第6話  吹雪の夜:『生き残りと少年と幻獣と』

 ーー外は雪。猛吹雪。

 

 洞窟の中は雪避けと風除け。

 それに、魔物避けにもなる。

 

 この洞窟の周りは、特に魔物が来ても仕方の無い場所だ。獲物がいない。

 

 私は、とりあえず“雪倒れ”の男を運んで来た。今夜の寝床は、この洞窟だ。


 狩りの避難所でこうした洞窟はいくつも、探してある。


 別に洞窟の中で寝泊まりするのは始めてではい。


 それに、私は“火”には困らない。

 

 

 洞窟の中で火を焚く。

 

 私の使う術。“聖霊術”は、ちょっと便利な使い方も出来る。

 

 焚き木なんてものはない。

 だから、魔物の毛皮なんかを火起こしの原料にする。そこにこの“火の発動”

 

 「火依ひより。」

 

 私の右手で、紅い炎がたいまつの様に燃える。それに丸めて置いてある毛皮や、獣脂に火を灯す。一晩は持つ“焚火”の出来上がりだ。


 “火の発動”と呼ぶ術の中の一つだ。

 所謂、着火剤だ。


 こうした使い方もできる。

  

 洞窟の中は意外と暖かい。

 吹雪が吹き込んで来ないからだろう。

 

 「肉焼いてよ!」

 

 あ。忘れてた。

 

 腰元で喚くその声に、私は思い出した。

 

 「そうだったね。」

 「忘れてただろ!!」

 

 ガンッ! 

 ガンッ!

 

 俺はここにいるぞ! わかってるのか!!

 こんな所に閉じ込めやがって!!

 

 

 と、喚きながら檻篭に激突している。

 

 はぁ。

 

 本当にうるさい。

 

 

 「ルシエル。黙れ」

 

 私はさっき倒した“スノーマウント”の肉を火にくべる。岩の上に置いて焼くのだ。

 

 火の側に岩が置いてあってその上に乗せて待つ。

 スノーマウントの角は棒になる。


 それに突き刺して焼くのだ。

 

 「う〜……こんな所にいなければ! 俺様はさっさと自由になりたい!!」

 

 ルシエルの唸る声は聞こえるが、ガンガンと突進するのは止めた様だ。

 

 「出すと暴れるんだから、仕方がない。」

 

 火の中に突っ込んでおく石。

 その上で、肉を焼く。 

 じゅ〜……と、石の上で焼ける音。

 同時に香ばしい香りもする。

 

 「あ〜……肉だ!!」

 

 ガンガン!!


 腰元で揺れる黒い水晶球。


 このままだと焼けるまでうるさい。

 なので、

 私はそれを取ると、少年を寝かせた毛皮の側に置いた。


「変な格好だ。」


 ルシエルはとても興味がある様子。

 側に置いたらまじまじと見つめていた。


 私は彼に毛皮をかける。


 魔物の毛皮だが、この極寒では十分な布団だ。

 白と銀の縦縞の毛皮。


 アイスタイガーの毛皮だ。


「そうだな。軽装すぎる。こんな格好で歩いていて、よく凍死しなかったな。」


 本当に変な格好だ。


 この髪型もそうだが、青いジャケットみたいなものに、白いシャツ。


 それに黒い袋の様なものを持っていた。


 袋なのか?

 革ではない。

 だが、布でもない。


 見た事も無い材質だ。


 それにーー、何よりもこの靴だ。


 革製っぽいが底も薄くとてもじゃないが、この雪の中を歩くものではない。


 このチェック柄のズボン。

 これもまた薄そうだ。

 グレーで色は綺麗だが……やはり、見た事はない。


 この地では皮を使う。

 毛皮が主流だ。


 でなければ……寒さでやられてしまう。


 この男も……身体が冷たかった。


 どうしてこんな雪のなかを……。


 

 「耳。なんかいっぱいついてるな。見た事ないデザインだ。土職人ドワーフのかな?」

 

 ルシエルは側でずっと観察している。

 丸い檻篭の中で、興味津々に覗きこんでいる。手毬の様な黒い囲い。下半分は、水晶球の様なものだが、上半分だけこの囲いだ。

 

 黒い狼犬の住まいでもある。

 

 

 「どうだろう?」

 

 私は首を傾げながら、彼の姿を見つめる。

 

 ブロンドの髪はツンツンしてるし。

 

 それにこのピアスの多さ。

 

 魔道士や私の村でもピアスをつけてる人はいた。でも、みんな石だ。丸いやつ。

 

 この男のはリングだ。

 それに耳たぶになんか嵌めてあったりしてる。

 

 シルバーなのだろうが……髑髏の柄がついてる。

 闇の者か?

 

 それにこのネックレスだ。

 

 獅子なのはわかるが……これは“金”だ。

 

 なんでこんな貴重なものを持っているんだ?

 

 

 そう。この男がつけているネックレスは、獅子の形をした金のネックレスだ。

 

 咆哮している獅子が紅い宝玉を咥えている。

 

 何とも勇ましいネックレスだ。

 

 「この首からぶら下げてる紐みたいのは何だ? 首飾りにしてはお粗末だな。」

 

 「うん。確かに。」

 

 ルシエルの言う“紐”とは、開けたシャツの襟元から垂れ下がってる黒い紐だ。

 

 なんか変な風に結んであるのか? これは。それともこうゆうカタチのものなのか?


 後に……“ネクタイ”と言うのものだと、教わるのだが、この時の私は知らない。

 

 

 「瑠火……。どうするんだ? こんなの拾って。」

 

 「尋ねて来た訳じゃなさそうだし。何より……とても弱っている。」

 

 そう。彼は本当に弱っている。


 何処を歩いて来たのだろう。

 こんな軽装で。

 

 一体……何処から来たのか。

 この“異国人”は。


「瑠火。肉」


 ルシエルからの催促に、私はスノーマウントの角を掴む。


 薄茶の角もこうしていると、ただの棒だ。


 とても電撃を放つ様には思えない。


「ああ。焼けた。」


 私は肉を持ちルシエルの側に行くと座る。


 この檻篭の隙間から、肉を裂き与えるのだ。


 完全な餌付けスタイルで、私は気に入っている。


 私が口で裂きそれを指で掴み与える。

 するとそれをばくばく。


 食べるのだ。

 隙間から通すまで口を開き待つ。

 このおすわりして待つスタイルは、とても可愛らしい。


「美味しい?」

「ウマ……うまうま。」


 いちお応えてはいるが、ばくばくしてるので、適当だ。


 むしゃむしゃと口に頬張る。


「熱くないの?」

「ない。くれ。くれくれ。」


 口を開きだらしない顔で待つのだ。


 思わず笑ってしまう。


 肉を裂き摘むと、私の指までしゃぶる。

 噛まないところが可愛いいヤツだ。


 ルシエルは少し硬めの皮の部分を咥え、いつまでもしゃぶって遊ぶ。


 お腹いっぱいになっても咥えていたいらしい。


 檻篭の中でフセをしながら、まるでおもちゃの様に皮を咥えている。


 もぐもぐと。


「……こいつも連れて行くのか?」


 ふとそう言った。


 眠そうな声だ。

 そのうち眠りにつくだろう。


「連れて行くよ。ここには置いて行けない。死んでしまう。」


 頼れる人間はいないのだ。


 ここにはもう誰もいないのだから。


 ふ〜ん。


 ルシエルの曖昧な返事だ。


 私は彼の肉を焼きながら、それを聴いていた。


「歩けるのか? 氷河を。この格好で。無理だと思うけどな。」


 噛み砕く音をたてながら、ルシエルはそう言った。たぶん。前足で肉の皮を持ち器用に、齧りついているのだろう。


 燻製のように。


「だとしても……放置はできない。」


 こんな雪の中に置いて行ける訳がない。


 どう考えても生きて行けるとは思えない。剣の一つも持っていないのだから。


「お人好しだな。」

「仕方ない」


 

 パチパチ……

 

 火の粉が飛ぶ。

 

 少し強めの火にしているから、やっぱり強いな。

 

 「……う……」

 

 

 ん? 声が聴こえた。

 

 私は彼の正面にいる。

 


 彼はーー、突然。

 

 起き上がったのだ。

 

 「ここはどこだ!?」

 

 と、叫んだ。


 悪い夢ーーでも見た様な……そんな様子だった。うなされてしまったのか。


 こんな吹雪の中を彷徨って。

 

 「……世界の果て。“禁忌の島”と言えばわかるかな?」

 

 私は棒で肉を焼きながらひっくり返す。

 

 「は?? なんだって? きんき……??」

 

 彼はたいそう驚いた様子だった。

 私を見て更に

 

 「ここって……“日本”だよな? てか、その格好……。って……えっ!? なんだ?? これ毛皮か!?」

 

 驚いているのはわかるが……凄いな。

 あっちこっちに視線が飛んで、喚き始めてしまった。

 

 日本……。それは何処だ?

 

 私はこの地から出た事がない。

 “物が売れる”と言ったが、それは里に来ていた“商人”から聞いた事だ。

 

 彼はこの島から街に行き、毛皮や工芸品などを売りに行く。それを逆にこの島に無い物を調達し、回してくれていた。

 クロイがいなければ……私達は、こうしてお湯を注ぐポットすら用意出来ない。


 それだけ、クロイ•エスパンダーと言う商人は、私達の里にとって重要な人間だったのだ。


 隔離された世界の唯一の外の人間だった。


 その商人も今は何処にいるのかわからない。


「落ち着け」

 

 私は棒を置いた。

 

 立て掛けて置ける様に火の回りには、囲いがしてある。肉を焼きながらうたた寝をしてしまい、前に真っ黒な灰にしてしまった事があるからだ。

 

 こうしておけば、直火にならないから焼け焦げない。

 

 私は彼に……水を汲む。

 

 これは雪を溶かして飲み水にしたものだ。

 

 ここでは大切な水源だ。

 

 木のコップに、木のポット。

 

 クロイが売ってくれたものだ。

 

 ポットで水を注ぎ、彼の側にいくと手渡した。

 

 「なんだ?」

 「水だ。毒なんか入ってない。」

 

 不安そうだな。

 

 彼の顔はとても、綺麗なんだと思う。

 だが、今は強張ってしまってる。

 

 年もまだ若そうだ。

 私よりも若いかもしれないな。

 

 ごくっ。

 

 ひと口飲んで……ホッとしたのか飲み干した。

 

 「ウマっ! 天然水か?」

 

 私はポットを取ると、水を注ぐ。

 

 「雪解け水だ。」

 「は??」

 

 何とも……表情が豊かだな。

 

 笑っていたかと思ったら、強張ってしまった。

 

 「見ての通り……雪と氷の地だ。水なんて無い。雪を溶かして飲み水にしているんだ。それでも、この地の雪は滑らかで美しいものだから、味はとてもいいと思うが。」

 

 私は彼の側にポットを置いた。

 

 そこから離れる。


 彼は自分で水を注いだ。

 良かった。


 動く事は出来る様だ。


 とにかく……何かを食べさせてやらなくては。

 

 雪の中を彷徨っていたのだとしたら、空腹のはずだ。それに……私達は、明日には出ようと思っている。


 あの黒龍のせいで……“獲物”がいなそうだからだ。


 ここにいては……飢え死にする。彼にも、近くの町までは、着いて来て貰うしかない。

 

 ここにはもう……“誰もいない”のだから。

 

 

 

 

 

 

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