第6話 メイド少女と異形の神編

「……大混雑ってレベルじゃねぇぞ、これ」


 再び幽霊トンネルを抜けて、山の反対側にある霊園まで送ってもらい、車を降りた矢先の感想がそれだった。

 見渡す限りを埋め尽くす半透明の人、人、人。


 県内でも一番大きなこの霊園は、一つの山の片側が丸ごと墓地になっていて、近くに心霊スポットのトンネルもあることから夏場はパリピ大学生の肝試しスポットになっていたりするのだが……いくらなんでも多すぎる。


 コンクリートで舗装された段々状の霊園はどこを見ても幽霊だらけで足の踏み場もない。

 山頂付近には幽霊を食らって現在進行形で成長中の化け物(体中に人の顔が浮き出た巨大ナメクジ)の姿もあり、平日の昼間だというのに、たちの悪い悪夢のような光景が広がっていた。


 見える範囲だけで何万人の霊がいるのか。コミケ会場じゃねぇんだぞ。

 この数を除霊するとなると、成程、五万円でも安いような気がしてきた。


「これはまた大盛況じゃないか。お盆はまだ先なんだがなぁ……」


 和尚の言葉にタッツンがなにかを思い出すようにしみじみと頷く。

 まさか、お盆は毎年こんな感じなのだろうか。流石にここまで数が多いとホラーというより、もはやギャグの領域だ。


「辰巳。修業だと思ってお前も手伝ってやりなさい」

「わかった」

「って、和尚は手伝ってくれないんすか?」

「ワシが手伝ったらお前たちの修業にならんだろう? ピンチになったら助けてやるから、まずは思うままにやってみなさい。ただし、気は抜くなよ? 霊力は扱いを間違えると危険だからな」

「うっす」


 この道ウン十年のベテラン退魔士でもあるらしい和尚がそばで控えていてくれるなら心強い。全力を尽くそう。五万円のために!


 改めて幽霊の群れに目を向ける。

 老若男女、年齢は様々。定番の白装束もいれば、普通の服装の者や、中には全裸の者までいる。

 テレビで放送できない部分は透けていて見えないのがせめてもの幸いか。


 すでに一番近くにいる幽霊たちは俺たちがのではと疑いはじめており、生前はヤンキーだったのかと思うほど力の籠った視線を飛ばしてきている。


『見えてる?』『あぁん? なに見てんだコラ!』

『そんなことより早く成仏したい』『異世界転生マダー?』

『もう地獄は嫌だ』『ヒャッハー! 久しぶりの娑婆しゃばだぜェ!』

『なにガンたれとんのじゃワレ餓鬼ィ!』『見せもんとちゃうぞゴラァ!』


 ……心なしかガラの悪い幽霊が多いのは気のせいだろうか。

 だが、そんなスケスケの身体で凄まれても全然怖くないし、むしろ三原先生の守護霊の方が百万倍怖い。

 とはいえ、逃がして昨夜の悪霊みたくなられても困るので、ここでキッチリ全員除霊しなければ。


 ここに来る途中に和尚から聞いた話だが、幽霊は現世に留まり続けると、生者の負の感情にあてられて悪霊になってしまうのだとか。

 悪霊化すると、周囲の霊を食らいながらどんどん成長して人の形から外れてゆき、やがては祟り神へと変じて、なりふり構わず周囲に呪いを撒き散らすようになるらしい。


 だから現世を彷徨う幽霊を見かけたら、そうなる前に輪廻の輪に還してやる必要がある。

 除霊とは幽霊たちにとっても救いなのだ。


 と、いうわけで、まずはメンチビームでご挨拶。


 俺とタッツンの眼光がほとばしり、視線の先を縦横無尽に薙ぎ払う。

 密度の高い霊力を浴びた幽霊たちは陽炎のように霧散して、目の前の一角が開けた。

 すると、少しでも広い場所を求めて幽霊たちが雪崩れ込んできて、そのまま灯りに群がる羽虫の如く俺たちのほうに群がってくる。


「ノウマクサンマンダバザラダンセンダマカロシャダソワタヤウンタラタカンマン!」


 隣でタッツンが印を組み、一息で真言を唱えると、梵字の火花が舞い散り、山吹色の結界がその巨体を包み込む。

 トンネルを抜けるときに和尚が使っていたやつだ。


『『『『『ヒャッハー! 成仏ッ!』』』』』


 タッツンが数歩前に出ると、幽霊たちが目を血走らせながら山吹色の結界へと飛び込んでいく。

 すると、結界に触れた幽霊たちが真夏の路面に撒いた水のように蒸発して次々と消えていくではないか。


 成程。攻勢結界ってやつか。防御と攻撃を同時にこなせるのは、こういう状況なら便利かもしれない。

 俺も真似してみよう。


「のうまくさんまんだばさらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん! ……あれ?」


 同じ印を組み、真言を唱えたが、なにも起きない。


「はっはっは。修業が足りんよ。神仏に帰依して心の底から唱えねば守護など授かれんわい」


 その様子を後ろから見ていた和尚が笑う。

 どうやらあれはお寺の子専用技らしい。

 それなら俺は俺で自力で似たような技を開発してしまえばいい。

 見よう見まねで目からビームも出せたのだから、できないことはないはずだ。


 周囲の幽霊はタッツンが引き付けてくれているので、今は無視する。

 意識を集中させて、まずは漫画を参考にイメージを膨らませていく。


 こう、金髪の野菜人みたく、霊力をドバーンとしてギュインギュインさせる感じで……どうだ!


 すると身体が奥の方から熱くなって、全身から青白い闘気のようなものが轟! と大量に噴き出した。

 余波が広範囲に広がり、周囲の幽霊を消し飛ばす。

 その様子を後ろで見ていた和尚から「ほう」と驚きの声があがる。



 ――――――レベルが 二 上がった。



 と、新技を習得したからか、またも唐突にレベルが上がる。

 どうやらレベルを上げる方法は幽霊を倒す以外にもあるらしい。


「まさか力に目覚めたばかりでここまでできるとはな。晃弘には天賦てんぷさいがあるのやもしれん」

「イメトレだけはしっかりやってましたから」


 誰だって一度くらいは、少年漫画の主人公たちの必殺技を習得しようと影でこっそり練習した事があるはずだ。

 普通なら一回やって駄目ならそれで諦めるのだろうが、俺の場合は隣にいつもがいた。


 俺はそれがどうしようもなく悔しくて、羨ましかった。

 だからこそ、たとえ成果が出なくとも、日々の習慣として毎日欠かさずやってこれたのだ。

 それが今になってようやく開花した。きっと、あらゆる才能の正体なんてそんなもんだ。


「成程。確かに少年漫画の技は参考になるものも多いからな。これからも慢心せず精進しなさい」

「押忍っ!」


 再び意識を自分の内側に向ける。

 今の状態でも幽霊ホイホイとして機能するが、相手が襲ってくるのを待っていては時間がかかってしまう。

 そこで発想の転換である。体表面を這わせるように圧縮した霊気を、全方位へ解き放つ!


 俺を中心に地面や障害物をすり抜けて全方位に霊気が広がり、円に触れた幽霊を根こそぎ消し飛ばす。

 百メートル範囲の幽霊を根こそぎ消滅させて、レベルがまた二つ上がる。

 右の掌を見ると数字が八になっていた。

 やはりこれは俺の今のレベルを示すもののようだ。


 広範囲の幽霊をまとめて消し飛ばすイメージでやってみたのだが、霊力の膜が和尚たちに触れた瞬間、その存在をハッキリと感じられた。

 もう少し調整すれば探知にも使えそうだ。


 技名はそうだな、『霊円波れいえんは』なんてどうだろう。霊園だけに。


『ひぃ!? おやじギャグの気配!? 嫌だ! 延々と閻魔の激寒ギャグを聞かされ続けるのはもう懲り懲りだ! 助けてくれェーッ!』

「……滅ッ!」

『あ゛ッ、グゥッ!』


 地獄でしっかり現世の罪を清算して来世はまっとうに生きろ。


 ……技名はともかく、雑魚を一掃するには便利な技だ。応用次第では色々と化けそうな可能性も感じる。

 だが、やはり霊力の制御が甘かったのか、円の広がり方にムラができてしまった。


 こればっかりは一朝一夕いっちょういっせきで身に付くものではないので、和尚の言う通り、慢心せず精進あるのみだ。


「ヒロ! 先にあの幽霊食ってるデカイのから倒すぞ!」

「わかった!」


 視線の先、山の上の方に居座り幽霊を捕食している人面ナメクジを二人で睨みつける。

 目から迸る光が一直線に空を突き抜け、四本の霊光が交差して人面ナメクジを賽の目状に切り刻む。


 だが……。


「「んなっ!?」」


 切り刻まれた破片がウゾウゾと蠢き、そこから小さな人面ナメクジが何匹も生まれ、周囲の幽霊を捕食して瞬く間に元の大きさを取り戻してしまったではないか。

 分裂するなんて聞いてねぇぞ!?


「だったら! オンマカキャロニキャソワカオンロケイジンバラキリクソワカ!」


 タッツンが先程とは別の真言を唱えると、その背後に十一面観音の幻影が立ち上がり、その手の中に清浄な光が満ちていく。


「法界滅浄光!」


 観音様の手の中に顕現した金色の小さな太陽が砲弾のように撃ち出され、刹那、人面ナメクジが密集していた場所が大爆発して、邪悪を滅する黄金の爆風が山の斜面を駆け下る。


 光が収まると、霊園を覆い尽くしていた幽霊と人面ナメクジはその大半が消滅していた。

 タッツンが額に汗を浮かべて、呼吸を整えるように深く息を吐き合掌する。


「すまん、しばらく休む! 残りの幽霊は頼んだ!」

「まかせろ!」


 今の一撃でかなりの数が一掃されたが、幽霊はまだまだそれなりの数が残っている。

 この際だから、やってみたかったことを試してやろう。


 俺は両手を腰の位置に構え、体内で練り上げた霊力を手の中に集めて圧縮する。

 それは誰もが一度は本気で出せないかと試したであろう、おそらく世界一有名な必殺技。


 いくぞー! か~○~は~め~……


「は、はーっくしゅん!」


 と、急に鼻に虫が飛んできて、くしゃみが出る。

 その拍子にドッ! と、掌から光の束が溢れ出し、制御を失った霊光が目の前の空間をまるごと削り取った。


 ……そう、丸ごと、だ。


 よその家の墓石も、幽霊も、一切合切まとめて、綺麗さっぱり。

 まずいと思った時にはすでに手遅れで、ビームが通過した直線上にあった物は跡形も無く消し飛んでいた。

 や、やっちまった!


「はっはっは。こりゃまた随分と盛大にぶっ壊したな。これで最初に気を抜くなと言った理由が分かっただろう?」


 てっきり「この罰当たりがぁ!」とか、そんな感じの雷が落ちると思って身構えていたのだが、和尚の語気は意外にも穏やかなものだった。


 和尚いわく、霊魂はこの世のあらゆるものに備わっているらしい。

 そして霊力とは魂を器に繋ぎ留めておくためのかすがいであり、魂を守る鎧のようなものでもあるのだとか。


 そのため、霊力を失なえば魂は器に留まる事ができなくなり、魂を失った器は形を保てなくなり崩壊してしまう。

 

 生物の場合は霊力を失っても肉体が生きている限りは気絶するだけで済むらしいが、霊力が尽きた状態で霊撃を受けると肉体にもダメージが反映されてしまうらしい。


 今のは物質が持っていた霊力を力ずくで吹き飛ばした結果、物質と魂が分離して魂が抜けた物質が崩壊したのだろう。


 それにしてもどうすんだよコレ。弁償しろとか言われたらどうしよう。


「そんな青くならんでも、どうせすぐ元通りになるから心配するな」

「? どういう……」


 と、ここで俺のスマホにメールが届く。

 見ると逢魔さんからだった。


『壊れた墓は元通りにので、そのままお仕事をお続けになってくださいませ』


 視線を前に戻すと、直線状に抉れていた墓地が、まるで最初から何事もなかったかのように元通りになっていた。

 ……なにこれ怖い。仕事が早いとかそういう次元を通り越している。

 横を見ると、一部始終を目撃したらしいタッツンが、口をぽかんと開けて固まっていた。


「……墓が生えてきよった」


 まるで白昼夢でも見たかのような顔だった。

 墓が生えるってなんだよ。今の一瞬で一体なにが起きたというのか。


「逢魔さんの力だ。おそらくは時を操る能力だろうとワシは見ているが、詳しいことまでは知らん。ワシも若い頃はよく世話になったものだ」

「……何者なんですか、あの人」

「知らん。ただ、あの人もワシが子供の頃から全く歳をとっておらん事だけは確かだ」

「……もしかしてそういう人って割といたり?」

「普段意識しないだけで、人知を超えた存在などそれこそどこにでも潜んでおるわ。まあ、あの人はその最たるものの一角だろうがな」


 海に、山に、川に、森に、町に。

 怪異はいつだってそこにあり、ふとした拍子に顔を出して人々の畏れを喰らう。

 人々の恐怖心が無くならない限り、あらゆる隙間や影に怪異は存在しうる。

 なんて、いつか読んだ本に書いてあったのをふと思い出した。


 もしそうだとするなら、この世界は化け物だらけという事になってしまう。


「常識などというものは人間がそれぞれ勝手に思い込んでいる幻想にすぎん。この業界で長生きしたければ、ありのままの現実を捉え、柔軟に受け流すことだ。常識に囚われすぎておると正気でいられなくなるぞ」


 まさに俺の中の『常識』がぶち壊された瞬間だった。

 当たり前の事だが、地域や国が違えば常識なんて一八〇度変わってしまう。

 だが、誰もがそんな不確かで曖昧あいまいな『常識という幻想』を信じて生きている。

 だとすれば、俺が今まで信じていた平穏な日常とは、いったいどれほど奇跡的な綱渡りの上に成り立っていたのだろうか。



 ……うん、もう難しく考えるのはやめよう。



 あまり考えすぎるとそれこそ正気をたもてなくなりそうだ。

 世の中には幽霊も超能力者いる。ロマンがあっていいじゃないか。


 ともあれ壊れた墓は元通りになったのだから、次からは壊さないように気を付けよう。

 元に戻ったからといって故人を偲ぶための場所をむやみに荒らすのはよくないことだ。

 その故人を祓っておいて今更とも思うが、それとこれとは話が別である。


 というわけで、先程の教訓を踏まえてもう一度チャレンジ。


 霊力はより密度の高い霊力の影響を受けるみたいだから、圧縮量を調整してやれば……こんなもんでどうだッ!


 俺の手の中から霊光が放射状に大きく広がり、今度は墓石を壊すことなく霊体だけを消し飛ばす。

 一度大きく失敗したおかげで力加減のコツはなんとなく掴めた。



 ――――――レベルが 二 上がった。



 見える範囲を右から左へ薙ぎ払うと、騒がしかった霊園はすっかり常の静けさを取り戻していた。

 これでレベル十。ひとまず区切りのいい数字になったが、さてどうなる。



 ――――――ザザッ――――――



 頭の中にノイズが走り、記憶の断片が走馬灯のように蘇る。



 篝火に照らされた薄闇の中、男が黒髪の少女の肩に食らいつく。

 傷口から鮮血が滴り落ち、少女の悲鳴が夜の闇をつんざいた。


 少女の肉を貪るほどに、男の身体はみるみる美しい女の姿へと変わり、そこから次第に少女のそれへと肉体が若返っていく。


 夢中で少女を喰らう女と、ふと視線が交わる。

 篝火の光に爛々と輝く狂気に濡れたその瞳が、驚愕に見開かれ――――


 この世のものとは思えぬ絶叫があった。


 頭を掻きむしり血反吐を吐いてのたうち回る女。

 その身体は瞬く間に腐り落ち、骨すら風に煽られ塵と消えた。


 人を喰らう怪物が消え、その奥にあった祭壇に飾られた鏡に自分の顔が映りこむ。

 今よりも幾分か幼い、恐らくは小学生くらいの俺。


 俺を見つめ返す幼い自分の瞳に意識が引き寄せられ、どこまでもどこまでも、闇の底へと落ちていく――――――。



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