アステリオスの暗殺者

天瀬智

プロローグ 闇

 プ―――――――――。


 耳が痛いほどに鳴り続ける車のクラクションの音。

 助手席から見えるのは、ハンドルに顔を埋める父の顔。

 ドアの方を向いていて、父がどうなっているのは分からない。

 どうにかしたいのに、体どころか指の一本も動かせなくて、私はただ目の前の光景を見ていることしかできなかった。


 プ―――——――――……。


「……う」

 父が動いた。

 それでも、事故で全身を激しく打ち付けた体のせいで、クラクションから頭を離すことしかできないでいた。

 クラクションの音が消えたはずなのに、耳にその余韻が残り続け、頭の中で音が鳴り続けている。

「……ぁ」

 口を開くも、喉にも顎にも力が入らなくて、声を出すことができない。


 ざっ――。


 車の外から、音がした。

 それと同時に、ひび割れたフロントガラスの向こうに人影が見える。

 真夜中の闇とヘッドライトの光で、人影の顔は見えない。

 その人影は、ひどくゆっくりとした――慎重とも呼べるほどの足取りで、車の前方から運転席のドアへと歩いて行った。

 助けてと言いたいのに、その動きに私は不安を覚えた。

 相手に、助ける意思を感じられなかったからだ。


 パリン!


 人影が腕を振り上げると、運転席側のガラス窓が砕け散った。

 父の頭が動く。

「や……め……」

 なくなったガラス窓から、人影が手を差し伸ばす。

 だが、それは救助の手ではない。

 人影が差し出した手には、何かが握られていた。

 黒くて、硬そうで、それが父のこめかみに突きつけられる。

 その瞬間、私は理解した。

 それが何であるかを……。

「……ぁ」

 やめて――そのひと言を出したいのに出せなくて、そして無情にも、それは鳴り響いた。


 ――パァァァン!


 そして私の意識は途切れた。

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