第18話

「へぇ……ここがその貴族の屋敷なんだぁ……」

 夜遅く、僕は件(くだん)の貴族の息子がいる屋敷の前にいた。


「おいおい……マジでやるのかよ?」

 ついて来てほしいとは頼んでいない。

 だが、僕の話を聞いたアランは『許せねぇ』なんて言って来てしまったのだ。


 まだ確実にここの坊ちゃんが主犯だと決まったわけではない。

 だからなるべく慎重にいきたいところなのだが……

「許せませんね。

 さっそく侵入して証拠を押さえてやりましょう!」


 入院してまだ二日目のはずなのだが、なぜかボジョレが復活していた。

 それ自体は非常に喜ばしいことではあるが、なんだか不安ばかりが募ってしまうのだ。


「しっかりとテーピングしていますから、多少動いても痛くないですぞ」

 だから、そういうところも怖いんだよ。

 戦いの最中に傷が疼いて、『隙ありっ!』みたいな……


「脇がガラ空きだ!」

「ぐぁぁぁああっ!!」

 ……それみたことか。

 侵入した途端に、相手の強い傭兵と出会って斬られてしまったボジョレ。

 すぐに僕が助けに入って、ボジョレの元に向かう。


「はぁっ……はぁっ……

 俺のことは構うな……先へ行け……」

 そんな神妙な台詞を言われても、何故だか気分は上がらない。

 今回は僕の調合したポーションがあるわけで、体力の回復なら任せてくれていいのだ。


 キュポッ…たぱたぱ……

 小瓶に入った液体を、ボジョレの傷口に垂らしていく。

 僕のボジョレに向けた視線は冷ややかなものだ。

 どうにもわざと怪我を負っているような気がしてならない節があるのだ。

 まともに付き合う必要もないのかもしれないのかもしれないが、放っておいても危険なので仕方ない……


「どう? もう動けるでしょ?」

「す、素晴らしい回復効果ですぞ!」

 どうでもいいのだが、出会ったときはそんなキャラだったか?

 オークキング……じゃなくてオーク2に痛めつけられて、新しい世界が見えてしまったのだろうか?


 倉庫の素材を触り続けたことで習得した【アイテム生成】のスキル。

 昨晩は、薬草を大量に買い込んでひたすら調合を繰り返したのだ。

 おかげでおかげで調合レベルは3になった。

 レベル上げの為だけに作られた効果の無いポーションは、栄養ドリンクの代わりに冒険者が飲んでくれるらしい。

 僕の空間収納には、傷を少し(内臓に達しているであろう刺し傷が、みるみると塞がっていく程度には)癒してくれる、現実では考えられないポーションがたっぷり。


「さすがスノウというかなんというか……」

 アランに教えてもらったところ、普通は在庫整理をしたところでスキルは得られないらしい。

 せいぜい【収納上手1】とか【目利き1】を得られるくらいだそうだが、そんなものは前回の倉庫整理の際に真っ先に習得してしまった。


【収納上手2:空間収納力がやや増える】

【目利き2:良いものを見分けられる気がする】

 どれだけ効果があるスキルかはわからないし、収納上手なんて空間収納を持たない人には意味のないスキルじゃないか。


 そんなことはともかく、入り口で『オークの皮について聞きたいんだけど……』と声をかけただけで戦闘とは……

 もう『俺たちが主犯だ』と言っているようなものではないか……


 暴力に訴えてきたのは相手側、とはいえ貴族の息子相手に喧嘩をふっかけるのは恐ろしい……

 峰打ちで倒してしまった傭兵にもポーションを振りかけて、僕は良いことを教えてあげるのだ。


「実は数日後、荷馬車に大量のオークの皮を積んだ行商人がやってくるんですよ。

 市場価格が下がらない内にブータ様に、知らせねばと思ったのです」

 ブータ、いや豚息子に伝えてもらうことにする。


 ひと山越えたところから、内密にギルドへ運び込まれることはアイズから聞いていた。

 だから、それもまとめて豚息子に買い取ってもらおうという魂胆だ。


 それじゃあ良い思いをさせるだけじゃないか?

 うん、きっとそうだろう。

「魔法の研究っていうから、何に使うのか疑問だったけど……」

 オークは魔法に対する耐性が全くなく、属性や状態異常を平均的に受けるモンスターらしい。

 その皮を用いれば、生成したアイテムの効果もわかりやすく、一つの目安となっているらしいのだ。


「あれは何にでも使えるからな。

 特に使う量の多い、革防具がメインだが」

「結局のところ、防具にも使えるから需要が多いだけじゃん。

 だったら研究以外の用途では使わなければ良いんだよ」


 とはいえ、生産職の人には代わりの素材が必要だ。

 僕は倉庫で見つけたモンスターのマユをまとめて買い取らせてもらっていた。

 なかなか売れることがないこの素材が、何のために保管されているのかは知らなかったが、既に実験は終わっている。

 モンスターのマユからは、スキルを使うことで上質なシルクが手に入ったのだ。


『むぅ……確かに加工はそれほど難しくないようですが……』

 廃墟まで連れて行ってくれた御者のおっちゃんは、そのシルクで一着の服を作ってくれた。

 ゲーム世界とは恐ろしいもので、それが革の鎧よりも高い防御力を持っているのだよ。


 まぁ僕は着ないけど……ん?

「どうです、坊ちゃんのために拵えてみたんでさぁ!」

 薄い生地を、おっちゃんの思うままに加工した、ヒラヒラのワンピースが掲げられる。

「い、いや……僕男なんだけど……」

「そう言わずに着てくだせぇ、私の力作なんですからっ!」


 もう、このおっちゃんは御婦人用の服を作る商売に乗り換えてもいいんじゃないかと思う。

 無理やり着させられた服は、防御力が高く火にも強いらしい。

 見た目以外にはなんの問題も無いくらいなのだった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る