【髪】

 12人目に紹介するサイコパスは、鈴野すずのメアリ。齢17の女である。

 17歳という年齢に驚愕した読者も多いのではないだろうか。彼女はこの施設に収容されている最年少の患者であり、唯一の未成年でもある。

 これは異例中の異例だろう。その事実はつまり、鈴野メアリは若干17歳にして、この施設に収容せざるを得ないような異常者ということを意味している。

 未成年がなぜ刑務所同然のこの施設にと、人権団体が聞いたら金切り声を上げそうなものだが、これは違法ではない。

 あくまでも、この施設は”精神病院”という肩書である。未成年が入院している。それ以上の事実はないからだ。

 鈴野メアリが犯した罪は、計3人の殺人である。事件名は、無い。

 なぜ事件名がないのか?その理由は、後述しようと思う。

 事件名はないが、鈴野メアリの存在は恐らく、世間の記憶に新しいだろう。17歳という年齢を聞いて、過去のこんな報道が頭をよぎった読者も多いのではないだろうか。

 ”10歳の少女が犯した殺人”。

 7年前、鈴野メアリは氏名こそ公表されなかったものの、殺人事件の容疑者、少女Aとして報道を賑わせていた。

 当時、世間は殺人者の10歳という年齢に驚愕した。その存在はメディアに大きく取り上げられ、物議を醸す存在となった。

 何故、たった10歳の少女が計3人の殺人を犯すことになったのか。それを説明していこう。



 発端となったのは、井口市立北新城いぐちしりつきたしんじょう小学校で起きた死亡事故だった。

 校内のプールにて、3人の児童、待野千絵まちのちえ羽生安里はにゅうあんり野間鈴美のますずみの遺体が発見されたのである。第一発見者は、ひとりの児童だった。

 3人の遺体はプールに浮かんでいた。季節は冬の事であり、水泳の授業が行われていた訳ではなかった。だというのに、澱んだ茶緑色の水に全員が服を着たまま浮かんでいたのである。そしてなぜか、ハムスターの死体が一匹、共にプカプカと浮かんでいた。

 さらに不可解なことに、全員がプールにてしていた。溺死ではなく、感電死である。

 なぜプールで感電死していたのか?その理由は、プールに電気の延長コードドラムの先端が投げ入れられていたからであった。それは、プールに設けられていたポンプ室のコンセントから伸ばされていた。

 警察は当初、3人の児童が閉鎖中のプールに忍び込み、遊んでいる内に転落し、感電死したのだろうと推測していた。なぜ延長コードの先端を持っていたのかは疑問だったが、無知な子供のやることとしては、あり得ない話ではなかった。

 だが、痛ましい事故と思われていたそれは、僅か五日で殺人事件へと変貌を遂げることとなる。

 警察は現場の状況から事故だと推測していたが、念のために他殺の可能性も考慮し、教員や児童に対し聞き込みをするなどして捜査を行っていた。

 特に年端も行かぬ児童に対しては、慎重に取り調べを行った。取り調べに当たる警官には、柔和な印象の婦警を選任するなどして対策していた。

 その取り調べの対象には、遺体の第一発見者である児童も含まれていた。

 当時、実際に取り調べに選任されていた婦警の戸部尊子とべたかこは後にこう語っている。

「遺体の第一発見者ということで、かなり身構えていました。子供に対する取り調べは何度か経験していましたが、精神が不安定になっているケースが多かったからです。子供ながらに、遺体という凄惨なものを目撃してしまったら、当然のことでしょう。なるべく精神的負荷をかけないように、心がけなくてはなりませんでした。でも——」

「彼女は違いました。今まで経験してきたどのケースにも当てはまらなかった。気にしていないどころか、まるで楽しんでいるかのようでした。人が死んだ話を聞くことを」

 この第一発見者こそが、三人を殺害した犯人でもある鈴野メアリだったのである。

 取り調べに対し、鈴野メアリは終始朗らかな表情を見せていた。慎重に言葉を選ぶ戸部尊子を嘲笑うかのように。

 これは、当時の事件資料に残されていた取り調べの内容から、いくつか抜粋した文言である。


「プールに行った時、誰か他の人はいた?例えば、知らない大人の人とか」

「○○先生ならいたかもしれないわ」

「それは本当?」

「嘘よ、例えばの話。○○先生、私たちみたいな子供の裸が好きだから、もしあの場にいたらパンツを脱いで喜んでたんじゃないかしら」


「ねえねえ、婦警さん。鈴美ちゃんたちの中身は黒コゲだったの?」

「・・どうしてそんなことを聞くの?」

「だって、感電したんでしょう?爆発して真っ黒になるのかと思ってたけど、あれは漫画ならではギャグ表現だったのね」


「あなた、鈴美ちゃんたちが死んで悲しくはないの?あまりそういう風には見えないけれど」

「ねえねえ、婦警さん。いったい誰がコンセントなんかを投げ込んだんでしょうね。千絵ちゃんかしら?安里ちゃんかしら?それとも、鈴美ちゃんかしら?ふふ」


 この取り調べから、警察はとある仮説を立てた。

 もしや、この少女が電気コードの先端をプールに投げ入れたのではないか?

 取り調べに対する飄々とした態度と、とても子供とは思えない落ち着きぶりや言葉遣い、そして何よりも、友人の死を楽しんでいるかのような物言いに、警察は不信感を抱いていた。

 だが、年端も行かぬ子どもが、いくらなんでも殺人を行うだろうか?仮にそうだとしても、イタズラの延長線上にある事故なのではないか?

 その警察の疑問は、鈴野メアリに対する二度目の取り調べによって覆された。鈴野メアリは、あっさりと犯行を自供したのである。

「そうよ、私がコンセントを投げ込んだの。あの子たちの髪を台無しにしたくて」

「ガッカリね。髪がチリチリになって爆発するかと思ったのに、あの子たち、悲鳴も上げずに死んだのよ?」


 

 警察は鈴野メアリの自供により、殺人事件として捜査態勢を立て直したが、関係者の全員が信じられないでいた。

 無垢な表情を浮かべて笑うこの少女が、本当に人を殺したというのだろうか?

 警察は逮捕後、鈴野メアリの身柄を警察署ではなく、病院の児童精神科にて勾留するという異例の措置を取り、取り調べに当たった。殺人者といえど、まだ10歳という年齢を考慮してのものだった。

 そんな大人たちを嘲笑うかのように、幼き殺人者は挑発的な態度で取り調べに応じていた。まるで、楽しかった思い出を無邪気に語るように、自供は続いた。

「私は嘘つきじゃないわ。本当に殺したのよ。延長コードから私の指紋が出るはずだわ。もしかして、水に浸かったら指紋は残らないのかしら?」

「ねえ、お願いだからあの子たちの死体を見せてくれない?一度でいいから、私が殺した人間の顔を見たいのよ」

「刑事さん、お子さんはいるの?私くらいの年齢かしら?心苦しいでしょうね。想像するだけで悲しくなっちゃうわ」

 証言通りに、延長コードからは小さな指紋が検出された。それは確かに鈴野メアリのものだった。

 捜査は滞りなく進んだが、誰しもが困惑し、同じ疑問を抱いていた。

 一体なぜ、この少女はこんなにも歪んでいるのだろう?

 同時に行われていた学校関係者への取り調べでは、鈴野メアリに関する新たな情報が続々と舞い込んできていた。

 鈴野メアリと被害者三人のクラスメートからは、こういった証言を得られた。

「メアリちゃんは、いっつも嘘ばっかりついてた。だから、あの日教室に帰ってきて、みんなの前で”私が三人を殺してやったの”って言っても、誰も話を聞かなかったの」

「みんなから”嘘つきメアリ”って呼ばれてたの。変な事ばっかり言うから、みんな好きじゃなかった。みんなに意地悪もしてたし」

 これは、被害者の待野千絵の母親から得られた証言である。

「あの日、私は家族と一緒に家で伏せっていました。千絵が死んだことが信じられなくて、動けないでいたんです。何をしても身に入らなくて、じっとしているだけでやっとでした」

「そんな時、あの子が訪ねてきたんです。何度か家に来たこともありましたから、きっとお悔やみを言いに来たんだと思って、玄関で応対しました。そしたら——」

「”ねえ、おばさん。千絵ちゃんの死体はまだ届いてないの?”って聞いてきたんです。私は訳が分からなくて、”どうして?”と聞きました」

「するとあの子は、”あの子の顔が見たいのよ。いずれは棺桶に入ってここに届くんでしょう?千絵ちゃんは解剖されちゃったかしら?そしたら傷だらけでお顔を拝めないかもしれないわね”って、笑ったんです。私は気が付いたら、金切り声を上げていました。母に介抱されて部屋に戻ると、玄関から夫の怒号が聴こえてきました。あの子を追い払ったそうでした」

 これは、鈴野メアリと被害者三人が在席していたクラスを担任していた教師の証言である。

「これを自分の口から言うのは心苦しいですが、鈴野メアリは札付きの問題児でした。それも、今までにないほどの。あんなに感性が達観した子供なんて、他に見たことがありません」

「あの子は目立ちたがり屋というわけではないのですが、虚言癖があって、周囲を常に困らせていました。思いやりが欠如していた、と言った方が正しいのかもしれません」

「何度も鈴野メアリを叱りましたが、その都度煙に巻かれるのです。それはどの教師も同じようでした。一度、職員室に呼び出して説教をしたこともありましたが・・」

「鈴野メアリは飄々とした態度で、”先生、今、生理中かしら?いくらイラついているからって、生徒にあたるなんて教師失格よ”と言い放ったんですよ」



 捜査の手は当然、鈴野メアリの母親にも及んだ。鈴野家は母子家庭であり、母親の鈴野瑛理すずのえりは女手一つで我が子を育てている身だった。

 警察が出頭要請を申し出る為に、鈴野家が身を寄せていたマンションに赴くと、中から現れたのは露出度の多い服を着た厚化粧の女だった。

 警官が面食らっていると、鈴野瑛理は突然泣きはらし出し、私は悪くないと連呼した。息は酒臭かったという。

 要請に応じ、警察署にて取り調べが行われたものの、鈴野瑛理は落ち着き払っていた鈴野メアリとは対照的に、酷く感情的な人間であり、何度も泣き叫んでは警察を困惑させた。会話にならない為、取り調べは難航したが、ようやく得られた証言には全く事件との関連性を見出すことが出来なかった。

 鈴野瑛理は終始、私のせいじゃないと連呼し、自身の保身に走るばかりだったからである。

 その後行われた家宅捜索によって、ようやく鈴野家を取り巻く環境が見え始めた。

 散らかっていた部屋の中には、数本の空の注射器が見つかり、大麻の葉が入ったビニール袋が化粧品棚に隠されていた。

 鈴野瑛理は麻薬常習者だったのである。

 洗い物が放置され、コバエが大量発生していた台所からは、焦げ跡のついたスプーンや、食器の引き出しには似つかわしくないゴムチューブなども見つかった。

 そんな物に溢れ、散らかり放題だった居住スペースの中で、唯一きれいにされていた部屋があった。たった四畳半しかない鈴野メアリの部屋である。

 埃一つ落ちていなかった部屋の中には、小さな机とカラーボックス、卓上鏡と引き出し付きの衣装ケースが備えられていたのみだった。壁に向かって備えられていた小さな木製の机には、小学校の教本がきちんと整理されて並んでいた。カラーボックスの中には、月刊の少女漫画がまばらに集められていた。

 それは一見、なんてことのない少々几帳面な女児の部屋の様だったが、カラーボックスの裏側に隠されていた自由帳には、常軌を逸した内容の落書きが描かれていた。

 ページ全てにぐちゃぐちゃに殴り書きにされていたのは、ほとんどが意味不明な文字の羅列だったが、その中には母に対する恨み言と、どうやったら母を殺せるか、といった拙い犯罪計画のようなものが混在していた。

 内容から、一部を抜粋する。


”わたしがやる。わたしがやってやる。あのしょうばいおんなを”


”くそくそくそくそ。わたしはやる。あのくそま〇こやろうを”


”かならずあのくそま〇こおんなの×××にちゅうしゃきをつっこんでやる。わたしにはとうぜんのけんりだ。やりかえすだけだから”


 鈴野家に虐待があったのか?その疑問はすぐさま解決された。

 鈴野メアリの手足、特に背中と臀部には酷い火傷の跡と痣が残されていたからである。鈴野メアリの口からも、自身が虐待被害者だという証言が得られていた。

 それによると、母親の鈴野瑛理は麻薬を乱用してハイになると、必ず鈴野メアリに暴力を振るっていたという。殴る、平手で背中や尻を叩く、注射器を腕や足に突き立てる、ゴムチューブで手足を縛るなどの虐待が、日常的に行われていたというのだ。

 そして驚くことに、鈴野瑛理は鈴野メアリに対して麻薬を摂取することを強要していたという。鈴野瑛理は自身の吸っていた大麻の煙を嗅がせたり、腕に無理矢理覚醒剤を注射していたというのだ。その際、鈴野メアリは昏倒し、意識を失ったという。

 時折、鈴野瑛理が部屋に連れ込んでいた男からも、煙草を押し付けられるなどの虐待を受けたことがあったと証言している。

 鈴野メアリは、凄まじい家庭環境の中で育っていたのである。その惨状は、10歳にして精神が歪むのも、納得するほどのものだった。

 


 虐待の過去を知り、誰もが鈴野メアリに同情の念を抱いたが、当の本人は既に正常な人間としての精神が崩壊した後であり、それは無意味に終わった。

 鈴野メアリは幼くして、良心が異常に欠如したサイコパスと成り果てていたのである。

 取り調べは続いたが、鈴野メアリは大人たちが自分の言葉に翻弄されていくのが楽しくて仕方なかったのか、虚言ばかり繰り返して捜査を妨害していた。

 警察は長引く捜査に業を煮やし、病院の医師と協力しながら、少しずつ鈴野メアリの自尊心をくすぐり、自供を引き出そうと試みた。

 取り調べに当たっていた警官や同席していた医師に、あえて困惑した表情や苛立っている雰囲気を演じさせ、鈴野メアリを必要以上にのである。

 それは後に、警察関係者から”優しい尋問”と呼ばれることとなった。

 ”優しい尋問”は成果を上げた。鈴野メアリは苛立つ大人たちを見て満足したのか、少しずつ犯行時の状況や心境、動機などを断片的に語りだした。

 警察関係者や医師の関心は、真っ先に犯行の動機に向いた。恐らく世間の誰もが知りたがっていただろう。なぜ10歳の少女が殺人に手を染めたのか、その理由は一体何なのか。

 だが、動機を知った者達は、皆一様に驚愕するばかりだった。

「だって、あの子たちは髪を三つ編みにしてもらってたじゃない」

「私・・・、一度でいいから三つ編みにしてもらいたかったの。きれいなお母さんに、朝早く起きて、髪をとかしてもらって、最後に藍色のリボンで結んでもらって・・。一度でいいからそうしてみたかった」

「三つ編みなんて一度もしてもらったことなかったわ。もっとも、あのクソ女は薬が切れると手が震えるから、どうせ無理でしょうね」 

 鈴野メアリの口から語られた犯行動機は、これだけだった。

 なんと、三つ編みの髪に嫉妬したという、たったそれだけの理由で鈴野メアリは三人の命を奪ったのである。

 確かに被害者三人は、毎日のように三つ編みの髪で登校していたという。殺害された当日も、三人はそれぞれ髪を三つ編みにしていた。

 二度目の取り調べ。初めて犯行を自供した際にも、鈴野メアリは確かにこう供述していた。

「そうよ、私がコンセントを投げ込んだの。あの子たちの髪を台無しにしたくて」

「ガッカリね。髪がチリチリになって爆発するかと思ったのに、あの子たち、悲鳴も上げずに死んだのよ?」

 最初の供述の時点で、鈴野メアリは明確に犯行の動機を自供していたのである。

 だが、誰もそれを真実とは思わなかった、いや、思えなかったのだろう。たったそれだけの理由で、10歳の少女が殺人に手を染めるとは。

 事のいきさつはこういったものだった。

 ——日頃から、先の理由で三人を妬んでいた鈴野メアリは、明確な殺意を以て計画を練り、職員室に出入りした際にずさんに管理されていた鍵束をくすねて閉鎖中のプールへ忍び込んだ。

 ポンプ室に常備されていた電気の延長コードドラムを確認した際、プールに突き落として感電させるという殺害方法を思いついた。当初は突き落として石を投げ込み、撲殺する予定だったという。

 几帳面にもその日、自宅にて延長コードを水を張った洗面器に投げ込み、リハーサルを行った。洗面器には、同じマンションに住んでいた下級生の部屋から盗んできたハムスターを放り込み、威力を検証した。激しい火花と共に、痙攣して動かなくなったハムスターを見て、鈴野メアリは確信した。これなら人間も殺せると。

 そして当日、”プールに変なのが浮いてる”という嘘で三人をプールにおびき出し、予め放り込んでおいたハムスターの死骸に注目させたところで、町野千絵、羽生安里の二名を突き落とした。

 二人が落ち、慌てて助けようとした野間鈴美と短い会話を交わした後、最後に突き落として延長コードの先端を放り投げた——。

 


 取材中、筆者は疑問に感じていたことをいくつかの質問にして、問いかけた。鈴野メアリは、快くその質問に応じた。

 面会設備越しに見たその姿は、なんとスキンヘッドの頭をしていた。髪に固執するあまりに、施設側から剃られてしまったのだろうか。

 その姿はまるで精巧に造られたマネキンの様だった。整った顔立ちだが、どこか節々に幼さが残る挙動。年齢的には高校二年生になるはずだが、その佇まいと時折見せるはにかんだ笑顔は、無邪気な幼女の様にも見えた。

「あなたはなぜ、殺人に手を染めるほど髪に執着していたのですか?」

「あの頃の私にとって、三つ編みっていう髪型は母親から供給されるべき愛の象徴だったのよ。今にして思えば、本当に馬鹿ガキだったわ。もう少し我慢できていれば、色々な知識をつけて完璧な犯罪に出来たのに。感情に流され過ぎてしまったのね」

 鈴野メアリは必ず一つの質問に対して、自身の心境の考察や反省の念(根本的にズレているが)を織り交ぜて答えた。それは外見の幼さとは対照的に、冷静さと知識に富んだ博学さを兼ね備えていた。

「今なら完全犯罪を犯せるとでも?」

「ええ、私は自分の功績を見せびらかすこと、承認欲求に飢えていた。だから、私を取り囲んだ大人たちに対して、自慢げにペラペラと自供してしまったの。今ならそんな馬鹿げたことはしないわ。完璧に感情をコントロールできる今ならね」

「被害者三人を狙ったのは、本当に髪型が三つ編みだったから、という理由なのですか?」

「ええ、あの三人は日頃から幸せそうだったしね。あんな風に母親から愛されてみたかったわ。何より、クラスの嫌われ者だった私にも、あの子たちは分け隔てなく接してきたの。優しさを与えられた子供は、やっぱり他人に対して優しさを振りまくようになるのね。それが甘ちゃんに思えて、腹立たしかったわ。だから分からせてやりたかったのよ。この世界がいかに無意味かってことを」

 テキパキと理路整然に答えるその様に、筆者は違和感を感じずにはいられなかった。幼さの残る顔には似つかわしくない物言いだった。

「感電死という殺害方法には、あなたの部屋にあった少女漫画から発想を得たのですか?」

「よく調べてるわね。それとも、世間じゃもう共通認識なのかしら。あの漫画じゃギャグシーンだったけど、絶対に真似しないでねって但し書きがあったから、試してみたかったの。この発言が記事に載ったら、作者に迷惑がかかるかもしれないわね。でも、あの漫画つまんなかったから、別にいいわ」

「やはり、三つ編みの髪を台無しにしてやりたかったという思いがあっての殺害方法だったのですか?」

「ええ、その通りよ。でも総合的には失敗だったわね。もっと髪がズタズタになるかと思ってたけど、そうはならなかった。できたら三人のおさげを切り取っておきたかったのだけど、それもできなかったし」

「切り取ってどうするつもりだったのですか?」

「あなた、そんな事を聞きたいの?本当に聞きたいことを質問したらどうなの?どうせ、私に過激な発言をさせて記事の人気を取りたいんでしょう?くだらない。せっかく外の人と久しぶりにお話しできるのに。さっきから退屈だわ」

 突然、鈴野メアリの表情が張り詰め、筆者はたじろいだ。笑顔で質問に応じていた幼顔が、突如冷酷なサディストに変貌した様だった。

「・・では、質問を変えましょう。あなたは三人の中でも、特に野間鈴美と特別仲が良かったと聞いています。なんでも、鈴という漢字が名前に入っているという共通点から、仲良くなったのだとか」

「鈴美ね。確かにあの子は三人の中でも、一番仲が良かったわ。逆に言えば、三人の中で一番甘ちゃんだったわね。私みたいなのと仲良くするなんて、生存戦略の希薄なただの馬鹿よ。結果として、私に殺されちゃったんだものね」

「あなたは供述の中で、野間鈴美だけは最後にプールへ突き落としたと証言しています。突き落とす直前に短く会話した、とも。その内容は当時の事件資料にも残されていませんでした。その会話とは、いったいどういうものだったのですか?」

 鈴野メアリの存在は、ネットのそういったサイトや物の本によって取り上げられるほど有名であり、様々な媒体で都市伝説のように語られている。実際に、当時人気だった少女漫画から殺害方法を思いついたのではないか、という推察も、鈴野メアリについて考察した匿名掲示板の書き込みによって得たものである。

 だが、情報の真偽こそ定かではないものの、様々な媒体の中にもそういった内容の記述は見つけられなかった。

 一体、どういった会話を行ったのか。それは取材当初から筆者が抱いていた純粋な疑問だった。

 鈴野メアリは、なぜかその質問をした瞬間に硬直していた。冷酷なサディストのような顔が、どこか儚げな表情に変わったように見えた。

「・・・鈴美はね、私の人生の中で唯一、友達になれたかもしれない人間だった。他の二人なんて目じゃないくらいにね。純粋さを具現化したような人間だったわ」

「それほどの友人を、なぜ?」

「言ったでしょう。友達になれたかもしれない、って。鈴美は私の友達になれなかった。二人を突き落としたら、鈴美は手を差し伸べて助けようとしていた。私は鈴美に言ったの。”鈴美は二人とは違うよね、私と友達になってくれるよね”ってね。でも、鈴美は聴こえていないみたいだった。私に、”早く二人を助けてよ”って言ったの。私はそれが気に入らなかった」

「それで、突き落としたと?」

「ええ、他の二人は薄々私の正体に勘付いてた。薄っぺらな友達のふりをしていただけ。でも、鈴美だけは違った。鈴美だけは、私を心の底から友達だと思ってくれていたわ。だから、友達になって欲しかったのは鈴美だけだった。でも、その鈴美も、結局私に振り向いてくれなかった」

 鈴野メアリは、言い切った後に顔を抑えて啜り泣き始めた。

 ここで、筆者は鈴野メアリに抱いていたサイコパスという印象を、失いかけていた。

 もしや、鈴野メアリは世間が想像しているような人物ではないのではないか?

 いや、サイコパスには違いないが、その人格の中には可憐で純粋な幼女の一面が潜んでいるのではないか。そしてそれは鈴野メアリの根本を成しているものなのでは。

 だが、その印象も、ものの数秒で払拭されることとなった。

「・・・っていうのはどうかしら?」

 啜り泣いていたはずの鈴野メアリの顔は、元の幼顔でもなく、冷酷なサディストの顔でもなく、まるで罠にかかった獲物を撫でているかのような表情に変わっていた。

「・・今の証言は嘘だったと?」

「ええ、あなた、私を取材しているんでしょう?私のことを、根掘り葉掘り、身体や心の隅々まで舐めるように観察して、それを記事にするんでしょう?私を丸裸にして、それを世間にばら撒いて、自分の承認欲求を満たしたいんでしょう?ニヤニヤしたいんでしょう?」

 饒舌に語るその顔は、今まで取材していた人間とは思えないほど悪意に満ちていた。

「ねえねえ、それで、どうだったのよ?今の私は、取材に使える?それとも、他のパターンの方がいいかしら?あと三つほど、考えてきてあるのだけれど」

「本当の私をわざわざ見せてあげるとでも思ったの?外の世界じゃ、私のことを好き勝手に想像して楽しんでいるんでしょう?想像上の私で自慰行為に励んでるような醜い連中に、好き勝手にされたくないわ」

「あなたも所詮、そういう連中の一人なんでしょう?馬鹿ね、こんなたかだか三人を殺しただけの小娘にあしらわれるなんて。私を利用して自慰に励もうだなんて、思いあがるからよ。それとも、そういうのがお好きなのかしら?キャハハ!」

 天真爛漫でありながらも悪意に満ちた笑い声に包まれながら、取材は終了した。



 取材後、筆者は思い出していた。鈴野メアリというサイコパスの最大の行動原理は、”大人をからかう事”だということを。

 なぜ、鈴野メアリの起こした事件に名称が付けられていないのか、ということを前述していたが、それは警察が敢えて付けなかったからである。

 事件当時、鈴野メアリはしきりに世間の反応を気にしていた。

 自分がどのような形でメディアに取り上げられ、どのような名で呼ばれているかなど、自身が世間に与えた波紋を、まるで愉快犯のように知りたがっていたのである。

 警察はそれを受け、10歳の少女が犯した事件という心象を利用し、事件名を付けずに捜査の幕を下ろした。つまり、一刻も早く事件による波紋の収束を図ったのである。

 警察が徹底して緘口令を敷き、外部に事件の情報を漏らさなかった甲斐もあり、メディアがこぞって報道した過激な事件を、世間は数日ほどで忘れ去った。

 警察はその結果に安堵し、鈴野メアリをこの施設に引き渡した。この施設はサイコパスの取り扱いはもちろんのこと、収容体制は刑務所同然であり、テレビや雑誌などの娯楽品を徹底して制限される為、鈴野メアリにとっては最適の監獄だったのである。もっとも、鈴野メアリは今まで取材に来た者によって、巧みに外部の情報を得ていたようであったが。

 鈴野メアリは、果たして友達という存在を欲していただけの、悲劇の少女なのだろうか?

 取材したにも関わらず、結果として鈴野メアリの真実は垣間見ることが出来なかった。

 いや、筆者は既に垣間見ていたのかもしれない。

 殺人を犯してもなお、大人をからかう事に固執していたサイコパスの異常な真実を。

 やはりサイコパスには、大仰な思想や大層な主義など似つかわしくない。その脳の中には、空虚な異常が詰まっているだけであり、理念など欠片もないのだから。

 

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