最後の肉親を失った。


心に空虚な風穴が開いていた。あれだけ拒絶してきた父親なのに、その虚空の暗さと、そこからあふれ出る闇の深さはいままで以上だった。


彼女は失ってから気づいた。自分は恐れていただけだったのだと。


母親も、右腕も失った。そして、失うことを恐れるあまり、彼女は得ることすらも恐れていただけだったのだ。家族や友達、関わりを全て絶てば、何も持っていなければ、何も失わない。そんな幻想に捕らわれた。


だが、彼女は一人にはなれなかった。


彼女には父親がいた。友達が、医者が愛想を尽かしても、父だけは彼女から離れていかなかった。父だけは拒絶しきれなかった。


全てを拒絶し、一人になったつもりでいた。孤独こそが精神に安定を促していると思っていた。だが、本当は違ったのだ。彼女の唯一の心の支えとなっていたのは父だったのだ。


そもそも、何も持たずに生きていくことなどできないのだ。


拒絶するごとに孤独は深まり、深まった孤独はなおさらつながりを渇望する。伸びた渇望の舌は、わずかな水にも味を感じるようになる。些細なことにもつながりを作ろうとする。


彼女の拒絶は、全く無意味なものであった。それどころか、友を、医者を、そして父を傷つけただけでしかなかった。


彼女は自分を呪った。


全て気づくのが遅かった。


失った後で気づく自身の愚かさ。どれだけ憎んでも憎みきれない。


そうして彼女は、拒絶の咎を負った。


拒絶の咎を持つものには、『二度と人のぬくもりを感じることができない罰』が与えられた。


咎負いとなった彼女の下へ、一人の魔女が訪れた。


月明かり差し込む病室で自らを責め続けていた彼女の前に現れた魔法使い。阿久津 志磨。彼女は咎負いを攫いに来たのだった。そして、少女はそれに合意した。


自分が何をされるかも、どうなるかもわかっていなかった。だが、それでも彼女は首を縦に振った。


きっと彼女は、魔法使いが死ねと言っても迷わず首を縦に振っただろう。それどころか、誰に何を言われても従っただろう。


なぜなら、彼女はもう・・・・・・。


「もう・・・・・・誰も拒絶したくない・・・・・・」


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