第6話

「やぁアイズちゃん。

 また来てくれたのかい」

 うさぎ料理専門店、『兎音(とね)』。

 多くの美食家が訪れ、噂ではミシュランの三ツ星を獲得しているとかいないとか。

 もはや時代設定はわからないのだが、とにかく旨い店というのを表に出そうとした結果生まれた設定なのだろう。


「おばちゃん、この子はスノウっていうの。

 今日から冒険者ギルドに仲間入りした新人さん」

 嬉しそうに僕のことを紹介するアイズ。

 きっとまだお手伝い程度にしか仕事はできないけれど、そんな紹介のされ方をすると嬉しく思えてくる。


「そうかいそうかい、そりゃあ良かったじゃないか」

 おばさんは『待っていたよ』と言わんばかりに、注文せずとも次々に料理を運んでくる。

 単純に焼いたもの、コトコトと煮込んだもの。

「うん、美味しいよっ」

 思った以上にしっかりと味付けがされている。

 なんとなく『こんな世界だから』味付けは薄く、塩も使っていないのじゃないかと。

 そんな風に思っていたのだが、それは間違いのようだ。


「聞いてよこの料理、シンプルだけどこの野性味あふれる味がたまらないんだよ」

 料理を口に運ぶアイズから言われて気付いてしまった。

 どこか今ひとつと思った味の問題だ。

 そりゃあ口では料理を褒めるさ。せっかく連れてきてくれたのだし。


 美味しいのに褒めることのない料理なんて、母親の作った家庭料理くらいなもんだ。

 そういえば、いちいち調理方法や味付けに文句を言ってしまい、多分うざがられていたんだろうな……


 そして今もまた気になったことを口にしてしまいそうになっていた僕だった……

「ねぇ、この美味しいっていった野性味……苦手な人も結構いるんじゃないの?」

 この子供は突然何を言い出すのかと思っただろうな。

 ほらみろ、アイズの口も開いてポカーンと僕を眺めている。


……


「そ、そうなのよ。

 よくわかったわね、実は結構多いのよ」

 アイズが説明してくれるには、もともとうさぎは庶民の食べ物だったらしい。

 まぁそんなことを言うアイズも、それほど上級国民ってわけではないのだけど。

 今のこのお店が流行っているのは、臭みの少ないしっかり血抜きをしたうさぎ肉を使っているから。

 そうでなければ、野性味が強すぎてとても美味しいとは言えないらしい。


「じ、実は私も見栄をはっていたけれど、これでもまだ野性味が強くて得手じゃないのよ……」

 よく冒険者と共に食べにくるものだから、これが当たり前、これが食べれてナンボという風に思っていたらしい。


「うさぎ肉の煮込みだったら、白ワインが良いと思うよ……

 焼くんだったら、チーズのソースが相性抜群だって聞いたことがある……」

 言ってしまった。

 これできっと僕は変な少年という肩書を得てしまうんだ。

 でも、こんなにも美味しいうさぎ料理を、あと一歩というところで臭みが邪魔をしてしまうのだ。

 それさえなければ、もっと美味しいうさぎ料理になるはずなのに……


「へぇ~小さいのに、料理詳しいんだぁ。

 お父さんが料理人だったとか?

 あ、両親のことわからないんだっけ? ごめんね」

 僕の言葉を嫌がらずに聞いてくれるアイズ。

 すぐに厨房にいるおばちゃんにそれを伝えにいっていた。

 こんな子供の言葉を信じてくれたのか?

 いや、きっとおばちゃんも適当に流して聞くだけに違いない。

 料理といったって、この兎音はお店なのだから……


 少しだけ静かになってしまった食事を終えようとしたころに、おばちゃんが追加の一皿を持ってきた。

「煮込みはさすがに無理だったよ。

 また白ワインを用意して、試してみるからね」

 そう言って運んできたのは、僕の言ったチーズのソースがかかったうさぎのソテー。

 少し癖の強いチーズの風味が、うさぎの野性味を消して相性抜群なのだ。

 現実でも食べたことはないけれど……


 まぁテレビ番組で知った知識も、こういうシーンで役立つこともあるのだろう……

 そう思いながら料理を一口……

「お、美味しいよこれっ!」

 僕がアドバイスした以上、責任をもって食べるべきだし、ちゃんと美味しいと言うつもりではあった。

 だけどその想像をはるかに凌駕した一皿が今、僕の目の前に置いてあるのだ。


「ほんとっ! おばちゃん、これ絶対に人気になるよっ。

 毎日……ううん、私だったら毎食これでも食べたいかも!」

 アイズもとても美味しそうに食べている。

 本当にアドバイスしてよかったと思ってしまう。

「そんなぁ、私は言われた通り作っただけじゃないの」

「違うよおばさん!

 いつもうさぎ肉に真剣に向き合って、より美味しくしようっていうおばさんの熱意が料理の味に出ているんだよ!」

 つい熱く語ってしまった。

 何が熱意の味だ、恥ずかしい……


 だけど、おばさんは僕の言葉を喜んでくれた。

「そうかいそうかい。

 スノウとかいったね、またいつでも食べにおいでよ。

 今度は白ワイン煮込みもちゃんと用意しておくからね」

 そう言って笑顔で厨房へと戻っていったのだ。


 美味しいという言葉は料理を作ったものを笑顔にしてくれる。

 僕だって家ではたまに作っていたこともあったし、そんなことはよくわかっていたじゃないか……

 本当に、最後に母親に美味しいと言ったのはいつだっただろうか……


 ログアウトしたら、ちゃんと言ってあげよう……

『今日も美味しいよ』……と。

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