第4部「舞台で踊れ」

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 天高く入道雲が沸き起こり、梅雨明けも迫る7月7日。

 織姫と彦星が会うことを許されたその日、美星分校は創立記念日のため休日となっていた。

「というわけで最後の撮影を始めていきたいと思う。準備はいいかー」

「おー! 任せとけ!」

「よし。やるか」

「はい! 頑張りましょう!」

 勇太が掛け声を上げてみれば、かおる、空、灯。三者三様の返事が返ってくる。

 そんな3人を横目にして勇太が振り返ってみれば、そこには木造の大きな門がある。

 そして、その向こうには山道が続いており、道なりに進んで行けば本日の目的地に着くはずだ。

中世夢ヶ原ちゅうせいゆめがはら

 ここ、美星町に存在する唯一のテーマパークであり、簡単に言えば中世日本の街並みが再現されている施設だ。もっと簡単に言えば『時代劇に登場するさびれた寒村』、もしくは『太秦映画村をものすごくスケールダウンさせた施設』というのが一番ビジュアル的に近いかもしれない。

 勇太は先陣を切って。移動を開始する。

 門の横にある小屋で数百円ばかりの入場料を払い、門をくぐって山道を歩いてゆく。

 すると、勇太の横を歩いていたかおるがキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

「……ねぇ。勇太。ホントにここで撮影できるの? てか、ロケ地は学校じゃなくてもいいの? ほら、舞台とかもなさそうだし」

「いいんだよ。舞台っぽいのあるし。それに、学校が休みだから仕方ないだろ」

 と言いつつも、勇太は小さく溜息をついた。

 本来であれば学校の講堂を借りて撮影をする予定だった。だが、学校は創立記念で休みのため講堂の使用許可が下りず、急遽予定を変更。美星町で唯一舞台と呼べる施設のある、ここ『中世夢ヶ原』で撮影となったのだ。

 勇太がそんなことを思い出していると、後ろから声が聞こえてくる。

「にしても、ひっでぇ場所だよな。人が全くいねぇ」

「白鷹さん。そういうことは言ってはいけません」

「でもよぉ。百万石。人が来ないテーマパークほど悲しい場所ってねぇよな。ジャ〇コが建ったせいでサビれた商店街みたいな寂しさがある」

「いえ、ジャ〇コは悪くありません。恐らくそういう商店街は、ジャ〇コがあろうがなかろうがサビれてしまうものですよ。時代の流れというやつです。ところで白鷹さん。もうジャ〇コという名前の複合型大型施設は存在しませんよ?」

「え? 嘘。マジで?」

 などと、空と灯はそんな益体のない話をしてた。

 まあ、でも。ド田舎にあるテーマパークなど人がいなくて当たり前だ。アクセスが悪すぎるし、移動手段も車一択。ましてや平日なんて人通りゼロも珍しくない。なんて思っていたが……

「ん?」

 勇太たちの横を2人の男がせわしなく追い越していった。そして今度は、向こうからやってきた別な男とすれ違い、その後でさらに別の男が勇太たちを追い抜いてゆく。

 思わず勇太は首を傾げた。

 ……どうにも、先ほどすれ違った男たちは観光客といった感じがしなかった。それになんとなくだが、近場から来たような匂いがしない。しいて言うなら、なにか仕事で訪れているような感じだった。

 その後も、勇太は時折すれ違う男たちを眺めていたのだが、

「ねぇ~勇太。どれだけ歩かせる気?私、女優さんなんだけど? 」

 と、勇太はかおるに右腕を掴まれた。肩越しに振り返ると、かおるは少し頬っぺたを膨らませている。

「急にプロぶってんじゃねーぞ。つか、なんだ? ロケ車でも回せてって言いたいのか?」

「そうだよ。こんな待遇の悪い現場なんてありえない」

「ちなみに、いちばんよかった待遇は?」

「貸し切りのロケ車。なぜかリムジンカーだったことかな」

「……」

 忘れそうになるが、かおるという女の子は一流の女優だ。全く想像できないが、そういう世界も世の中にはあるのだろう。

「あと地方にロケ行ったとき、その地元の偉い人が美味しいものを食べさせてくれたとか。それから、大企業の社長さんが私の大ファンみたいで、差し入れしてくれた食べ物が――」

「わかった。すまなかった。俺が悪かった。待遇は考える。……よし、もう着くぞ」

 勇太がかおるの話を強引に打ち切ったタイミングで、木々に覆われていた視界が開けた。そして見えてきたのはステージのような建物だ。

 半円状の観客席が、緩やかな斜面に沿うようにして設置され、その傾斜を下った先にステージがある。ビジュアルで言えば『野外音楽場』に近く、事実、毎年夏になると音楽フェスで使用されたりもする。

 ただ、普段は誰でも使用できるようになっており、勝手に立ち入っても問題はない。

「へぇ~。すごいじゃん。田舎なのにこんな場所あるなんて」

 かおるは、そのステージを興味深そうに眺める。

「逆だな。『田舎なのに』じゃない。『田舎だから』こんな場所があるんだよ。土地が腐るほど余ってるからな」

「……田舎の人って自虐ネタ好きだよね」

「うっせー。そんくらいしか話のネタがねぇんだよ。まあ、それはいいとして……だ」

 勇太は皆を引き連れステージの階段を上ってゆく。そして舞台の中央に差し掛かったあたりで、3人のほうへ振り返った。すると、かおる、空、灯はジッと勇太を見つめてくる。

「というわけでさっそく撮影に入りたいと思う。だから――」

「あ、ちょっと待って」

 と、勇太の言葉をかおるが遮った。

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