Sanctus 3

 そして、オリガはそのまま、自らの意志を貫き通すことが出来たのだ。

 条件付けの呪いを超えて。

 守られる者の意志すらも、超えて。

 オリガと最後に戦った訓練場の隅っこで、セリナはぼおっと座り込んでいた。空中では二つの対竜装フォースがお互いにぶつかり合っている。

 エレナの報告を受けて、ホウリュウ大佐は詰所ステーション上空での迎撃を決断した。無論、守衛たちの後方支援を円滑に行うためではなく、傷ついた「V」をすぐに退避させ、回復させて再度戦線に復帰させられる作戦を想定しているのだ。総力戦で挑むという考えは、滅ぼされた他の詰所ステーションでは見られなかっただけに、部隊長たちの顔は複雑だった。

 その合同部隊を指揮するのは、当然ながら第一部隊長のサエグサ・ハルカ曹長である。今はセリナの頭上で部下——新人の訓練につきあっている。

 「神風カミカゼのハルカ」の異名を持つハルカは、訓練ではその片鱗を見せることはない。もともと適合率が低いため、生まれながらの「V」には身体能力で大きく劣るからだ。それでもなお、ハルカが第一部隊長でありつづけられるのは、戦時下における敏捷な判断力と指揮統制力、および無駄を極力排した戦術にある。

 であるからこそ、新たに第一部隊に配属された、ハギワラ・ミツキ一等兵はその強さに気づくことはなかった。まさかりを手に力で押し込んでいけば勝てていた今までの訓練と、何ら変わりない戦術でハルカを追いつめようとしていたのだ。

 ハルカは長剣で器用に彼女のまさかりをいなすと、一気に間合いを詰めミツキを蹴り落とした。地面に叩きつけられる瞬間にミツキは態勢を立て直したが、時すでに遅く、ハルカの剣の切っ先が、ミツキの額に突きつけられていた。

「何故……」

 紫色の瞳が、小刻みに震えた。

「新人とは思えないくらい、強かったね。けれど……あなたには、経験が足りない」

 剣をしまい、地面に降り立ったハルカは淡々とそう言った。

「戦場では、周りを見て、生き残ることが全てだから、才能に頼るのは危険です」

「……はい」

 自分よりふたまわりも小さな身体の兵士にそう言われるのが少し納得いってなさそうに、セリナには見えた。ミツキの過剰とも言えるその自信は、どこかエレナと似たものを感じていて、そこがあまり好きにはなれなかった。けれど、彼女はオリガ以上に、セリナに近づいてくる。だから、ハルカを間に立てるしかなかった。その結果がこれだ。

「わたしから言えるのは、ただひとつ。生き続けてください。それだけです。誰かを残して逝くことは、最大の罪と心得ること」

「はい」

 ハルカの言葉を、うまく受け止められないでいるのは、セリナも同じだった。

 自分が同じことを言ったところで、ハルカは聞いてくれやしないのだ。「神風カミカゼのハルカ」は、いつだって殺したがりで、死にたがりで、そして臆病で頑固でろくでなしなのだ。

「セリナさま!」

 駆け寄ってくるミツキに、セリナは無表情を返した。

 彼女がどうしてセリナを慕っているのか、実のところよくわかっていない。思い当たるようなことは何もしていないと、思う。ミツキに訊いても、命の恩人だったということしか教えてくれない。けれど、自分が紫色の瞳をした少女を救った記憶は、セリナにはなかった。

「気は済んだ?」

「……ええ、まあ」

 ミツキは視線をするりと逸らした。エレナといい、オリガといい、ミツキといい、「V」として生まれた彼女たちはどうしてこうも、自分に生まれる感情に正直でいられるのかセリナにはわからなかった。けれど、それを羨ましいとも、扱いやすいとも思えなかった。ただ、オリガのように率直に言葉にするのは美しいとだけ思った。だから目の前の、素直なのかそうでないのか、いまひとつ判然としない少女に、セリナは副長としても複雑な思いを抱いていた。

「じゃあ、今日も遅いし、休もうか」

「はい」

 ミツキは明るく返事をした。

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