第3話 生け捕りにした黒髪の佐官

 たとえ生産時の用途が用途であろうと、レプリカントは普通の人間よりは「性能がいい」。

 運動能力も演算能力も、個体差が大きい人間と違い、皆ある一定以上のレベルを持って生まれてくる。人間は、彼等を有能な奴隷として使うために、感情以外のものなら惜しみなく彼等に与えた。

 そしてその能力は、結果的にどんな用途にも適応する。それが当の人間を皆殺しにするためにも。

 キムは長い髪をかき上げると、視界の波長を可視光線から赤外線に切り替えた。おそらくは周囲あちこちに待機しているだろう、仲間も同様の行動をとっていると彼には思われた。

 今夜だ、と言った首領の表情を彼は思い出す。いつもと同じ乾いた声は、皆殺しを命令する時と同じ口調で、生け捕りを命令した。


 何だっていうんだろうな。


 キムは思いつつも、仲間達の位置をテレパシイで確認する。

 レプリカ同士には感応力があった。人間の思考を読むのとは別の次元のそれは、彼等が作戦を行うのに非常に有効だった。しかも、彼等のその通信手段はどういう波長の違いか、どれだけ優秀な感応力者にしても、読むことができないものだったのだ。


 波長って言うよりはね。


 ハルはいつもそこで説明をやめて、どういったものかな、と薄く笑っていた。意地悪で教えてくれない訳ではないらしい。どちらかというと、どうして彼がそんなことを聞くのか、不思議と言った顔つきだった。

 そしてその様子にやや苛立って、しつこく彼が訊ねると、今度はしつこい奴は嫌い、と言ってぷいと横を向く。

 そんな繰り返しで、結局キムはその理由を聞いていない。

 今度こそ絶対聞いてやる、と思いつつも、何故かいつも同じパターンに終わるのだ。


 全く。


 彼は交信を切ると、表情を引き締め、正面を見据えた。耳を澄ます。次第に音が近づいてくる。


 ……やってくる。


 キムは腰の特殊セラミック刀を抜くと、いつでも長くのばせるように握り変えた。音は次第に人間の耳ででも聞こえる程度になってくる。

 近づいてくる。緊張はしない。いつものことだ。土の上をずりゆくたびに低く響く車の音。音の大きさは、耳に届く時間は、自分の中で距離に換算される。

 無機質な瞳が標的を視界に納めると、彼は音も立てずに走り出した。低い響きを立てるエンジンのあるはずのボンネットに飛び乗ると、突然の来訪者に驚く「人間」には無感情な瞳を向けたまま、彼はセラミック刀を長く伸ばした。

 一つ、二つ…… 幾つかの車が停止する。

 いくつかはそのまま眠りにつき、また幾つかは素直に自爆する。彼は中の人間の肩章を確認だけすると、ひどく冷静に抹殺していった。首領は言ったのだ。この部隊の指揮官である佐官だけを生け捕りにしろと。別に他には関心はなかった。

 そしてある一台に取り付いた。

 その一台は、他の車よりやや天井が高いような気がした。そしてボンネットの幅がやや狭かった。変だなと彼は思いはしたが、方策を変えるのは合理的ではない。合理的に済ませないと、フルパワーで動くことのできる時間をオーバーしてしまう。

 そしてまた首領から言われるのだ。

 仕方のない奴だね。

 あの乾いた口調で。

 どうしてお前は自分の限界って奴を知らないんだろうね、と。

 彼はそれを聞くのがあまり好きではなかった。それを口にする首領の表情はひどく柔らかかった。どんな時よりも楽しげに見えた。

 だけど何故か、そのたびに彼はひどく不安になったのだ。


   *   


 彼が肩に長い黒髪の佐官をかついで帰ってみると、そこに居たのは彼の首領ではなかった。


「トロア」

「お帰りキム。それが例の佐官か?」

「ああ」


 アルトの声が彼を迎えた。キムは肩の捕虜を持ち替えるふりをして、自分に向けられた視線を避けた。眉をやや寄せる。彼はこのトロアと呼ばれる首領の副官が好きではなかった。

 いやトロアだけではない。

 首領には二人の副官が居た。彼がこの戦列に参加する前から、いや戦列を組むその前から、その二人は首領についていたらしい。

 トロアとフィアと呼ばれているその二人は、造形的な具体的性別は女性と無性と違ってはいたが、それ以外の部分では実によく似ていた。人間で言うなら、双子と言ってもいいくらいだった。

 それはよくあることだ、と彼も知ってはいる。同時期に同じ場所で作られた量産の身体は、同じタイプになることが多い。だが、それにしてもこの二人はよく似すぎていた。

 そして奇妙なことに、この二人は彼の首領にも何処となく似ていた。


「何処へ置いてくればいい?」

「向こうだ。目覚めたらすぐに話をしたいと言っていた」


 そう、と言って彼はトロアの指す部屋へとそのまま進んで行った。

 歩いていくにつれて、頬に当たる大気が痛いものになっていく。捕虜の髪は流れる大気に首筋に触れる瞬間、すっと冷たい筋を描いていく。


 ああまたここも空調が壊れたんだな。


 彼等がとりあえずの本拠に決めている場所は、ヴィクトール市からやや離れた廃工業団地だった。そこはレプリカの生産にいそしむSL財団の施設完備の所とは違い、小さく、長い間捨て置かれた設備は所々に穴が空いていた。

 この惑星は基本的に冬なのだ。空調はどんな時にしても必要なものだった。人間ならば。

 そのあたりが所詮は機械の身体なんだ、と彼は思う。確かに大気が冷たいとは思う。気温が低いと思う。だけど、それは「寒い」訳じゃあない。

 その言葉の意味を聞いてはいる。だけど彼はその言葉の意味を知らなかった。

 ノックをしたら、お帰り、と返事があった。扉を開けたら、そこにはもう一人の副官のフィアが居て、何やら話をしていたようだった。少なくとも、フィアはハルに向かって何やら言いたいようだった。


 だが。


「キムお帰り。それが俺の言った奴?」


 副官の言葉など何処吹く風、ハルはそれまで面倒くさそうに座っていた席を立つと、戸口で突っ立ったままのキムに向かって声を掛けた。


「……ハル……!」

「何フィア。キムが帰ってきたんだよ? 俺の頼んだ仕事をしてさ。だからお前も自分の仕事につけばいい」

「……」

「命令だよ」


 首領はひどく乾いた声でそう告げた。

 そう言われれば、フィアはその場から立ち去るしかなかった。少なくとも、キムの知る様子では、そうするしかなかったのだ。

 扉が閉まったのを確認すると、ハルはそばの簡易ベッドに捕虜を寝かすようにキムに言った。これは命令じゃない、と彼は感じていた。どちらかというと、「お願い」に近いな、と。

 決してそのことを誰にも言うな、と首領が忠告するから、キムは自分が首領のその「命令」…… 聞かない訳にはいかない絶対的な命令が効かないことを誰にも言っていない。

 それはあの副官達にも。

 もし、実際は既にそれをハルがあの二人に口にしていたとしても、キム自身、言う気がしなかったのだ。

 あの二人を、直感的に好きになれなかったこともあるが、言ったら最後、それを自分の弱点として握られるような気がして仕方がなかったのだ。

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