第五話

 ボートの縁からお尻を離して、そのまま二人で台車を動かしジョギングコースから離れる。


「……さっきの説明」


「ん?」


 先頭で台車の紐を引く須藤さんへ後ろからボートを押しながら、独り言のように声をかける。

 オーダーメイドで作ったとか言っていた服は、案の定お尻の部分が濡れているように見えた。


「その流れて来た神社の石が今回の幽霊騒ぎと関係してるかも知れないってのは説明してましたけど、そもそも幽霊騒ぎの原因が隣の市の、崩れた山にある神社って見当つけた経緯は説明してませんよね?」


 ゴミと泥が散乱している平坦な河川敷を横断しながら、結果だけで過程が抜けていることを指摘する。


「もしかして何か意図的に隠してます?」


 挙げ足を取るようで自分でも意地が悪いと思ったけど、長年の付き合いで須藤さんの隠し事にドッと疲れさせられたのは一度や二度では無い。

 何かあるなら先に聞いておいて損はない。

 あと話でもしないとお尻が濡れているのに笑ってしまいそうだった。


「いや隠して無いよ。そんな重要じゃないかなって省いただけ」


 ハッキリキッパリ。

 こちらに振り向くことなく短い答えが返ってきた。


「「最近変なのが橋に出て薄気味悪いからなんとかしてくれ」って相談が昨日匿名の意見ボックスに入ってて、着物が出始めた時期を聞き込みして、その時期に起こった変わったこと調べて、丁度あの大雨が止んだ日と重なって、同じタイミングであった土砂で崩れた山と神社の情報仕入れて、現地に向かったってわけはい台車ここまでボート持ち上げて!」


 河川敷を横断し切った所で台車の牽引を止め、号令に合わせボートだけを持ち上げる。


「なるほ重っ!? 日中は聞き込みとか調査で動いてたから重い!! それが済んだこんな時間に私を呼びつけたんですね須藤さん重たいですこれ!!」


「そういうこと踏ん張れ乙木野根性見せろ!!」


 体育会系かと言いたくなる声を掛け合いながら、一段一段。

 水面スレスレまで行ける階段を足下気を付けながら降りる。

 最後の段を踏み越えて、ちょっとした人工の入り江みたいになっている場所にボートを置き小休止。


「じゃあもし見当違いだったら石見つけても幽霊消えない可能性あるんですっねっ!!」


「だから言ったろ確証は無いってっさっ!!」


 せーので息を合わせ再び持ち上げる。

 入り江から平行に滑らせるように運び、最後はほぼ投げるみたいにボートを水面へと浮かべた。


「まぁ日中ずっと走り回って情報仕入れて他に目ぼしいとこ無かったから多分アタシの推理で当たってると思う」


 お陰で服が汗と土まみれだよとさっきチラッと見えた袖の汚れを掲げた。


「それに、ほら。こういうのって原因になってるモノの特徴が反映されたりするでしょ?」


 プカプカ揺れるボート。

 離れないようロープ代わりに繋がる須藤さんの長い片腕。


「あの着物が両手首でヒラヒラさせてんのと写真に写った石に巻いてある注連縄。似てるように見えない?」


「あー、言われてみると確かに」


 ……いや、でも仮にそうだとして。

 反映されるとするならお腹や頭辺りにしめ縄現れないかな。場所的に。

 気にはなったが口にはしない。

 相手は私達の常識の外にいる存在。

 そういうこともあるのだろうとスルーした。


「なんにせよまずはその石を見つけなきゃだから、はい」


 乗って、と。

 私に乗船を促すロープ兼須藤さん。


「あぁ、やっぱり」


 そうなりますよね、と。ため息をつく私。

 そうですよねそうですよね。もし私が能力使うだけの留守番要員だったら船体掴んでるのは須藤さんじゃなくて私ですものね。


「アタシの距離が『解る』能力で原因の石がこの川付近にあるのは特定できた。あの着物が出てきてる位置からして場所はその真下辺り、川底に沈んでるだろうってのは推察できた」


 水面の上ぐわんぐわん揺れるボート。

 未だ大雨の影響でボートを浮かべられるほど増水気味ではあったが、流れの速さは人の手を添えるだけで留め置ける程度に緩やかであった。


「けどあとひと押しほしい。だから頼むよ乙木野」


 見えるのはオール二本と長い紐が付いた浮きと自分が畳んだブルーシート。その際ご丁寧にも乗る場所を作ってしまっていた。


「……乗る時絶対押さないで下さいよ」


「いやいやあとひと押しってそっちのひと押しじゃなっ、あっ、押すなよ絶対押すなよ的なフリ?」


「フリじゃないです!」


「ごっめんキャピ☆ 気づかなくてごっめんキャピ☆」


「だから気色悪いですって!!」


 怒気強めに念押ししまくり、押さえてるのを確認してひょいっと船に飛び乗る。

 勢いにつられてボートが傾く。バシャンバシャンと揺れる。

 水面に広がる波紋はそのたび大きな円を画き、次第に小さくなっていった。


「……ふぅ」


 ホッと一安心して腰を下ろす。

 縁を掴んでいた須藤さんが揺れの衝撃にちょっとビックリした表情を浮かべていたが、見なかったことにした。


「ふっ、もぅ」


 笑いそうになっている顔を引き締め川を見渡す。

 岸と船を繋ぐ須藤さんロープがまだ保ってる間にやるべきことをやらないと。

 見据える先は着物姿の女性が佇む橋の端に設けられた歩道。その真下。

 恐らくここら辺だろうと須藤さんが見定めた場所。


「…………」


 まぶたを閉じて、深呼吸。

 一回、二回、三回と繰り返し心を平穏に。

 意識を耳に集めて頭の中を透明に。

 空っぽになった内側に浮かべるのは先ほど見た資料、情報。

 白黒写真に写った。


『舟みたいな屋根の小屋に祀られたしめ縄付きの石』


 両手を重ね。握り。唇に添える。

 見るべき物。見つけるべき物。

 集中。浮上。集中。浮上。把握。把握。

 目標、固定。

 瞳に映す代わりに耳を澄ます。

 網膜に焼き付ける要領で鼓膜に全神経を。

 集う。集う。

 周りの音を。感覚を。

 遮断したからこそ、響く。


 ――――…………ボチャンッ……


「……解ったきこえた


 本来は聞こえぬ、音。

 握る手をほどき、指を差す。

 ゆっくりとまぶたを開ければ。

 示す場所は橋の中間。その下。

 須藤さんの数字で導き出され。

 着物姿の女性が浮上している辺り。


 ――――…………ボチャンッ……


 あらゆる刺激が蘇る世界の中。

 まるで水面から浮上してきたかの様に。

 その場で波紋を作る様に、断続的に。


「須藤さんわかりまっ」


「予想通り!」


 私にしか聞こえない音と須藤さんの声が混じる。


「ってちょ!?」


 船体が揺れる。大きく揺れる。慌てて両手で縁を掴む。

 勢い任せに飛び乗った誰かの体重を追加したボートは重さの分沈み、なおも残る浮力をもって川の上に浮かぶ。

 水面の波紋は右に左に。傾きに合わせて波を起こす。


「もう! いきなり乗って来ないで下さいよ!!」


 今日一番の大声を上げる。

 それぐらいビックリしたし、正直落ちるかと思った。


「いや悪い悪い」


 と言いながら悪びれてる様子が一切無い須藤さんは「ギャッギャッ」と不気味な笑いを見せ。


「でもほら」


 ボートの後ろで上げていたエレキモーターのスクリューを水中に浸け。


「アタシらの能力って時間制限あるだろ? だから急がないっと!」


 何かの突起を長い腕で引き切りエンジンをかけた。

 ブァァァァァンっと鳴り響く駆動音。

 そんな喧噪の中であっても。


 ――――…………ボチャンッ……


 重い物が水の中へ落ちる様な音は、かき消えることなく聞こえていた。

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