第31話

 三人が二抱えもある巨大な初期型振動砲を運び出した時、藍那はそこにいなかった。


 ひとまず振動砲を雨のかからないひさしの中に置き、周囲を探す。


藍那あいなっち! どこ行った!」


「藍那! 返事をしてください!」


「藍那! どこだ!」


 風と雨、加えて雷鳴まで鳴り響き、藍那を呼ぶ声はかき消されがちになる。横殴りの風は耳の奥までゴウゴウと吹き抜けていく。


 その音に混じってガサガサと、街へ下る方の道ばたの茂みが動いた。ほとんど明りのない闇の中でもそれとわかる人影がそこにあった。


「ひへ。また会ったなあ、お嬢ちゃんたち」


『フィーフィールト!』


 明日香と深月みづきは同時に叫んだ。そして、同様に嫌な予想をした。果たして、予想通り藍那は男の手の中にいた。


「ご、ごめん、ウチ、やっぱり足手まといになってもうた……」


 首を羽交い絞めにされ、藍那はがっしりと身動きできないように保定されていた。


「ひへ。今日はいい天気だなあ。濡れた女はたまらねえ、ってか」


 洒落のつもりなのか、にったりとねちっこい笑みを浮かべながら、フィーフィールトは近づいてくる。藍那を盾に取っているため、攻撃は出来ないとふんでのことだ。


「おっとっと、赤毛の姉ちゃん、変な動きはよすことだ。この細い首、折るのに時間はかからねえぜえ? ひへへへ」


「ちっ……」


 狙撃の動きを見せた深月を目ざとく制しながら、建物からの非常照明が届くくらいの位置まで来て立ち止まる。


「なんのつもりですか? この距離なら、私の間合いですよ?」


「ひへへへ、黒髪のお嬢ちゃん、そうとんがるなよ。ある程度見えないとつまらんだろう? ええ?」


「きゃ!」


 言うなり、フィーフィールトは藍那のワンピースの胸元を引きちぎった。スポーツブラに覆われた小さなふくらみが露わになる。


「き、貴様!」


「おおっと、メガネ兄ちゃん、動くな。動くなら、近くに来てじっくり見てやれ。羞恥プレイは相手がいねえと面白くねえ」


「こ、この、ド変態があ!」


 真っ赤になりながら、フィーフィールトの腕の中でもがき、悪態をつく藍那。しかし、がっちりと掴まれていて抜け出すことも抵抗することも叶わない。


「ひへ、褒められた、と思っておこうか。さあ、兄ちゃんよ、こっちへ来な」


「く……」


 慧也けいやは仕方なくフィーフィールトに向かって進んでいく。明日香とすれ違った時、慧也は目くばせをした。明日香はそれに気づき、小さく目で頷いた。


「ひへ、よく来たなあ。さあ、しっかり見ていけよお」


「ひゃあっ!」


 フィーフィールトは残っていたスカート部分も引き裂いた。


 非常照明の薄明かりに、藍那の身体のラインが浮かぶ。


「け、慧也はん、お願いやから、みんとって……」


 消え入りそうな声で体を隠すこともできず、藍那は顔をそむける。その様子は帰ってフィーフィールトの嗜虐心を満足させる。


「見ろよ、兄ちゃん。なんなら、お前がこの先脱がしてもいいぜ? ひへへ」


「……わかったよ、よく見えないから、懐中電灯使ってもいいか?」


「ひへ、意外といいアイテム持ってんじゃねえか。暗闇の中、局部だけ照らしてのぞくってか? いいねえ、いいねえ」


 慧也はポケットから細い懐中電灯のような物を出した。


「照らすよ」


「あ……」


 藍那は小さな唇を噛みしめて目を瞑った。


 慧也は藍那の下着に手をかけ、そこを照らすふりをしつつ、フィーフィールトの足に向けて小型振動砲を照射する。


「う、うお! あぢ! あぢいいい!」


 小型とは言え、原子を直接揺さぶる振動砲は即座にフィーフィールトの衣服もろとも皮膚を溶かした。すかさず照射先を腹の辺りに変更すると、同じようにすぐに効果が表れる。


 焼付く痛みに怯んだゾイノイドは、思わず藍那を手放し、数歩後ろへと身を下げた。慧也は素早く放り投げられた藍那を抱きとめ、フィーフィールトから距離を取るよう地面を転がる。


「覚悟!」


 それを見て取った明日香は瞬時に間合いを詰め、下段に構えたスルトリアを斜め上に逆袈裟斬りを仕掛ける。


「ひへ?」


 音もなくフィーフィールトの左腕が飛び、数瞬後に闇へと吸い込まれる。明日香は返す刀で脳天からの唐竹割りを狙って振り下ろした。


 ヴン!


 しかし、その闇の刃は鈍い振動音とともに動きを止められる。


 スルトリアを受け止めているのは古臭い青竜偃月刀。だが、唯一スルトリアの闇に対抗できる武器だった。


「メスト!」


 明日香は歯ぎしりしながら、その刃を持つ男の名を呼んだ。今日の衣装は奇抜ではない。フェデラーの正規の戦闘服ともいえる、カーキ色の軍装を身にまとっていた。


「いい顔だ、アスカ。その激情の炎、心地よい」


 メストは心底に楽しそうな笑みを浮かべながら、明日香渾身の一撃を受け止めていた。


「ぬうん!」


 偃月刀でスルトリアを押し返し、即座に刃を立て、明日香の左脇からの薙ぎを打ちこむ。明日香はスルトリアでそれを受け止めると、数歩下がって距離を置く。


「おどきなさい! メスト! あの男は私の仲間に不埒な振る舞いをしました。万死に値します」


「ひいっ!」


 メストの後ろで切り落とされた腕を押さえながらうずくまっていたフィーフィールトは、恐怖に喉を鳴らす。しかし、フィーフィールトをあまり評価していないと思われるメストは、意外にもその前に立ちはだかり続ける。


「フィーフィールト、貴様はもう帰れ。用済みだ」


 メストは振り向きもせずに懐から出した腕輪のようなものをフィーフィールトに投げ与えた。


「ひ、ひえ、大将、恩にきますぜ」


 慌てて駆け寄り腕輪を拾ってはめると、その瞬間にゾイノイドの姿は消えた。


「転送装置か……欲しいな、研究してみたい……」


「何言うとんや、慧也はん。そんなこと言うとる場合やないで。そ、それから、い、いつまで抱いてんねや・・・・・・は、恥ずかしいやんか」


 慧也の腕の中に抱えられている藍那は下着姿、ほぼ半裸の状態だった。


「あ、ああごめん。濡れてるけど取りあえずこれ」


 慧也は自分が羽織っていたジャケットを藍那に渡し、抱いていた腕を解く。


「仲間とは言え、あれほど毛嫌いしていた奴を助けるんだな。手っきり見捨てると思ったよ」


「ふむ、それでも良かったがな。あんなものでも恩を売っておけば兵隊になる上、適当な時の捨て駒として使える。資源は有効活用だよ。ミヅキ、君とてその有効活用の一環として生まれたのではないのかね?」


「……なんだと? てめえ、もう一度言ってみろ!」


 深月は激昂し、メストめがけてグレネード・マシンガンを乱射する。


「深月! ダメです! 手を出しては!」


 明日香が叫んだとほぼ同時、メストは今までいた位置から瞬時に深月の目の前にまで移動していた。もちろん被弾など一発もしていない。


「学習しない子だ。お仕置きをしてやろう」


「!」


 メストの偃月刀が大上段から一閃した。深月は瞬時に身を引き、紙一重でそれを交わした。だが、手にするマシンガンに鈍い衝撃が伝わった。危険を感じた深月は、自分の愛銃を放り出す。その直後、真っ二つに裂かれたマシンガンは重い地響きを立てて地面に転がった。幸い爆発はしなかった。


「ふむ、すまなかった、少しは学習能力があったのだな」


 メストは余裕の笑みを浮かべ、さらに一歩踏み込んだ。振り下ろした偃月刀を逆手に持ち替え、下段から一気に振り抜く。


 ガヴン! と空気が振動する。


「あなたの相手は私でしょう、メスト!」


「速いな、アスカ。怒りの感情はそこまで性能を加味することが出来るのか。興味深い」


「怒り? 違いますよ。私は怒りで動いているのではありません」


「ふむ。まあ良い、ゆっくり語り合おうではないか、この刃でな!」 


 メストは少し間合いを取ると、目にも止まらない速さで偃月刀を繰り出す。明日香はそれを余すことなく受け止めるが、間合いは向こうが長いため、瞬時にしにて防戦一方に追い込まれる。


(このままでは、スルトリアの時間切れになってしまう)


 出力をセーブしていても、せいぜい三〇分が限界だった。少しずつ削られていくのは得策ではない。


「深月! 藍那と慧也様を奥に退避させてください!」


「あ、ああ! わかった! 藍那っち、慧也っち、下がるぜ!」


「で、でも、明日香一人で……」


「いいから! ここは下がる方が明日香っちの為になる! あたいらがいると、全力戦闘が出来ねえんだよ!」


 深月は二人を小脇に抱え、施設のロビーに駆け込む。一度立ち止まり、明日香を振り返って、


「明日香っち、後、頼むぜ」


 明日香は深月の方は向かず、ただうなずく。それを見届けた深月は、急いでこの場を去るべく走り出した。


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