4-1 皆月の知らないレッド

 偽アイスマン事件の後、四人は話をしていた。


「久しぶりだな、グリーン」

「久しぶりー! 会いたかったよー! だってさ、イエローのやつが連絡を待て、勝手なことをするなとか言うからさ。仕方なく毎日観光だよ! ……あ、それって首輪? 犬の証明でしょ!? アハハハハッ、レッドが犬とか面白ーい! ねぇ、写真撮っていい? ハイ、チーズ!」


 許可もとらず、アイスマンことグリーンは、レッドと一緒に写真を撮る。レッドは嫌そうな顔をしていたが、珍しいことに振り払うようなことはなかった。

 いまだ事態の全てが分かっていない皆月が、眉間に深く皺を寄せながら聞く。


「それで、説明をしてほしいんですけど」

「あ? まだ分かってなかったのか。あれはアイスマンを騙った雑魚で、こいつが本物のアイスマンだ。で、こいつはあそこで……なにしてたんだ?」

「暇つぶし!」

「だとよ」

「はぁ……」


 彼女はアイスマンを騙った相手を追っていたのかもしれないと皆月は考える。だから、偶然居合わせたという事実を受け入れてしまった。そんなはずがないのに。

 となれば、もう一つの疑問が気になり、それを問うことにした。


「あの……間違っていたらあれなんですけど、女の子、ですよね?」

「こんなに可愛い男の子がいると思う?」

「います」


 ネットの普及している時代だ。そういう男性もいると、皆月は断言する。

 グリーンはケラケラと笑いながらパーカーの前を開き、シャツをベロンと捲った。


「ほら、これならどう? 皆月より胸も大きいし、これで女だと分かってもらえたかな? それでもダメなら、こっちも脱ぐけど?」

「……な、なにをしてるんですか!? 早くしまってください!」


 皆月は慌ててグリーンに服を戻させる。そして男性陣へ見るなと睨みつけたのだが、二人はまるで気にした様子を見せていなかった。

 グリーンは美少女だ。普通の男なら自然と目が向いてしまうのが当然だろう。

 しかし、二人は気にしていない。それが皆月には理解できず、困惑しながら言った。


「あの、少しは動揺しましょう……?」

「は? お前、目の前に裸のマーダーがいたら目を背けるのか?」

「あぁ、なるほど。全部戦闘基準なんですね……。上杉さんは?」

「好みじゃありません」


 バッサリと切り捨てる二人。笑うグリーン。この中で真っ当な考えを持ち、少しだけドギマギしていたのは皆月だけだった。

 さて、とレッドが本題を切り出す。


「夜の国とやるぞ」

「また? オッケー!」

「もう少しちゃんと説明とか……あ、いいんですね。そうですか」


 すでにこういう人たちだという理解が深まってきたからか、皆月は諦めの表情を見せた。

 しかし、レッドたちはギラギラと目を光らせる。これからの戦いを想像し、マーダーとしての血を滾らせていた。



 ――翌朝。ベッドで大の字に寝ていたグリーンは、隣で小さくなっている主の顔をバシーンと叩く。その衝撃で、鼻を抑えながら皆月は目を覚ました。


「……分かるんですよ? 分かるんですけど、どうしてわたしの部屋に泊めるんですか?」


 納得いかない様子で起き上がった皆月は、グリーンを起こさないように気を付けて部屋を出て朝食の準備を始めた。

 もちろん二人分を用意している。なんだかんだで、彼女はお人好しなのだ。


 鼻をつく匂いに気付き、グリーンが目を覚ます。

 犬のように鼻をヒクヒクとさせながら、匂いの元へ辿り着こうと歩き始めた。


「あ、おはようございます」

「ごはーん!」


 挨拶もせずに椅子へ座り、片膝を立てた状態でトーストと目玉焼きを頬張り出す。

 その姿に、皆月はバンッと机を叩いた。彼女が年下なこともあるが、日本人として、挨拶や食事のマナーには皆月もうるさい。

 思わぬ剣幕に、グリーンが唖然とする。


「おはようございます!」

「お、おはよう……」

「食事中に片膝を立てない!」

「……うるさいなぁ」


 仲間以外に我慢を強いられることへグリーンは耐えられない。

 そして、その仲間たちも基本的には我慢というものを強いることが無かった。


 だから、少し立場を分からせてやるかと考え、能力を使用する。

 グリーンの能力は酸素中の水分を凍らせて氷を生み出すもの。ただ、視界内では無く、座標の指定さえしっかりとできていれば、どこにでも出現させられる。無論、距離が遠ければ遠いほど難度は上がる。

 だが、この室内程度であれば息を吸うのと変わらぬ扱いで、能力の行使ができた。


 皆月の頭の上へ目も向けずに能力を発動させ、小さな氷の塊を落とす。

 上部からの冷気に気付いていた皆月は、グリーンを睨んだまま氷を掴み、そのまま前へと投げた。


 グリーンの顔を掠めた氷が、壁に当たって砕ける。

 気づかれると思っていなかったグリーンはあんぐりと口を開いたまま固まり、皆月は淡々と言った。


「いいですか? この家にいる以上は、わたしのルールに従ってもらいます。それができないなら出て行ってください」


 この言葉にグリーンは……腹を抱えて笑った。


「アッハハハハハハハハハハハハッ! オッケーオッケー! なんだ、皆月面白いじゃん! できる限り言う通りにするよ。それでいい? じゃあ、いただきまーす」

「え、はい。いただきます」


 思っていた以上に聞き分けが良く、驚きながら皆月も朝食を食べ始めた。

 グリーンは、面白くない相手が嫌いだ。殺しても良いと思っている。

 だが、今回は殺さぬよう言われているため、皆月がつまらないやつでも殺すわけにはいかない。そこへストレスを感じていたのだが……その考えは引っ繰り返った。

 レッドを倒したというだけあり、こいつは面白いところのあるやつだ、と。


 楽しくなりそうだなぁと思うグリーンと逆に、皆月は本当に大丈夫かなぁと不安になっていた。



 朝食を終え、そういえばとグリーンに聞く。


「どうしてアイス”マン”なの?」

「あー……。そりゃ、男だと思われてるほうが、相手が油断するだろ。男だと思っていたのに女だった。それに驚いて死ぬやつの顔を見るのは楽しいだろうが」


 レッドの真似をしているのか、指で目を少しだけ釣り上げさせながらグリーンが言う。確かに、レッドが言いそうなことである。

 皆月も納得していたのだが、グリーンはふと寂しそうに笑った。


「……でも、たぶんそれだけじゃないんだよ。あの二人は、ボクが普通の生活に戻れる道を残したいと思っているんだ」

「え? レッドさんにそんな気遣いはできませんよ?」

「アハハッ、皆月は分かってないなぁ。レッドはあぁ見えて家族には優しいんだよ」


 グリーンはなんの疑いも無いという目で語る。

 しかし、皆月には分からない。彼女の知っているレッドとはかけ離れた話だった。



 ――翌日の夜。四人は繁華街の近くに集合していた。

 最近、この辺りには妙なマーダーが出現しているらしい。上杉の話を聞くに、悪人を倒し、殺さずに立ち去っている異能力者がいるようだ。

 異能の痕跡が残っている以上、それはマーダーだろう。しかし、それは皆月の目指す理想に近く、興奮気味に言った。


「たぶん良い人ですよ! もしかしたら、わたしと同じような感じですかね!?」

「無い無い。皆月ちゃんは分かってないなぁ」


 朝食の一件以来、グリーンは皆月のことを”ちゃん”付けしている。年下に舐められているのかと思ったが、どうやら少しばかり心を許してくれただけなようだ。

 しかし、分かっていないとはどういうことなのか? 皆月が首を傾げる。


「だって、相手はマーダーだよ? 人殺しが良いことをしても、結局は人殺しさ」

「でも、改心したのかもしれないよ?」

「アハハハハハッ……アハッ? あぁ、そういうことかな?」


 グリーンは、何かに気付いた様子でレッドを見る。彼は、とても嫌そうな顔をしていた。


「……まぁ、見つければ分かるだろ」

「ですね」


 皆月にだけ、レッドの渋い顔の理由は分からぬままだった。

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