scene2.8

「ごめんなさい。撮影に参加できなくなりました」

「へぇあ?!」

 寝耳に水とは全くこのことだと思う。

 二週間後たった中間試験最終日。校庭の中庭。

 午前でテストは終了し、午後からは授業もない。勇太はお昼ごはんを済ませたあと、かおるの練習相手を務めていた。だが、そこに暗い顔で百万石灯がやってきて、そのことを通告された。  

「実は生徒会選挙に出馬することになったんです。立候者が誰も居なくて、それで……副会長の久万くまんさんや先生方から頼まれて……」

 申し訳なさそうな顔の灯を見て、勇太はなにがあったのか察した。

『困ったときの百万石』という二つ名。そこには『頼りになる』という意味の他に、別な意味合も含まれている。ともすればそれは、灯自身の悪癖と言ってもいいのかもしれない。

「つまり……断りきれなかった……ってことか百万石」

「はい。こめんなさい。ちなみにこれから一週間ほど撮影に参加できません。出馬に向けて色々と準備がありますから」

「ぐおおおおお」

「それから恐らく生徒会長には当選しますので、引継ぎ期間が必要です。つまり加えて3日、それから土日を挟んで……つまり合計2週間ほど撮影に参加できません」

「ぐうううううう」

 なんてことだろうか。とんでもない伏兵が潜んでいた。

 勇太が思わず頭を抱えていると、

「――ほら見ろ。言った通りだろ」

 その声に振り向いてみれば、ニヤニヤした顔を携えた空が中庭にやってくる。

「創作の神様無慈悲すぎだろ」

「神様じゃねぇよ。悪魔だ。で、勇太。どうすんだ?」

 空は勇太の後ろに視線をやる。

 勇太がその視線を辿っていけば、少し離れた場所で、かおると灯が話をしていた。灯がかおるに対し、撮影予定を乱したことを謝っているらしい。

「俺は多少、犬山さんの演技には目をつむってでも前に進めたほうがいいと思う。2週間の遅れはデカい。締め切りは夏休み前だろ?」

「ああ、7月10日だ」

 今日は5月19日。灯が参加できる日を待てば、次に撮影をスタートできるのは6月頭。コンテストの締め切りは7月10日なので一カ月の猶予があると思えるが、夏休み前には再び期末試験が控えており、実質撮影に裂けるのは約3週間といったところだ。

 灯抜きで撮影を進めたいのは山々だが、やはり撮影時には人手が必要になってくる。マイクを持ってもらうだけでなく、役者の立ち位置を移動させたり、モノを運んでもらったりと、名前のつかない仕事をこなしてくれる人間が必要だ。

 勇太はガジガジと頭を掻く。

「かおるには俺から言っておくよ。多少は妥協してくれってな」

「そのほうがいい。けど、言い方には気をつけてやれよ」

「あ? どういう意味だ?」

 勇太が首を傾げてみれば、空は照れ臭そうにうなじに手を当てる。

「お前、ときどき俺の書いた漫画読んでくれるだろ? で、感想ってか、違和感があったとこも教えてくれる」

「ああ、そうだな」

 たしかに勇太は、空が書いた漫画を読んだ際、展開に違和感があった部分を指摘するようにしている。なにがおかしいのかはわからないが、違和感のある場所を空に伝えているのだ。

「あれ、俺としちゃありがたいんだよ。普通、素人が書いた漫画の感想なんて『よかった』とか『つまらなかった』くらいだ。でもな、そういうこと言われると作り手としちゃスゲェ腹が立つ。そんなんじゃ良くならないって思っててもな」

 空はかおるに視線を向けた。

「たぶん犬山さんも、勇太に言われて腹が立つことがあると思う。それが事実であっても犬山さんにとっては耳が痛い。そんな感じだ」

「……そういうもんかねぇ」

 勇太には空の言うことが完全には理解できない。でも、なんとなくならわかる。

「つまり、それとなく伝えろってことだろ? わかってるよ」

「ほんと分かってのかよ……。なんなら俺が言ってやるぞ」

「いいよ。俺が言っておく」

 勇太が目を向ければ、かおるは2週間前に撮影することができなかったシーンの練習をしていた。舞台の上で叫ぶあのシーンだ。ただ、いまだに演技イップスは健在のようで、セリフの途中で体が強張ったり声が詰まったりしている。

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