魔物の石薬――陸

 ケンくんを探しに出てしまって空っぽの病室。ケンくんは尾人の姿で何事もなかったかのように布団に潜り込む。

 僕はケンくんの分だけ魔法を解除した。

「僕が人間だって事は秘密だよ」

「分かってるよ」


 その後、帰る途中で会った狼のお婆さんと青年に「病室で眠っている」と伝えて病院を出た。

 外に出ると忘れていた眠気を思い出した。もう夕暮れだった。

 思わぬ約束をした大変な一日だった。今日はもう何があっても寝てしまおうと決めて灯屋の方へ歩く。

 ノウミは虫たちのどうしようもない愚痴を聞いてやれているだろうかと思うと、自然と笑みが零れた。僕の話も聞いてくれるだろうかと、帰り道を急ぐ。



 歩いていると海豚の群れが凄い速さで僕の横を泳ぎ過ぎる。あまり見ない光景に首を傾げていると悲鳴が聞こえた。男とも女ともつかない悲鳴だ。

 声のした辺りに人集りができている。尾人たちが遠巻きに灯屋を囲んでいる。

 屋根には牙のある口をガバッと開けた花が咲き乱れていた。花たちはまた悲鳴を上げる。


 ぐったりした気持ちで近づくと、隣の猫吉爺さんが僕を見つけた。また派手な桃色の腹巻をしている。そしてこれも毎日の事だけれど、足元は裸足だ。


「おい、アメノ! 天災だぞ!」

「そのようですね。申し訳ありません。猫吉さんの方はご無事ですか?」

「なんも問題ねぇさ。叫んどるだけだでな。強いて言えばうるさい事くらいか」

「ご無事で何よりです……」

 ため息交じりに答えると、猫吉爺さんは冗談めかして笑う。

「お前んとこの屋根は無事じゃねぇけどな。除草剤でも撒くか?」


 ガハハと笑う猫吉爺さんに悪気はない。僕は頭を下げて店内に入る。

 店の扉は根がしっかりと絡んでいる。尾人たちの手前魔法は使えないので、小刀でザクザクと斬っていく。

 花は本当に叫んでいるだけらしい。全く襲い掛かってくる気配がない。

 こういうのは聞いて欲しくて仕方がない奴である可能性が高いから厄介なのだ。


「ノウミ? 大丈夫?」

 店内の商品のほとんどは割れている。尾人には言えないが、これは魔法で直せばいいので問題はない。

 ふと気になって女王様の水槽を見ると、そこだけ爆発があったように根が燃え落ちている。水槽には傷一つ付いていなかった。中の女王様はサラダでお食事中だ。

「本当に恐ろしい女王様だね」

 女王様はプイっと背中を向ける。その殻が何だか少し大きくなっている気がした。

 最近は虫の事で疲れていて食事もノウミに任せていたから、しっかり見るのは十日ぶりだ。

 気になったので水槽へ足を向けると、同時に花の悲鳴が響いた。


 慌てて奥へ入ると、刀で根を斬りながら怒鳴るノウミがいた。ノウミは虫と喧嘩をしている。

 天災を起こしているのはノウミの鼻先にとまる鈴虫らしい。


「ノウミ! 僕は寝不足だって言ったでしょ! どうして話を聞いてやれないの!」

「あ、アメノ。おかえり」

「おかえりじゃないよ! 爆発寸前の虫と喧嘩しないでよ!」

「それについてはすまないと思っている。しかし、こいつがあまりに人生を舐め切っているからだな!」


 ギヤアァァ! と呼応するように、訴えるように花からも悲鳴が上がる。

 ヤマトはこの前の騒動で店の修繕に忙しい。ミズハさんはノウミと同じ結果が目に見えているので論外。

 そういう訳で僕は明日も睡眠不足だ。そう諦めて床に座り込み、話を聞くのだった。


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