scene3.12

「白鷹。お前なに言って……」

「俺が気付いてないとでも思ったのかよ。あの顔にあの演技力。どう考えても朝霧薫だろ」

「いや、そのっ……」

 誤魔化そうとしてみるが、言葉が出なかった。なにより、空の顔を見るにこれは無理だろう。

 勇太は深く溜息をつき、窺うような顔を空に向けた。

「……いつから気付いてた?」

「転校初日だな。まあ、確信に変わったのは最初の撮影のときだけど」

「最初からじゃねぇか。てか、嘘だろ……。クラスのやつらも気づいてなねぇのに……」

「そりゃこんな田舎に朝霧薫が転校してくるとは思ってもないだろうしな。まあ、俺は映画とかよく見るし。だから気づけたってだけだ」

「ああ。なるほどな……」

 勇太はガクリと肩を落とした。まあでも、空だからこそ騒ぎ立てることはしないだろう。

「えっと……白鷹。一応内緒にしといてくれると助かる。かおるもたぶん言いたくないんだと思う」

「わかってるよ。知られたら面倒なことに――」

「――おお。白鷹とこの」

 と、空の言葉が遮られた。

 勇太と空が顔を上げてみれば、目の前に頭にハチマキ姿のおっちゃんが立っていた。

「白鷹とこの。ちょっと手伝ってくれねぇか。若い衆の力仕事が必要なんだよ」

「よお、西田のじいさん。分かった。行くから待っといてくれ」

 空がやれやれという感じで言えば、ハチマキ姿のおっちゃんは「頼んだぜ」と言ってその場から去ってゆく。勇太はおっちゃんの背中から視線を戻し、

「誰だ? いまの?」

「地域の役員会のおっちゃんだよ。ウチの親がロクに地域の行事に顔出さないから、俺が駆り出されることがあんだよ。てなわけで行ってくるわ」

 空は立ち上がり、肩をくるくると回した。

「たぶん帰ってこれないから、百万石と犬山さんに言っといてくれ」

「わかった。ご苦労だな」

「あ、それから勇太。犬山さんと付き合ったら教えてくれよ。全力で茶化しにいくから」

「だから、かおるに恋愛感情はない」

「どうだか。じゃあな」

 白鷹はヒラヒラと手を振りながら去っていく。ふと勇太がスマホで時間を確認してみれば、そろそろ帰宅を考えるような時刻となっていた。

「……帰るか」

 だが、そのためにかおるを回収しなくてはならない。

 勇太はベンチから立ち上がり、かおるを見つけようと歩き出す。ところが、少し困ったことになってしまった。

 かおるが灯と一緒に見に行った神楽は、特設ステージのよう場所で行うこのではない。どこかの民家の居間を借りて行うのもこの地域の神楽の特徴だ。一応太鼓の音は聞えてくるが、このあたりの地域は民家が密集しているせいもあってか、太鼓の音のする方向がよく分からない。

「あー……携帯にも出ねぇし。どこいんだあいつ」

 勇太は携帯電話を鳴らしてみるが、かおるは電話を取らない。仕方がなくスマホアプリを起動し、かおるが首に巻き付けている犬用首輪のGPSで位置を探ろうとしたのだが、

「やべぇ。田舎すぎて全然正確に表示されねぇ……」

 地図上にかおるの位置を示すマーカーが表示されている。だけど、そのマーカーは近くにある田んぼのド真中に位置していた。かおるが迷子になってる可能性もあるが、灯と一緒にいる時点でその可能性はゼロに近い。

「お~い! かおる! 犬山かおる!」

 道行く人の視線に負けず、なかばやけくそ気味にかおるの名前を呼んでみる。もちろん勇太も意味はないと思っていた。だがそこで「わん!」とひと吠えがかかる。

「おお。ケンちゃんか。つか、また脱走してんのかよ」

 小道の脇からぬっと姿を現す雑種犬。かおるの家に住み着いているケンちゃんがそこにいた。

「なあケンちゃん。かおるどこにいるか知らない?」

「わん!」

「もしかしてかおるの匂いとか辿れんのか?」

「わんわん!」

 頼もしく吠えるケンちゃん。すげぇ。こんな忠犬が世の中に存在しているだろうか。

「よーし。今度骨付きジャーキーをプレゼントしてやる。かおるのとこまで案内してくれ」

 するとケンちゃんは歩き出し、その後を勇太ついくことにした。

 大通りを逸れて脇道へ小道へ。入り組んだ道をどんどん進んでいけば、祭りの喧騒を遠のいてゆく。

 だがそこで、ジャリっと地面を踏み鳴らす音がした。

 勇太は、後ろから聞こえたその音に振り返ってみたのだが、

「いっ――!」

 一瞬、息を忘れた。なぜかそこに巨漢の男が立っていたからだ。

 太ももほどあろうかという二の腕に、服がはち切れんばかりの胸板。そしてサングラスにスキンヘッド。絵に描いたような危ない人が勇太をジッと見つめていた。

 瞬間、勇太は頭のなかで警笛が鳴った。

「ちょっ! ケンちゃん助けて……ああ!?」

「わんわん!」

「あのワンココロ逃げやがった!」

 ケンちゃんはスタートダッシュを決めざかってゆく。まったく忠犬ではなかった。

「……なあ、君」

 ドスの効いた声が勇太の背中に掛った。

 勇太が壊れたゼンマイ人形のような挙動で振り返ってみれば、眼前にスキンヘッドの

 男の顔面があった。サングラスがきゅぴんと光ったように思う。

「は、はい。なんでしょう」

「あんた。知り合いなんだな?」

「は? はい?」

「だから、知り合いなんだろう? さっき彼女の名前を叫んでいただろう!」

 スキンヘッドの男はガッと勇太の肩をつかんだ。

「――つっ!」

 血の気が一気に引いてゆく。これはマズい。こんな巨漢の男に襲われたらどうなるかわかったものではない。だが、勇太のそんな予想に反して、

「頼む。彼女を……彼女を……」

 男はサングラスをスッと外し、 今にも泣きそうな顔を勇太に向けてきた。

「朝霧薫を……助けてやってくれ」

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