epilogue

「よいしょ・・よいしょっと・・・。こんな感じかな。大丈夫?まだ生きてる?さすがに感覚はないだろうけど」


 意識が揺らぐ。視界がぼやけている。 


「びっくりした?こんな状態でも、以外と人間って生きれるものなんだよ」


 声が聴こえる。意識が揺らいでいて、何も思い出せない。


「ああ、安心してよ。ここの映像は差し替えてあるし、ここに来る人には内緒にしておいてねって頼んであるからさ。誰も来ないし、来ても知らんぷりしてくれるから」


 どれくらいの時間立ったのだろう。最早、脳が正常に判断できているのかも分からない。


「ええと、この辺をいじれば確か・・・、ほら、ピントが合ったでしょ?見てみる?自分の身体がどうなっちゃったのか」


 急にぼやけていた視界が高画質になった。だらりと力なく垂れたままの頭で、自分の身体を見た。

 

 何が起きているのか分からなかった。自分の身体が無かったのである。下半身が消え失せ、腹が破られ、臓物が引きずり出され、皮が剥がれ、腕が千切られ、肉が削がれていた。夥しい量の血が、ぼろ布のようになった身体から滴っている。


「ええと、ここだったかな?ここをいじれば・・・、どう?頭が回るようになったでしょ?」


 頭蓋骨の中の脳に奇妙な感触があったと思ったら、突然すべてを思い出した。

 そうだ、自分はあの男によって椅子に拘束され、のだった。

 叫んだ気がする。恐怖と痛みのあまり、糞尿を漏らした気がする。自身の身体が少しずつ切り取られ、剥ぎ取られ、毟り取られ、引き千切られた、気がする。

 その都度、気を失い、男の手によって処置を施され、無理矢理起こされた気もする。


「どう?自分の身体がクリオネみたいになった気分は?悪くないでしょ?」


 男——、警備員だった男——、13人目のサイコパス——、いや、天道万事は、柔らかく微笑みかけてきた。反応しようにも、もう声は出せないどころか、表情筋すら動かすことが出来なかった。そもそも顔の筋肉は、まだ残っているのだろうか?力なく開いた口から、唾液がダラダラと垂れていることだけが分かる。

 

「・・・君ってさ、このセラミック製のナイフみたいだよねえ」


 殺してくれ、もう何も感じたくない。殺してくれ。


「どれだけ刃物を気取ろうが、研ぎ澄まそうが、結局本物のナイフには敵わない」


 殺してくれ。殺してくれ。頼むから殺してくれ。


「君、サイコパスに成るって言ってたっけ。ふふ、可愛いね。成れると思ってたの?」


 殺せ。俺を殺せ。


「サイコパスなんて、成りたくて成れるものじゃないのにさ。そんな風に思った時点で、君にサイコパスなんて務まらないんだよ。せいぜいネットで、お手軽でくだらないサイコパス診断でもして、喜んでればよかったのに、ふふふ」


 頼むから、もう俺を殺してくれ。


「君がここに初めて来たときに、思いついたんだ。ただの凡人を唆して、深淵を覗かせ続けてみたら、どうなるんだろうってね。ほとんどの人間は、狂気に魅せられて狂ってしまう。でも君は、その狂気を逆に利用して、自分の糧にしようと目論んでた」


 もう生きていたくない。殺してくれ。


「そんな人間は初めてだったよ。だから、ちょっとからかうことにしたんだ。少しずつ唆しながら、深淵に突き落としてみようって」


 もう、息をしていたくない。殺してくれ。


「案の定、弱い心を持ってた君は、狂気に毒されてしまったね。当然の事さ。凡人だからね。僕はそれを眺めながら、時には檄を飛ばして深淵の淵をフラフラ歩かせ続けた」


 もう、存在していたくない。殺してくれ。


「最後の最後に、狂気に魅せられた哀れな人間を深淵に突き落としたら、僕は罪悪感を感じるのかなあって思ってさ。酷いかな?僕。でも、やっぱり何も感じないから、まだまだなんだろうねえ。心、ここに在らずか・・・」


 殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ。


「ああ、そうそう。しばらくは君に成りすまして、過ごすから安心してよ。君のくだらないコラムも、僕が完成させてあげよう。自分のことを自分で書くことになるのか。ちょっと恥ずかしいね。まあ、自伝を書くって思えばいいか、ふふ」


 ・・・・殺せ。


「これから、どうしようかなあ。ここでの生活にも飽きてきたし、いい加減外に出て、また羽を伸ばそうかな」


 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。


「せっかくだし、ここのみんなも連れて行こうかな。みんな、どう思うかなあ?」


 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。


「”骨”は喜ぶだろうね、また作品を作れるって。”肉”はどう思うかな?恥ずかしがり屋さんだからねえ。”血”はなんて言うかな?”臓”と”脳”と”眼”は喜ぶのが目に浮かぶよ。”舌”はどうだろうねえ、喋れないし。”腔”はそもそも出てくるかなあ?”覚”はここを出たがってたから心配ないね。”肌”は協力者のところに帰っちゃうかな。”爪”は別にどうでもいいかな。”髪”はお年頃だから、飛び上がって喜びそうだねえ」


 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ 殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!!!!!!!!!!


「さてと、それじゃあ、そろそろ行こうかな。ああ、君、多分あと3時間くらいは生きられるんじゃないかな?前にこういうことをした時は、それくらい生きてたよ」


 殺せ・・・・・頼むから早く俺を殺してくれ!!!!!


「じゃあね、僕は、心を探しに行ってくるよ。バイバイ」


 早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く、俺を殺してくれ!!!!!!!!!

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