第19話 対決への道

 …翌早朝、5時55分、僕と甲斐路はうっすら朝モヤたちこめるホテルの玄関前に立っていた。

 そして僕たちの前には、前かご付きの自転車 (一般的に言うママチャリ) が一台用意されていた。

 さらにその前かごには、例の秘密兵器が入ったトートバッグが突っ込まれている。

「…えぇっと、つまり君を後ろに乗っけて僕が宇都宮のU ‐ ホークの所までこの自転車を漕いで行くってこと?」

 僕は目の前の状況に朝から半ば呆然としながら言った。

「さすが乙ちゃん、察しが良いね!」

 甲斐路が爽やかな笑顔で答える。

「いやいやママチャリって…それも一台だけって… !? 」

「だって他に方法無いじゃん !! …JR日光線は動いてないし、タクシーだって宇都宮のU ‐ ホークの所へなんて言ったら絶対拒否されるよ!…第一私たちそんなにお金持ってないし、この自転車借りるのだって私が昨日必死でフロントに頼んで、内緒で従業員さんの使ってたコレを特別に貸してもらったんだからね!」

「…はぁ、先生は?」

「先生は昨晩の生ビールが効いてまだ寝てる!…秘密兵器は昨夜のうちにこっそり私がお借りしてたの !! 先生が起きる前に出発しないと…行くのを止められたらジ・エンドだよ!さぁ、人類を救うために…乙ちゃん、Go !! 」

「分かったよ、分かりましたよ…ママチャリ漕いで人類救いますよもうっ!人類救ってヒーローになりますよっ !! 」

 …という訳で僕はブツクサ言いながらママチャリのペダルを漕ぎ出した。


 鹿沼市は奥日光から続く山々の裾野に広がる街で、3月下旬の朝の気温は冷たかった。

 …国道121号線を宇都宮の塚山古墳に向かって自転車を漕ぐ僕を阻むように、山からの寒気がじわじわと押し寄せて来るのを感じながら、しかしついつい弱音と愚痴が口からこぼれてしまう。

「くそ~っ!…何で早朝から二人乗りママチャリ漕がなきゃならないんだ僕はっ !? …ちくしょ~っ、寒いよ~っ !! 」

 半ばやけくそ気味に叫ぶと、

「しょうが無いなぁ… ! 」

 そう言って甲斐路は僕の腹に腕を回し、身体を僕の背中にグッと密着させて来た。

「 !! ……!」

 僕がビックリして一瞬気持ちを固まらせていると、

「人肌暖房システム~!…特別だよっ !! 」

 無邪気に甲斐路が言った。

 僕はさらにビックリして心臓が爆発しそうになり、

「うっ !! 」

 と変なうめき声を上げてしまった。

「えっ、イヤだった?…」

 僕の背中から顔を離して甲斐路が小声で訊いた。

「えっ、…イヤ…じゃないけど」

 内心はドキドキしながらテンション低めにそう答えると、

「良かった~!私もこの方が温かいもん !! 」

 甲斐路は再度僕に密着して来た。

 …柔らかい温もりを背中に感じながら、僕は困惑と嬉しさをごまかすようにペダルを漕ぎつつ叫んだ。

「よし、人肌暖房で怪獣と対決だ~っ !! 」

「お~っ!乙ちゃんカッコ良いっ、惚れちゃうかも !! 」

「えっ !? …本当に?」

「あっ、ノリ勢いのままにジョーク飛ばしました ! さーせ~ん!」

 …って訳で人肌暖房は文字通り僕と甲斐路の距離をグッと縮める効果はもたらしてくれたみたいだった。

「くそ~っ!人類を救うヒーローは孤独だぜ~っ !! 」

 カラ元気でそう言ってペダルを漕ぐ足に力を込めると、甲斐路も僕のお腹に回した腕に力を込め、耳元に顔を寄せて言った。

「じゃあ、この後、人類を救うミッションが上手く行ったら、成功報酬として乙ちゃんに惚れてあげる… ! 」

 その言葉で僕はすっかり舞い上がるかと思いきや、何故か意外にも逆に冷静になって状況を分析していた。

(…いや、ここで浮かれたら、まるで鼻先に人参をぶら下げた騎手を乗せて走る馬みたいな格好だよな ! )

「…あんまり見くびらないでほしいね!そんな交換条件を出さなくたって、僕はちゃんと人類を救うよ !! 」

 自転車のスピードを上げながら僕は言った。

「……… !! 」

 甲斐路は背中から顔を離して一瞬無言になったけど、いきなり僕の肩甲骨のあたりをバシッ!と叩いて、

「カッコ良い~っ !! 凄いよ乙ちゃん、正義のヒーローだ!よしっ、現場に急ごう~っ !! 」

 と叫んだ。…しかし僕は思わず、

「痛~い!い、息が止まった… !! 」

 と泣きそうな声を洩らしていた。


 …ホテルからU ‐ ホークの居座っている塚山古墳までは11~12キロの距離だった。朝の時間帯は車の走行も少なく、わりとスイスイ進んで思ったよりも早く宇都宮市街へと入って行けた。

 しかし国道121号線は市街地に入ると宇都宮環状道路となって、街の南側を東へと向かい、塚山古墳方面に進むんだけど、現在は環状道路は走行禁止になって、信号機は点灯せず、交差点外側に赤いコーンに黄色と黒のバーでバリケードが成されて車は入れない状況だった。

 しかし警備係員がいる訳じゃ無く、自転車や人はバーを動かして通ることが出来た。…どうやらU ‐ ホークが基本的に市街地を襲うこと無く動かずに居るので自衛隊も警察も余分な人員を敢えて配置せず刺激しないようにしてる様子だ。

 僕たちは環状道路を突っ切り、街中の通りを懸命に走って東武宇都宮線の線路を越えて総合運動公園の方角へ向かう。…塚山古墳はその運動公園の隣だ。

「見えたぞ!U ‐ ホーク !! 」

 …運動公園角のT字路を曲がると、ついにその巨大怪獣の姿が僕たちの目に飛び込んで来た。


 その頃、県庁15階戦闘指揮管制室では、徹夜明けの多々貝自衛官が騒いでいた。

「大変です!目標監視カメラの映像を見て下さい !! …カメラ角度を少し右へ移動します!」

 他の自衛隊スタッフも見つめたそのモニター画面は、怪獣に接近中の甲斐路 優と乙掛輝男の姿をしっかりと捉えていた。


















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