scene3.5

 期末試験が終了した、7月5日。

 梅雨明けには少し早く、それでも季節は確実に夏へと近づきつつある。

 準高原地域に位置するこの町の夏は、アスファルトジャングルの都会に比べるといくぶんか涼しい。それは夕暮れ時ともなればなおさらで、出歩くのに暑さに苦しめられるということも少ない。

 勇太が自転車から降りると、お祭りの活気を感じさせる人々の喧騒が聞こえてきた。

 場所は、町内にある八日市ようかいちと呼ばれる地域。

 細い路地の両脇には家々が立ち並び、軒先に灯篭が置かれている。柔らかな光が道行く人々の足元を照らし出す一方、顔は宵闇の暗さに飲まれていた。

 どこか浮世離れしていて、どこか幻想的とも言える風景。

「へぇ。いいじゃん」

 勇太が振り向いてみれば、自転車を停めたかおるが横までやってくる。

「田舎にしては頑張ってるんじゃない?」

「なあ。ナチュラルに田舎ディスるのやめてくんねぇかな」

「そうだんだけどさー。なんか野暮ったいもん。てか、どっか古臭いし」

「このあたりが商工会と観光協会の限界だ。ジジババしかしないから感性も古い」

「ほうほう。過疎化ってやつですね」

 なんて感じでかおるが勇太をちゃかしてくる。

 するとそこで、勇太は視界に見知った人物をとらえた。

 その背高ノッポの人物も、こちらの存在に気が付いたらしく近くまでやってきた。

「……よお。勇太。あと犬山さんも」

 そう言った白鷹空はとても嫌そうな顔をしている。

 かおるは首を傾げ、空のことを下から覗き込む。

「ねえ、どうしたの白鷹くん? 元気ないよ?」

「そりゃそうだろ。こんな場所で撮影するなんてどうかしてる。キスシーンなんだぞ。すっげぇ恥ずかしいだろ」

「私は恥ずかしくないから大丈夫。白鷹くん。心配してくれてありがとう」

「話が噛み合てねぇな。おい」

 そんな2人のやり取りを横目に、勇太は首から下げたカメラに手を伸ばした。

「よし。とっととキスシーン撮影して帰るぞ。もちろん許可なんて取ってないから、運営の連中に見つかったら速攻で逃げること」

 勇太はかおると空を引き連れ移動を開始した。

 目に入ってくるのはハレの日にふさわしいものばかり。

 焼きそば、たこ焼き、リンゴ飴。金魚すくい、射的、変なおもちゃ屋。

 人々を縫うように駆けてゆく子供たち。

 串焼き、イカ焼き、ビール、タバコの煙、酔いの回った声。

 軒先のベンチで酒を酌み交わす、祭りの実行員と思わしきおっさんたち。

 そんな光景を後にして、勇太は小道に入ってすぐの場所で立ち止る。

 そこは、祭りが開催されている大通りから一つ入った脇道。

 道のわきには灯篭がポツリポツリと置かれているが、この道にはなんの出店もないため人通りが極端に少ない。あらかじめ八日市を訪れ決めておいた場所だ。

「じゃあ白鷹とかおるはスタンバイしといてくれ。気合入れていくぞー」

「おーし。まかせとけー……ん?」

 かおるが首を傾げ、キョロキョロと当たりを見渡す。

「そういえば灯ちゃんがいないけど。どうしたの?」

「……いまさらかよ」

 でも今日に限っては百万石灯を呼ぶわけにはいかない。なぜなら……

「呼べるわけねぇだろ。百万石は白鷹のこと好きなんだぞ」

「だな。んなことしてみろ。勇太は百万石に殺されちまう」

 勇太に同調し、げんなりした顔になる空。

「あっ。そっか。それなら……ん? あれ? ええ?!」

 かおるは焦ったように驚く。

「白鷹くんって、灯ちゃんが白鷹くんのこと好きなの知ってるの?」

「ああ、知ってる」と、空はうんざりした顔で答えた。

「……ええ。なにそれ……。なら付き合っちゃえばいいのに」

 お気楽な感じで言ったかおるの言葉に、空は何も言い返さずに無言を貫く。

 そんな空の態度に目を細めつつも、勇太は首からぶら下げたカメラを起動し動画モードにする。

「とにかく。百万石は来ないから安心しろ。カメラOKだ。そっちは?」

「俺はいいぞ」

「いつでもいいよ」

「よし」と勇太はこくりと頷いた。唾を飲み込み、しばらくしてから右手を上げる。

「……5秒前。4……3……」

 勇太は合図を送れば、かおると空は動き出す。

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