黒水晶を探して

ポイーン

 朝、二階堂がリビングに入ると香ばしい匂いがした。


 アノマリアがダイニングテーブルに座っていた。そのテーブルの上に、なにかゴミの塊が乗っていた。彼女はそれと話をしているように、見えた。


「――おはよッス、お寝坊さん。昨日は本当に眠かったみたいッスねぇ」


 彼女はそう言って湯気の立ったカップを持ち上げて見せた。


 アノマリアの瞳が赤くなっており、服装は穴あきジーンズと白いワイシャツに変わっている。首にはチョーカーが。


「ああ、おはよう――その服、俺のじゃん」


 二階堂はいろいろと訳が分からず、まずは入りやすいところから入った。


「ロンちゃんが貸してくれたッス。お茶どうッスか?」


「お茶?」


 二階堂がテーブルに近づきながら訝しげにアノマリアのカップを見ると、ほうじ茶みたいな色の液体が入っていた。


「今朝、アノマリアがお茶に加工できる植物を採ってきてくれた。急遽、乾燥させて作ってみたのだ」


 ロンロンの声が聞こえた。


 二階堂もテーブルにつき、テーブルにあったポットからカップにお茶を注いでみる。


 静かに口を付けると、爽やかな香気が鼻を抜けていった。ほうじ茶とカモミールティーのあいの子っぽい。


「――いい香りだ。おいしい」


 どこからともなくポイーンという音が聞こえてきた。


「ロンちゃん、ポイントゲットっす!」


 グッと、テーブルの上のゴミの塊に向かって親指を立てたアノマリア。


 二階堂は、ロンちゃんと、ポイント、あとはテーブルの上のゴミの件の、どれから攻めるべきか迷った。やっぱり一番気になるのは――


「ロンちゃん?」


「カオルおじさまが、ぜんぜん起きてこねーもんスから、あれこれ話している内に自分ら、ダチになったッスよ。ね~、ロンちゃん? それでこのチョーカーと――」


 アノマリアが自分の目を指差した。


「このコンタクトレンズっつーのも、貸してもらえたッス」


「なる、ほど? それで目が赤いのか」


 そう言ってしげしげとアノマリアの瞳を見つめた二階堂。そんな彼に、「これで目は気持ち悪くないっしょ?」とアノマリアが微笑んで見せた。


「別に気持ち悪くはなかったが……上手いこと隠せてはいるな」


 二階堂はアノマリアの目を覗き込んで、感心そうに言った。彼女の重瞳ちょうどうはカラーコンタクトに隠れてまったく違和感がなくなっている。


 瞳をコンタクトで隠し、現代風の服装に変えたアノマリアは、都会的に洗練された雰囲気にさま変わりしていた。


 ポイーンという音が立ち、「ポイントポイント」とアノマリアが呟いていた。


 彼女がポイント中毒の主婦めいていたので、次はポイントをつついてみるか。お茶をすすりながら、そう二階堂が口を開きかけた時、ロンロンの声が聞こえてきた。


「紹介しよう、カオル。彼女はアノマリア。私の二人目のダチ。初めての女友達だ」


「え? うん。知ってるけど……急にどうした?」


「言ってみたかっただけだ」


「ロンちゃんは友達が少なくて悩んでたんスよ。ダメじゃないッスか。そういうところは、おじさまがしっかりしないといけないッス……ねー?」


 そう言ってテーブルのゴミに話しかけるアノマリア。


 総じて、アノマリアはビヨンド号に馴染んでいた。あまりの馴染みっぷりに二階堂が戸惑うほど。


 お茶を飲んで気分を落ち着かせる。鼻に抜ける香気が良い。


 ――凄い適応力だ。若さかな。


 しかし二階堂はアラフォー。未知の事態には、ひとつずつ挑んで解決していかなくては追いつけない。


「ふ~……そうしたら次は、そのゴミかな」


 そう言って二階堂はテーブルの上のゴミを指差した。それはわらの束に見える。


「ゴミとは随分ッスね。これは藁人形ストローベイブって言うッス。アノマリア様の手作りッスよ?」


藁人形ストローベイブ。へぇ。大層な名前で。なんでまた……あ、わかった。お茶を作った余りだな」


「ぴんぽーん」といってアノマリアが指を立てた。


「ロンちゃんと話す時に、どこ見ていいか分かんなくて、すげー困るんで、この人形をロンちゃんに見立てて話してたッス」


「なる、ほど――」


 それはナイスアイディアだと二階堂は頷いた。


「そりゃいいや。ロンロン、今度から俺もそうするわ」


 そう言って無精髭を撫でてから、藁人形を手に取った二階堂。それなりに大きく、だっこちゃんくらいの大きさがある。


「へぇー。器用なもんだ」


「お、これもポイントじゃないッスか、ロンちゃん?」


 アノマリアの声に応えて、ポイーンという音が鳴った。アノマリアがニッと笑みを浮かべる。


「さて、と――最後にそのポイントって、なんだ?」


 二階堂が頬杖をついて胡散臭そうに聞いた。ポイントという言葉の響きからして、ロンロンのゲーム的何かに違いないからだ。


「ロンちゃんに聞いたッスよ。乙女ゲーム? っていうので、ある程度の過程を経た上で、好感ポイントっていうのを溜めないと、抱いてもらえないって。そういうのがおじさまの故郷では一般的なんスね? 自分はいろいろとすっ飛ばしてしまったってわけッス。いやはや、せっかちですまねーッス。わっはははははっ!」


 そう言って頭を掻いたアノマリア。「おお……」と呻く二階堂。


「――それで、自分その好感ポイントっていうのが、どんなもんか分かんねーッスから、ロンちゃんに頼んでポイントが入ったら音鳴らしてもらっているんスよ」


 二階堂は両手で頭を抱えた。


 ――ロンロン……っ‼


 ただ、恋愛過程として、好感度を上げるという行為自体は、そこまで間違っていないので否定し難い面もある。


 どうやって軌道修正すれば良いのかと、二階堂が内心で追い詰められていると、肩にツンツンと指の当たる感触があった。仰ぎ見ると、アノマリアが隣に立っていた。


 彼女は腰に手を当て、小首をかしげてみせる。


 瞳は赤く、首にはチョーカー。ネックレス、ピアス、腕輪、大量の指環、足首のミサンガと、彼女のアクセサリーはごちゃごちゃしている。一方で、その混然とした装飾過多な装いが自然と着こなされており、ジーンズとワイシャツというシンプルな服装や、跳ね毛ひとつない流れ落ちる黒髪と相まって、実にファショニスタ然と決まっていた。


 それを見せられた二階堂の返答に、実質的な選択肢はない。


「――よく、似合ってるよ」


 ポイーン、ポイーン。


 腕を組んで「ツーポイント」と得意げなアノマリア。


「おじさまはこういうのが好きだって、ロンちゃんから聞いてたッス」


「俺の好み、なんて……あっ」


 宇宙の逃避行中に何度か、ロンロンに請われて一緒に恋愛ゲームと乙女ゲームをプレイしたことがあった。ロンロン曰く、仕組みがぜんぜん分からないとのことだったので、その時に男女の機敏という概念や、男のものの考え方を、自分自身を例にして偉そうにゲーム上で講釈こうしゃく垂れたのだ。その時に恐ろしくむず痒い思いをしたのを、今、つぶさに思い出した。


 ――確かに、サイズの合っていない俺の服を着ていたら興奮する、とか言った記憶が……。


 ちなみに恋愛ゲームの方はそれなりに楽しめたが、乙女ゲームは遊んでいても何も面白くなかった。乙女ゲームに出てくる男どもに狂気を感じたのはよく覚えている。


「カオルおじさまに好いてもらうために努力する女アノマリア、乙女の健気けなげッス」


 そう言ってまた椅子に座ったアノマリアを見て、二階堂はいろいろな思いを込めて、深く深く嘆息をついた。

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