第8小節目:コネクト

「ほはぁぁぁぁぁぁぁ!」


 多目的室を抜け出した瞬間に一気に腰が抜けそうになって、廊下の壁にもたれかかった。


 いやいやいやいや、怖えよ! カッコつけてみたけど怖えよ! 何が『邪魔して悪かったな』だよ!


 ぴえんぴえんと、涙を流さないものの心で泣いているおれの横で、市川は思案しあん顔をしている。


「あの人、知ってた……」


「は?」


 何言ってんだ? と見ていると、市川は顔を上げて言い直す


「あの人、知ってたね?」


「だから、何を?」




「小沼くんのこと!」




「……はあ」


 つい、ため息が出た。


 何を言い出すかと思えば、おれのことを知ってるやつがいるってことにそんなに驚いてるのか。


 あきれれ顔のおれとは対照的に、市川は世紀の大発見をしたみたいに目を輝かせている。失礼だろ……。


「小沼くん、あの人と知り合いなの?」


「……別に、なんでもいいだろ。ってか、市川もおれのこと知ってたじゃん」


「私は小沼くんと同じクラスだもん。でもさっきの人は6組じゃないでしょ?」


 ビシィっと指をこちらに立ててくる。大した推理でもない……。


「一年生の時、おんなじクラスだったとか?」


「いや、違うけど……」


「じゃあ、どうしてどうして?」


 市川は前のめりにこちらに顔を近づけてきた。


「そっちこそ、なんでそんなに気になるんだよ、そんなことが......」


 今にも『私、気になります!』とか言い出しかねない雰囲気だ。


「接点のなさそうな二人の関係に興味があるんだよ」


 市川は、じりじりとこちらににじり寄ってくる。


「ねえ、どうして?」


 その爛々らんらんとした瞳を一瞥いちべつして、おれは再度ため息をついた。


 ……まあ、別に隠すようなことではないか。


「……小学校と中学が、一緒なんだよ」


 そう、白状した。


「え、そうなの? 小中しょうちゅうって、地元の学校?」


「そう」


「へえー、じゃあ、幼馴染おさななじみだ!」


 市川がはたと手を打つ。


「幼馴染っていうか……そういう感じでもなくてだな……」


「でも、いかにも違うグループって感じだね?」


 モゴモゴと説明するおれのことを気にせず、そう言った。


「……そうなあ」


「そうなあ」


 すると市川は、なぜか、いきなりおれの復唱をし始める。


「なんすか.......?」


 眉間みけんにしわを寄せて市川を見た。


「口癖なの?」


「は、なにが?」


「『そうなあ』って。一昨日おととい昨日きのうも言ってた」


「そんなんよく覚えてんな。記憶力いい方?」


「そうなあー」


 真似まねを繰り返して、市川はえへへ、と笑う。


 その無邪気むじゃきな笑顔に、なんだか毒気どくけを抜かれてしまった。




「あ。それよりさ、ミキサー、使えそうだった?」


「ああ、そうだった」


 そもそもの目的を忘れかけていた。


 おれは先ほどスマホで撮った写真を見て、ミキサーの型番を検索してみる。


「なんだこれ、20年も前の型なんだ......」


「え、そうなの? ヴィンテージもの?」


 市川がなんかワクワクしながらおれのスマホを覗き込んでくる。近い……。


「いや、ただ古いだけだけど......」


「ほえー、そうなんだ?」


 こちらを見上げてくる市川と目を合わせ、おれはそっとうなずいた。


「とはいえ、別に今のと大して機能が変わるわけでもないし、使えるんじゃねえかな」


「ほんとっ!?」


 嬉しそうに声をあげる。


「まあ、アコギと歌だけなら......」


「私はそれで充分!」


 ニコニコとしている市川に、おれはなんだか誤解されていそうなので一言告げる。


「いや、まあ、出来るは出来ると思うけど、おれ、PAピーエーやんないよ?」


「……?」


 市川が首をかしげる。また出たよ、「何言ってんだこいつ」顔。


「いや、だからさ、おれが市川の時だけPAやってたら、さすがに意味わかんないだろ?」


「んー、まあ、そうなの、かな?」


 市川は人差し指を唇につけて、んー、と、上を見る。


 でも、今回はわかってくれそうだ。


 校内デートを堂々と提案してきたようなところからして、おれと市川は根本的に考え方というか概念がいねんが合わないんじゃないかと不安だったが、そこまでずれてるわけじゃないらしい。


「そしたらさ、小沼くんがみんなの分やるっていうのは、どうかな?」


「はあ……?」


 前言ぜんげん撤回てっかい。何言ってんだこいつ。


「ロック部に入ればいいんだよ! PAとして」


「PAとしてロック部に入る? いやいや、それはさすがに変だろ、楽器やらないでロック部に入るなんて」


「別にいいと思うけど……。もし気になるなら、別に作曲してること言わなくてもいいから、楽器やればいいんじゃない?」


「ああ? おれが誰かとバンド組めるとでも思ってんの?」


 ついつい、すごむ。それもむちゃくちゃダサい理由で。(ダサい)


 すると。


「それじゃ、さ」


 市川はくりっとした両目を赤く光らせ、白い肌をした小動物のようにニヤッと笑い、こちらに手を差し伸べる。


「私とバンド組んで、ロック部員になってよ!」


「はえ!?」


 わけがわからないよ……。

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