チャッピー&茜

 まさかと思うじゃない。

 いくら秘密裏に行なわれていることだからって、バイト一人一人を常に監視し続けているなんてさぁ。


「ね、ねぇチャッピー……ここって一体なんなの?」

 茜の姿はまるで村娘のよう。

 夕暮れに沈む太陽のような髪の色をした、まるでゲーム世界にいる村のNPCのようだ。

 そして私はというと、なぜか獣人族の少女になっていた。

 まぁチャッピーだし、犬耳(自分では見えない)が私っぽくて似合っているとは言われたけれど。


「どこって、ゲームの中の世界よ。

 なんでも、まだ開発途中のAIで作られた、とにかく現実にしか思えないくらいリアルな世界よ」

 それがデイズフロント-オンライン。


 ゲームとはいっても、誰でもプレイできるものではない。

 それこそ、システムだけ見れば大金を積んでもやりたい人は多いだろう。

 まさかここまで現実に近い世界が作れるなんて……


「あまりにリアルすぎるから、ゲームと現実の区別がつかなくなる懸念がされていたのよ」

 開発の裏話。

 それをバイトのチャッピーが知っていたのは、職員の男性と深い関係になりつつあったからだった。


「もしかしなくても、チャッピーがしてたバイトってこのゲームのことだよねぇ……」

「そうだよ、もう本っ当に最悪……

 ちょっと秘密を喋っただけで、なんで私たちまでゲーム世界に閉じ込められなきゃなんないのよぉ……」


 閉じ込められると聞いて、茜は驚いてしまう。

 無理やり連れてこられた部屋で、ただ最新型のゲーム機を装着させられただけなのだ。

 ゲームをやめればすぐに現実世界に帰れるのではないのか?

 チャッピーから話を聞いても、まだ心のどこかでそんなことを思ってしまう茜であった。


「……仕方ないわ。

 このまま殺されてゲームオーバーも嫌だし、まずはレベルを上げましょ……」

 ここはどのサーバーだろうか?

 数多くある世界の中で、ハズレを引いてしまうのだけは避けたいところだ。


 平原を歩くと、アーリビルケドゥの姿が見える。

 モンスター名の案をいくつも出させられた時に、私が適当に書いた名前だ。

 確か攻撃力は高いが、その他は平均以下。

 獣人族ならば先制攻撃で一撃で倒せるはずだ。

 この距離なら、自動的に茜とのパーティーも組めているだろう。


「やあっ!」

 武器は爪……食事をする時には少々邪魔な気もするけれど、もう一つの武器では攻撃する気になれない。

 絶対に美味しくなさそうなんだもの……


「それにしてもモンスターが少ないわねぇ」

 一つの世界に出現するモンスターの量はだいたい決まっている。

 最初の地点に少なければ、他の地点に多くいる可能性が高い。

 そして、その方がより驚異度は高く、いわゆるハズレの世界となってしまうのだ。


「だ……大丈夫よね?

 そうだっ、少し落ち着けるような街とか無いのかしら?」

「茜ぇ……悪いんだけど、街に着いても休めないかもしれないわよ……」

 チャッピーが案内役を務め見てきた世界では、普通に街にもモンスターは現れていた。

 よほどの外壁ができていないか、周囲にモンスターの影がない限りは、街中が安全とは限らないのだ。


「裏技……もあるけれど、気持ちの良いものじゃないのよね……」

 システムのバグ……というか、見逃しを利用した方法。

 パーティーのアイテムを貰って強制的にレアスキル【空間収納】を手に入れるのだ。


 実は、通常レアスキルの入手は、ゲームをかなり進めないと不可能なのだ。

 なぜなら、いつまでも一定のスキル経験値しか得られないのでは、爽快感に欠けてしまうからだ。


「レアスキルを一つでも取ると、隠しステータスが上昇して他のスキルを習得しやすくなるのよ。

 元々、最後の人生を目一杯楽しんでもらうために作られているからね……」


 そう、このゲームデイズフロント-オンラインは、余命幾ばくかの老人に向けて制作されていたものなのだ。

 フルダイブ型のゲーム機は脳への負担が大きいというのも理由の一つだったが、やはり現実世界との区別がつかなくなるのが主な理由だった。


 そこで、死を待つばかりの者に対して、再び幸せを感じてもらおうと発案、そして制作が進んでいた。


「うさぎは素早いから、一定以上の素早さがないと捕まえられないわよ。

 倒しちゃってもいいけど、素材としての価値は無いし、経験値も1だからね」

「へぇー……でも私、ステータスのことよくわかんないんだけど……」

「村娘はどうだったかなぁ……

 たしか、防御力がすごく高かったと思うのら……よ」


 チャッピーがこのゲームをプレイするのはズルイかもしれない。

 色々なプレイヤーを見てきたのだし、ほとんどのシステムは職員の男性に教えてもらっていた。

 今頃モニターの前で先輩と楽しく喋っているか……いや、最近は寝れてないみたいだから、きっとあの部屋で横になっているんだろうなぁ。


 現実世界を思い出すチャッピーには、うっすらと涙が浮かんでいるのだった。

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