突然の告白

「通信機とコンタクトレンズはダメだ。フレキスケルトンも一部損壊したが、奇跡的にも、ガウスライフルを撃つために必要な経路が無事なのは不幸中の幸いだった。フレキの破片で怪我をしなかったのも、アノマリアの〈ダズリング・メンブレイン〉のおかげだな」


 アノマリアの首から声が聞こえてくる。ロンロンがスピーカーで喋っていた。


 ――こうやって改めて見ると、確かに腹話術にしか見えないな……。


 あれからしばらく、二階堂はアノマリアの介抱を受けた。金紅石ルチルの爆発は全てアノマリアの防御膜が防いでくれたのだが、痛みは壮絶なものがあった。失神しなかったのは奇跡だった。


 彼の身体に残っていたダメージは、その前のイスランの雷撃によるものだった。


 二階堂はバールを避雷針にした。鉄の勝利だった。しかし大半のいかずちはバールが集めてくれたものの、側撃雷そくげきらいと呼ばれる現象で一部が近くの二階堂に漏れてきた。その電流が彼の生体機能をいちじるしく損壊そんかいさせていたのだ。


 鼓膜は破れ、三半規管を初めとする様々な神経系がイカていた。皮膚の一部は炭化し、筋肉の多くも壊死していたらしいのだが、全てアノマリアが治してくれた。その様子を信じられないといった顔で見ていた二階堂。


「――ありがとう、アノマリア」


「お安い御用ッスよ。このアノマリア様の術の腕前は天下一品ッス」


「アノマリアは凄い」


 とはロンロンの感想だ。二階堂もそう思う。


 何故ロンロンがスピーカーで喋っているのかというと、金紅石ルチルの爆発で二階堂の身体は守られたが、装備品が駄目になっていたからだ。頭部付近で爆発したためにチョーカーが千切れ、爆風でコンタクトもどこかに飛んでいってしまった。フレキスケルトンも半壊状態だが、ガウスライフルを撃つのに必要な右半身の経路は、奇跡的に無事だった。


 二階堂が立ち上がって背筋を伸ばす。


 広場中央にはぽっかりと大穴が空いていた。イスランを殺害した後、突如としてヨルムンガンドが動き出して、そしてすぐに床が抜けたそうだ。ヨルムンガンドは床と一緒に下層に落ちていった。それに二階堂も巻き込まれて落ちかけたのだが、アノマリアが引き上げてくれたという顛末てんまつだった。


 二階堂は深呼吸すると、座ったまま足元から見上げて来るアノマリアに手を差し伸べた。彼女の腕には風伯珠ロザリー・タービュレンスが巻き付いていて、逆の腕には雷公珠ロザリー・サンダーボルトが巻かれている。あの時、しっかりとイスランの亡骸から回収していたそうだ。


 一応、形見だからね。そう彼女は言っていた。


「――それじゃあ、帰ろう」


 そう言い残し、二階堂は瓦礫の陰に置いておいた工具類を拾い集めていった。バールは床の崩落と一緒に落ちてしまったとロンロンが言っていた。相棒認定したバールなのに惜しいことをしたと、残念そうに振り返った二階堂の視線の先、大穴のすぐ前でアノマリアが立ち尽くしていた。


「? どうした――」


 二階堂が歩み寄る。アノマリアの目が沈んで見えた。


「おじさま……ここでお別れッス」


 気まずそうに両手を下で組みながら言ったアノマリア。その予想外のひと言に、二階堂は返す言葉を失った。


「実はッスね……自分は決死隊なんスよ。もう街には帰れないんス」


 アノマリアは小さく笑った。


「どういう意味だ、アノマリア」


 何も言えない二階堂の代わりにロンロンが聞いた。


「このストロングホールドは隔離場なんスよ。ほら、自分の瞳が割れていたの、覚えているッスよね? ここは虚骸コーマの隔離場。ここに来る者達はみんな虚骸コーマ発症組ッス。お兄ちゃんは、違ったんスけど」


 アノマリアはぽつぽつと自分のことを話してくれた。


 アノマリアはイスランと共に螺鈿柱エヴァイアで生まれ育った。螺鈿柱エヴァイアはエントリオを初めとして、この桃源郷ザナドゥ屈指の戦力が在籍し、アノマリア達もそんな戦士の一人として育った。


 この桃源郷ザナドゥにおいては、戦いは生活の一部だった。アノマリアは類い希なる術の才能があり、イスランもまた素晴らしい遣い手だった。二人はその力に加えて風伯珠ロザリー・タービュレンス雷公珠ロザリー・サンダーボルトというふたつの星遺物オーパーツを駆使して虚空の住人どもヴォイデンスとの戦いの日々を駆け抜けた。


 しかしそんな長きに渡る殺伐とした歳月に、やがてアノマリアの心は、自分でも気付かぬ内に荒廃していった。


 ある日の朝、鏡を見ると瞳が割れていた。虚骸コーマを発症したのだ。


「――おじさまには黙ってたんスけどね、虚骸コーマは症状の進行に応じて徐々に記憶を失っていくんス。そして、最後にアミナの抜け殻のになってしまうと、それがアブザードのうつわになってしまうんスよ」


 虚骸コーマを発症した人間は、いずれアブザードになって人間を襲い始めるのだという。だから虚骸コーマの症状が進行し切って完全に記憶と人格を失った肉体は、速やかに処理される。しかし――。


「自分みたいに、ある程度腕のある戦士は、ただ朽ちるのはもったいねーッスから。こうやって虚空の住人どもヴォイデンスに占拠された場所を奪還するために、決死隊を組んで掃除におもむくのが伝統なんス。それで、そこを開放できればよし。失敗して死んだら、それはそれでよし。万が一、アブザードになっても、そこは元々虚空の住人どもヴォイデンスに奪われていた場所ッスからね。ちょっと化け物が増えたからって、そんなに人間の領域には影響はないって寸法ッス」


「なんなんだ、それは」


 二階堂は絶句した。そら恐ろしい全体主義の足音を聞いた気がした。


「自分も、いずれアミナの抜け殻になって、何もかもを忘れたら、最後は醜い化け物になるッスよ」


「ばかな」と言って二階堂はアノマリアに歩み寄ると、彼女は背後の穴に向かって一歩、身体を引いた。


 二階堂はアノマリアの動作の危うさに、歩みを止めざるを得なかった。


「――イスランは? 彼は虚骸コーマじゃなかったんだろう? 何のために君に付き添った? ……君のことを諦めていなかったんじゃないのか?」


 二階堂はそこに何か直感を感じた。何かは分からなかったが、彼女を引き留めるために必要な材料が、そこにある気がしたのだ。


「……名前を呼ばれると、虚骸コーマの進行が緩くなるっていうジンクスがあるッス」


「名前を……呼ぶ……?」


「そう。実際、そうなんスけど……でも進行は止まらないッス。遅くなるだけ。お兄ちゃんはずっと自分に付き添って、症状の進行を抑えて、最後に自分を始末してくれるために決死隊に加わっていたッス。……でも、このストロングホールドには結構な量のイグズドが巣くっていて、そいつらとの戦いで大怪我してしまって。そこからイグズドの体液がたくさん入り込んで、一気にアブザードになってしまったんスよ。最後は、結局、逆に自分が始末を付ける形になってしまった……」


 アノマリアはそう言って寂しそうに笑った。

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