第16話 なぜ人は祈るのか


 決戦のときはすぐに訪れた。


 学校から帰り、着替えを済ませる藍子と令。


 一乃はリビングで、ジッと目を閉じていた。


 彼女の視界には、この町の一部、残された結界の柱周辺の光景が広がっていた。


 新しく結界の柱が増えた様子はない。依然として残された柱は二つだ。


 柱がある場所の一方は、ほとんど人のいないこの町の北側の山中。もう一方は、海沿いの工業地帯付近。


 定石を踏み、令達は工業地帯側の柱を攻める予定だ。こちら側の強みは、こっちが『修正』を受けない咎負いであるということだ。より人が多いであろう工業地帯側なら、敵は修正を恐れて思うように魔法が使えない一方で、こちらはいつも通り戦える。わざわざ山中にいるであろう一昨日のような強力なゴーレムと戦う必要は無い。


(でも・・・・・・)


 それは、敵の魔法使い、阿久津 志磨も読んでいるはずだ。


 二つ目の柱が壊された時点で、一乃達が結界を破ろうとしていると気づくだろう。柱の守りは硬くなっているはずだ。加えて、一乃達は新しい柱が置かれる前に勝負をつけなければならないゆえに、近いうちに柱に攻撃を仕掛けるということも予想済みであろう。令達は、敵が待ち構えている場所へと攻め込まなければならないのだ。


「・・・・・・」


 彼女は手を組んだままに机に肘をついて、うなだれた。影になった彼女の眉間には皺がよっている。


 一乃のその姿を見た令は、彼女がまるで祈っているかのように見えた。もしくは・・・・・・。


「一乃?」


声を掛けると、一乃はハッと顔をあげた。


「あぁ、直路木君・・・・・・。着替えるの早いのね」


「まあ、男はこんなもんだろ。それより、大丈夫か? 顔色悪いぞ」


「・・・・・・大丈夫よ」


いつになく弱った様子を見せる彼女に、令は怪訝な顔をした。


一乃らしくない。


だが、直接戦うわけではない彼女が、それだけ令達のことを思ってくれているのだろうと思うと、こみあげるものがある。


「ありがとな。なんだかんだ言って、お前優しいよな。ほとんど他人だった俺たちのためにここまでしてくれて・・・・・・。それに・・・・・・」


「やめて」


 厳しくそう遮られ、少なからず令は驚く。


 一乃は、眉を下げたまま小さな微笑みを作った。


「そういうことは、勝ってから言うものよ。それに私は・・・・・・」


やさしくなんてない。と、彼女は言った。


着替え終わった藍子が部屋に入ってきて、話はそこで終わった。


一乃から作戦を聞き、令と藍子は家の外へと踏み出す。一乃は家に残って司令塔の役割を果たす。


玄関を出る直前。令の頭をよぎったのは、机の上で手を組んでいた一乃の姿であった。さっき見たあの光景が、なぜか彼の心に強く印象を残していた。


人が捧げる祈りには、二種類の意味がある。


一つは願いを叶えるため。


もう一つは、懺悔。許しを請うための祈りだ。

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