僕らの立ち位置――陸

 先頭にいるのは他と大きさが段違いの雄だ。殻はさっきミズハさんが遊んでいた大熊でさえすんなり入るほど。

 殻から出る人の姿の上半身は僕たちの倍以上もある。

 恐らくそれが女王の旦那、つまり王だ。


 王は殻に魔力を満々と湛え、槍を構える。その表情は酷く余裕たっぷりで、まるでこの日を待ちわびていたかのよう。

 硝子玉の中の女王様は演技的に首に手をやり、苦しがる振りをした。

 僕たちを馬鹿にするその表情から、今まで塩で苦しがっていたのが演技だったのだと気が付いた。人ツムリたちは既に塩に慣れ始めていたのだ。

 そして水の外にだって、長い時間でなければ今みたいに出る事ができる。

 ならば声を持たない彼らが別の会話手段を持っている事は当然に思えた。

 彼らに王がいたなんて気付かなかった僕たちは動揺する。

 けれど王はまだ動かない。


「どうする、アメノ」

 ヤマトが聞く。

 僕は魔物たちの熱気を感じながら考える。

 ほしい結果は何か? 優先するべきは何か? 間違えればみんな死ぬ。


「僕たちの時代はさ、戦う相手が魔物だったから本気で魔法と魔法がぶつかる事なんてなかったんだ。虫たちを人間に戻せば数では負けないけれど、この数の人ツムリと戦ったら被害の大きさは予想もつかない。できるなら戦いは避けたい」

 僕はそう言って一呼吸おく。


「女王様を返して様子を見よう」

「返していいのか?」

 僕の言葉に、ノウミが驚いて聞く。

「こうなっては仕方がないよ。海に王が隠れていたなんて予想外だったからね。それに、僕たちは思っていた以上に人ツムリたいの事を知らないらしいから、女王様を返して退くのかを見てみようと思う。いずれ戦いは避けられないだろうけれど、今はね」


 みんなの分かったという返事を聞きながら、僕は女王様の硝子玉を地面に置く。

 すぐに硝子玉は割れ、女王様はぷかぷかと紫の煙に乗って王の左肩へ乗る。

動かない。けれど退く様子はなかった。


「神様っていつもこうなんだよね。世界ってね、いつも最後に壁を用意するんだ」

 僕はそう言いながら覚悟を決める。他の仲間たちも魔力を練り始めている。

 ニッと笑う人ツムリの王が随分と悪い顔をしていて少し安心する。ちゃんと敵でいてくれるらしい。それを見ながら僕は指示を叫ぶ。


「虫たちを人に戻して! 戦いは避けられない!」

 そこへシラユキが走って来て怒鳴るように聞く。

「人ツムリと戦うのね⁉」

「そうだよ。あれは僕らの敵だ」


 正しいかどうか分からないけれど、少なくとも今は魔物たちにとっても敵であると言えるだろう。

 きっかけは虫を食われ、人間の魂を消されたくなかった僕なのかもしれない。けれど何度考えても僕は人間の魂を守りたい。

 元々は勝手に虫になった人間が悪いのかもしれない。けれど、そうまでしてでも死にたくないのだと知っているから、やっぱり守りたい。

 それがただ生きたい者同士の、善も悪もない戦いに繋がってしまうのだ。

 僕らは全力で足掻いて、できる限りの悪い顔をして、戦いを楽しんで、そうしてせめても、彼らが拳を向けやすい敵であろうと誓う。



 僕とノウミと、ヤマトとミズハさんと、元ミミズくんと、あちこちに散らばっていた僕が戻した人間たちも集まっている。

 しっかりと見てもらわなければいけないので、まずは尾人たちに意識を返す。

 急に知らない海岸で意識を取り戻した尾人たちはざわつき始めた。そこに都合よく人ツムリの巨大な王が槍を構えて立っている。逃げようとすれば背後には魔物たち。

 すかさず僕らは、それぞれが渦巻く魔力を練り上げて紫の光を放つ。

 それがパーッと虫たちを包み、潮の香りが充満する。まるでここが海の底であるかのような感覚を得る。

 すると虫たちが強烈な閃光を放った。


 彼らは今あの声を聞いている。歌か詩か、誰の声なのか分からない声を。

 そして人間の姿を取り戻し始める彼らの後ろで、尾人たちは獣の姿を取り戻し始める。パラパラと、でも確実に尾人たちは魔物になっていく。


 依然としてぼんやりと僕らを包む紫の光の中に、人ツムリたちが龍の姿をした水に乗って飛び込んで来た。

 人ツムリにとって魔法は有限のもの。最後の手段なのかもしれない。

 だから水龍を操る王だけが魔法を使い、飛び込んで来た人ツムリたちは槍で人間たちの首筋を狙う。人間に戻ったばかりの者だけを狙い、水龍が人波を割る。


 それを大熊に乗ったミズハさんが追いかける。

 僕たちはまだ姿を取り戻したばかりの人間と、魔物になったばかりの人たちの頭に情報を流さなければいけない。

 知らずに尾人として育った魔物たちと、戦いには慣れている人間たちとでは対応の早さが違った。

 人間たちは納得するのを後回しにして応戦する。魔物になったばかりの彼らはただ怯えるばかり。


 ミズハさんが、いつも背負っている大きなくたびれた巾着鞄をガバッと広げた。そこへ水龍に乗る人ツムリたちが吸い込まれていく。

 王の後ろに控える彼らより小さな人ツムリたちは、体は小さいが凄い数だ。

「切りがねぇぞ!」

 ミズハさんが叫ぶ。

「こちらの体制が整うまで頑張ってください! あとは王だけを狙います!」


 この数だ。全てを相手になんてできない。この場が終いにさえなればいいのだから、その為には王を討つしかないと全ての仲間に伝える。

 バラバラに戦う人間たちは敵が魔物でないことに戸惑う。

 魔物たちは本能に抗い怯える。

 唐突に見た事も聞いた事もない、感じた事もない命の危機の中に放り出されたのだ。仕方がない。

 予定外とは言え申し訳ないと思う。それでも戦ってもらうしかないのだ。この戦場で本能に従って戦いに加わっているのは数えられる程度。


 その中にあの狼魔の親子がいた。

 戦場のざわめきを掻き消す声で母狼魔が遠吠えをする。それに重なる幼い遠吠えが一つ。

 そしてあの父親と思われる茶色い狼魔がその声を頼りに駆け寄る。

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