第6話

日本という国においてどれほどの人間がこのステージへと足を踏み入れたのかと聞かれれば想像はできないものの、極小数であることは安易に感じることが出来た。


今まさに目の前の光景はブラウン管の前で見ていたもので、少しだけ感動を覚えつつもその光景の中に飛び込まなければならないという緊張が矛盾のように心の中で共存していた。


プラカードを持つ右手が少し揺れる。

ステージ上では司会の横田やすまささんの開幕の合図とともにポンポンを持ったダンサーたちが生演奏にのせてきらびやかに踊っていた。


スタッフに指示を出されステージ上へと歩みを進める、セットとして作られた階段は急で、下る際には気をつけて降りなければならない。故に下を見なければならないのであるが、俺としては階段を確認するよりもいま横にいる観客や審査を務める著名人たちとはなるべく目を合わすまいとするために顔を下に下げていた。


やがてステージ中央へとたどり着き、前方を見上げる。上方のスポットライト、多くの観客、複数台のカメラ、準決勝の時とはまた違った荘厳でありながらも緊迫した雰囲気がその場に充満していた。


横一列に出場者は並ぶ、俺以外は皆女子 自然と目立っているせいか俺の顔をマジマジと見つめる観客は少なからずもいた。


演奏が鳴りやみ、辺りが無音に包まれると気付かぬうちに脈打っていた心臓の鼓動が脳内に響く、そんにも俺は緊張していたのか、改めて自覚する頃にはすでに司会者が俺の目の前にマイクを近づけていた。


予想外の出来事に少しびっくりするもうろたえず、がっちりとした構えで待ち構える。



「今回出場者の中では実に7年振りの男性が決勝進出ということやけども、どう思ってはる?」



どう思っている?

正直どうにも思っていない、そもそも決勝に進出するのが俺以外全員女性だったということを知ったのはついさっきなわけだし、たとえ男性が俺だけだったとしても気持ちは変わらない。


と言えるはずもなく、一応場の空気を悪くしないよう取り繕った返答をした。



「正直緊張してます、ただ男性だからといって今大会で女性に優しく容赦するつもりはありません」


「おぉっと、強気な発言ですなぁ これは期待できそうです」



何とか本心も絞り出せぬ質問の返答をしたところで司会者の興味は別の出場者にうつっていた。

その後、複数の出場者に質問をしたり 審査員からの激励を受けた後 一度解散となった。




スター降臨の決勝は出場者達が皆ひとりひとりパフォーマンスを見せ、審査員からの質疑応答等の段階を経て点数発表となる。審査員と観客による点数式の審査は審査員の持ち点が1人50点 観客の持ち点が1人3点 それらの合計をかけあわせ順位にしていく。


世界一周旅行はその中で最も点数を稼いだ第一位つまり優勝者しか得られぬ景品であるため、数多の強敵よりもさらに上にのし上がらなければならない。


そのためには控え室で練習して最高のコンディションで歌唱をしなければならないわけであるが、何故か今 その控え室には見知らぬ男性が一人、椅子に座っていた。



「…」


「…こんばんは」


「…」


「すまないね、驚かせてしまったかな」


「…誰ですか」


「なに、私はこういうもんだよ」



男性は高そうなスーツの内ポケットから名刺を一枚取りだした。



「W&P…マネージャー 宇治正うじまさ 健吾けんご…さん」


「芸能事務所の者、と言えばわかりやすいかな」


「芸能事務所…」


「そう、ほら有名どころでいえばホワイトバルーンの2人が所属してた事務所」


「あぁ、メイちゃんとキーちゃんの」


「そうそう、ただあの二人が解散して以降会社の看板タレントが居なくなってね……早い話私は君の才能に私は惚れているんだよ、準決勝の時なんかは特に良かった」


「…」


「迷いが見える」


「え?」



一瞬だけ黙りこくった。

それだけで内心 考えていることを見透かされた、正直芸能界に入るつもりは毛頭ないし、俺は世界一周旅行が獲得出来ればそれでいいはずなのに、今 芸能界という狭き門の扉がいきなり目の前に現れた瞬間にどうしようという軽い誘惑に惑わされた。



「さしずめ…君は芸能界に入るつもりはない、まぁここまで来た理由は知らないが…で、私が才能に惚れていると言った瞬間に一瞬の迷いが見えた。芸能界に入れるかも…と思ったのだろ?」


「…はい」


「はは、正直は結構…ただ、そう甘いものでもない 私は君の才能に惚れ込んだと言ったが才能だけで生きていける世界ではない」


「…」


「そうだな、君の努力を見せてくれ 今大会上位3名以上に入選したら君にこの名刺を渡そう」


「…」


「楽しみにしているよ、厳島くん」



宇治正さんはそう言いながら控え室を去っていった。不思議な人だった、今まで見てきた大人のどこにも分類されない、爪を隠した鷹のような そんな雰囲気を微かにも感じた。









「(どうしてあんなこと言っちまったんだァァァァァァ)」



控え室を出た宇治正 健吾はトイレに逃げ込み個室に入るやいなや、自身の行った行為を悔やんだ。



「(何が…上位3名に入れだ 偉そうに…W&Pは今危機的状態に陥ってるんだぞ!?ようやくホワイトバルーンの穴を埋められそうな天才を見つけたのになんであんな…畜生やっちまった)」



思わず頭をかきむしる。



「(本来なら土下座してでも入ってもらうべきなのに…どうかしてるだろ俺!そうだ、今からでも遅くない、厳島さまに土下座して何としてでも我社に入ってもらわねば!)」



彼は急いで個室を出るともう一度 厳島 裕二の控え室に向かった。

ただ彼が部屋の扉を開けた時には中の電気は消えており、そこに厳島 裕二の姿はなかった。



ちなみに厳島 裕二は他の出場者の様子を見るために舞台袖へと向かっていた。

・・・

・・



暗く、舞台から光がかすかに漏れる舞台袖では 複数のスタッフと次の出場者が出番を待っていた。

その中に紛れ込んで、俺は袖の方からステージ上を見やる。


演奏隊の楽器音が腹の奥に響き渡り、スピーカーからは歌声が漏れていた。

甚もこちらまで出場者の緊張が伝わってきて、こちらまで感化されてしまいそうだ

今からあのステージに一人で立つことが想像できない。


ただ数多の出場者を出し抜きこの決勝に来たからにはやるしかない。


俺の出番まであと15分程度、舞台袖でステージを見つめ、心の内を整えることにした。










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