第3話


「ふう。ご馳走様でした。大変おいしゅうございました」


 馬鹿丁寧にお辞儀をする明日香を尻目に、慧也は質問を投げかけたくてうずうずしていた。さすがに女性が食事中に質問攻めにするのもぶしつけと思い、好奇心と知識欲の暴発を押しとどめていたのだ。


 空腹が満たされた満足感からか、明日香は先ほどより少し表情が緩んでリラックスしているように見えた。慧也はすかさず食器を片づけおわり、コーヒーを差し出しながら尋ねる。


「それで、説明してほしいんだけど、何から聞けばいいかわからないや。一六歳って言ったね? しかも見かけはどう見ても中学生だし、いったいサムダは対フェデラーに対して、どういう交渉をしているんだい?」


「交渉、と言う段階はもう終わっているのですよ。というよりも、ほぼ交渉などという段階を踏むこともできず、人類はこのミッションを提示されました。回数をご覧いただければわかりますとおり、すでに七年前からミッションが繰り返されています。前回の三二七次ミッションまでの勝敗は、フェデラー一四二勝、人類一八五勝です。四十勝あまりのアドバンテージがありますが、有利に進んでいるとは言えない状況ですね」


 明日香は口中を潤すかのように、コーヒーを一口含む。


 初耳だった。巷では、サムダによる交渉が功を奏して、今の所平穏無事な世界が保たれている、ということになっている。


「なぜこんなミッションが行なわれている?」


「簡単なことです。フェデラーの科学力は人類を遥かに凌駕しています。まともに戦っても勝敗は明らかです。それなのに、フェデラーはこのような方法を提示してきました。限定的なエリアで、限定的なルールのもと行われるミッション。真意は測りかねますが、これは、人類にとっては渡りに船だと思われませんか?」


 話をしているうちに、明日香の印象は先ほどまでのように、無機質で感情のない口調と暗い光を宿す瞳に落ち着いていった。


 慧也は考える。確かに、一方的な殲滅戦になるかもしれない正面激突よりはましかもしれない。でもこれはまるで。


「まるで、ゲームじゃないか」


 行きついた感想を漏らした。それに対して、明日香は表情を変えることなく頷く。


「そうです。ゲームです。彼らにとって、この地球侵略は、一〇〇〇のゲームをするためのチップでしかなく、私たちはその駒なのですよ」


 寂しく、何かをあきらめたような口調で、明日香は今の状況を肯定した。


「ただ、普通のゲームと違うのは」


 くい、とコーヒーを飲みほしてソーサーの上にカップを戻す。


「一歩間違えれば実際に死人や被害者が出て、さらには、私たちのような兵器が作り出されて実戦投入されている、という救いようのない現実が存在すること、ですね」


「う……」


 慧也の背中に、嫌な感覚が走り抜けた。


 つまり、今回のミッション命題、神波慧也の抹殺と言う文言は、洒落でも冗談でもない、と言うことだ。現実にこの一週間、慧也は得体のしれない異星人に命を狙われ、その護衛はこの小柄な少女と言うわけだ。


 事実、さっきの襲撃は明日香なしではどうすることもできなかっただろう。慧也一人なら、あの時点で終わっていた。そう思い返すと、にわかに恐怖が甦ってくる。


「どうなってんだ……いったいサムダは何をやっているんだ……」


「今までのミッションの概要を全て詳細にお話しする時間はありませんし、あなたがそれを知る必要もありません。ただ、ミッションの内容は全てフェデラーが提示してくるものとなり、その内容に私たちが関与できることは何もありません。私たちは設定されたフィールドで、ゲームの相手をするだけなのですよ。今回はたまたま、サムダの一員であるあなたに白羽の矢が立っただけです」


 明日香の言葉には容赦がない。淡々と事実だけを語るその姿勢は、まるで彼女が本当にゲームの中のキャラクターなのではないかと錯覚すらする。


「そ、そんな勝手なことが通るっていうのか! 人権ってものがあるだろう! 僕個人の命をどうして見も知らない第三者、ましてや異星人が持て遊ぶ権利があるんだ! こんなミッションを堂々と許しているサムダの上の連中には人の心ってものがないのか!」


 あまりに無表情に語る明日香に、慧也は思わず声を荒げた。


「私に人の心を説かれましても困ります。私はもうすでに人ではありません。人権などと言うものは四年前に剥奪されています」


 無機質とすら言えるその口調に、慧也は言葉を失い、一瞬にして怒りが覚めた。少女はさっき、『人だった』と言った。それはどういう意味か、再び慧也の脳裏にその言葉が響く。


「君はいったい……そうだ、君はどうしてそんな体に……それに、人だったって、どういう意味なんだい?」


「そのお話にお答えする義務もありませんし、お話したくもありません。ただ、一つだけ言っておくことがあるとすれば、おそらくは死んでいたはずの私にこの身体をくださったのはサムダのお偉い科学者の皆様である、と言うことくらいです」


 形容しがたい迫力に気圧され、慧也はそれ以上質問を続けることが出来なくなった。


 ただ一つ、おぼろげに理解した。


 自分はこの娘には好かれていないようだ、と。サムダの一員と言うだけでも、この娘にとって護る意義を見出せないのではないか、と思わせるほどの拒絶感を感じた。慧也は聞かずにはいられなかった。


「僕は、そのサムダの一員だよ。そんな僕を護る意味を、君は見出しているのか?」


「事の軽重はわきまえております。今回のクリア条件は慧也様の生存です。その点において、私は一点の曇りもなくあなたをお護りします。どうぞご安心ください」


 明日香は、良くも悪くも平坦な感情で慧也に接している。それがかえって慧也にとって不安材料にもなるのだが、つとめて感情の起伏を出さないように、明日香自身が意識しているようだ。


「今日はもう遅くなりました。メストの主義からして路傍の闇によるデータ収集が完了した今の時点で、夜襲はないと思います。どうぞお休みください。明日から、何かと忙しくなりますので」


 確かに、時計を見るともう午前二時を回っていた。


「夜襲がないって……、どうして言い切れるんだい?」


 慧也にとっては命に関わる事柄だ。ただ、夜襲はないと思う、では、納得できるはずもない。


「過去のミッションにおける、メストの戦術傾向からして、そう判断します。彼はそういう男です。それに、敵方がもう一体投入する知性体ゾイノイドの合流は明朝と記載されています。まず、今夜はもう心配ないでしょう。」


 明日香の言葉には明確な自信が込められていた。しかし、それでも慧也にとっては安心材料にはならない。その様子を見て取ったのか、明日香は告げる。


「ご心配には及びません。慧也様と同じ部屋で休ませていただきます。肌身離れずお護りするくらいの気持ちがなければ、到底このミッションのクリアは望めませんから」


 不安な表情を隠しきれない慧也に、明日香はそう言った。


「え?」


 いやそれはまずいだろ。と、慧也は心の中で棒読み風に独語した。


 実際の歳で考えても慧也より七歳も下で、見た目はまるで中学生。多少とっつきにくい感じはあるとしても、充分美少女と言っていい少女を同じ部屋に寝かせるなど。しかもベッドは一つしかない。


「あ、あの、一緒の部屋って言っても、狭いし、ベッド以外に寝るスペースなんかないよ? そ、それに、ベッドだってそう広くはないし……」


「お構いなく。さあ、早く休みましょう。寝不足で不覚を取るなどあっては、悔やんでも悔やみきれませんから」


 抗いがたい雰囲気を感じて、慧也は少女を自室、と言っても便宜上勝手に占領して私用しているだけのゲストルームへ案内した。

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