第13話 後輩ちゃんは、年を重ねて真面目になった

 西暦2134年、6月1日。午後0時11分。

 俺と早坂は、本キャンパスの学食・『満腹亭』で昼食を取っていた。

 今日のメニューは、かき揚げそばと鰹の竜田揚げ定食。玉ねぎ・人参・さやいんげんを使った大きなかき揚げが乗った蕎麦は、かき揚げの味もさることながら、群馬県産のそば粉を使ったという蕎麦の風味も抜群に良い。

 そして、鰹の竜田揚げ。さっくりと子気味いい音を立てる衣と、ふんわりとした食感の身のギャップが堪らない。さっぱりしたポン酢と、添えられた大根おろしも併せて食べると、より一層ご飯が進む。


 「んー、美味しいです!」

 「相変わらず、美味そうに食べるよな」

 「だって、本当に美味しいんですもん」


 向かいに座る早坂が食べているのは、デミグラスハンバーグ定食。

 牛と豚の合いびき肉を使用して捏ねたハンバーグは、ここの料理長が学生の為にとすこし大きめになっている。そのタネを特製のデミグラスソースでじっくり一晩煮込めば、三葉大学学生食堂人気第1位のメニューの完成だ。

 箸を入れれば途端に肉汁がぶわわっと溢れ出し、口に含めば噛むことなく舌の上で肉が蕩けていく。肉の旨みが溶け込んだ特製ソースも、高級レストランにいるんじゃないかと錯覚してしまうほどの美味しさだ。


 「流石、学生人気ナンバーワンだけありますね。美味しすぎます」

 「ま、一般の人も食べに来るぐらいだしな。個人的には、和風ハンバーグ定食の方が好きなんだけど」

 「もー、先輩はそうやってすぐ捻くれたことを言う」


 誰が捻くれてるだと。俺は自分の好きなメニューを言っただけだ。

 胡乱な目で頬を膨らませる早坂に心の中でそうツッコミを入れながら、がつがつと目の前の料理を平らげていく。

 箸休めの浅漬けをポリポリと齧る。――む、このキュウリ美味いな。


 「先輩はこの後、なにも無いんですよね?」

 「ああ。早坂もだろ」

 「はい。なので、私はこの後家に帰って、お部屋の掃除でもしようかなーって」

 「それがいい」


 早坂のいかにもらしい予定に頷きながら、窓の外に目を向ける。気温は高いが、少し風が出てきたように思える。

 俺は、どうしようか?

 洗濯物を取り込んで、積読していた本でも一気読みしようかな。


 「せんぱい、ちょっと聞いて良いですか?」

 「ん、なんだ?」

 「今日のサークル、顔出します?」

 「今日は行かないけど。なにゆえ?」

 「いやー、なんというか。サークルって、どの位の頻度で行けばいいのか、未だ測りかねていて。毎日顔を出した方が良いのかなーって」


 なんじゃそりゃ?

 俺は思わず、上目づかいでそんな事を聞いてくる後輩ちゃんの顔をまじまじと見つめてしまう。サークルなんて部活みたいな強制力はほぼ皆無だし、好きな時に来て好きな時間に帰ればいいんじゃね?

 まあ、サークル長があれだし、あのほんわかした空間から抜け出すのは至難の業だとは思うけれども。

 俺だって、午後は授業の無い火曜日(今日)と、バイトのある土日、偶にヘルプが入る金曜日は行ってないし。他の人も週に1日しか来ない人だってざらにいるし。

 そう言えば、早坂は結構サークルに顔を出している感じだけど、いったいどのぐらい参加しているんだろう?


 「早坂は、週に何回顔を出しているんだ?」

 「ええと、土曜日と火曜日を除いて、ほぼ毎日ですね」

 「うわぁ……」

 「え。せんぱい、今ちょっと引きました? というかドン引きしてます?」


 そりゃドン引きだよ。だって、週5日だよ?

 どこの社畜野郎だって感じじゃん。高校に居た頃だって、そんな毎日顔を出してなかったじゃん。一体どうした、どんな心境の変化があったのさ。

 俺が過去とのギャップに愕然としていると、早坂はそれに気付いたのか慌てて弁明をしてくる。


 「いやそのっ。昔は、天文部はあれだったじゃないですか」

 「あれとは?」

 「部活と言いながらも、殆ど喋っているだけというか」

 「言い方。間違っちゃいなかったけど」


 まったく失礼な。それに、ちゃんと活動はしてただろ。年に4回。4月に1回、夏休みに2回、冬休みに1回。

 季節の星座を観測するという名目で、担当の先生に許可取って高尾山に登った事を忘れたとは言わせない。まあ、俺も当時の先輩と一緒に登った事なんて、今の今までれてたけど。

 自分の記憶力はさて置いて、今は後輩ちゃんの、サークル活動頻度の話だ。流石にサークル長さん――はともかく、山田さんから何か言われなかったんだろうか。


 「早坂、山田さんや他の先輩から、何か言われなかったか?」

 「え? えっと、菊池さんから、毎日来てくれって言われてます。助かるからって」

 「よりにもよってあの人かよ……」


 早坂のいう菊池さんとは、経済学部で現在4年生の菊池達哉という。

 外見は所謂チャラ男、女性の顔で好き嫌いを判断するような人で、1ヶ月に1回しか顔を見せない。のにも関わらず、来ると後輩にでかい顔をしているんだ。

 うちのサークルの女性陣には蛇蝎の如く嫌われているのだが、早坂は運悪く、そいつがいる日に遭遇してしまったようだ。

 

 「えっと、なんで『軍鶏しゃもに持たせたしゃもじ』なんて駄洒落を聞かされた雉みたいな顔をしてるんですか?」

 「誰がそんな暑苦しい顔をするかよ……。いや、ちょっと待ってろ」


 俺は一旦席を離れると、プトレマイオスを起動させ、ヘッドセットを左耳に装着する。サークル長、はもしかしたら面接に行っているかもしれないし、山田さんは授業中かもしれないし、さてどうするか。

 数コールの後、相手が電話に出る。男性にしては少し高い声、山田さんだな。


 《もしもし、山田です》

 《お疲れ様です、楠木です。……山田さん、俺サークル長のトレミーに掛けたんですよ。なんで山田さんが出るんですか?》

 《そこは察して。――あ、起きたー? コーヒー飲む?》


 山田さんの声の奥で、ガサゴソと音がする。ついで、誰か女性の声も。

 おおっと、これはやらかしたパターンだな。


 《ああ、ヤった後なんですね、失礼しました。また後で掛け直します》

 《あはは、何かゴメンね。でも、直々に電話してくるって事は、そんなに深刻な相談?》

 《いや、そうでもないですけど。今、早坂から相談を受けてるんですよ。サークルはどの位の頻度で顔を出したらいいのかって》

 《あー、そこらへんは本人の自由に任せてるけど。はーちゃんから何か言われてる?》


 山田さんの言うはーちゃんとは、サークル長である小野崎さんの事である。下の名前が陽菜はるなだから、はーちゃん。逆に、小野崎さんは山田さんの事をひーちゃんと呼ぶ。下の名前が紀彦だから。

 まったく意味が分からん。


 《菊池さんから毎日来てね、とか言われてるらしいけど》

 《あー……。あいつ、部類の女好きだしね。三笠とは違うベクトルで》


 通話口の向こうで、山田さんの声が思いっきり低くなった。菊池さん、どんだけ嫌われてるんだよ。

 これは、もしかするともしかするぞ。


 《その発言を、真面目に捉えすぎる早坂もどうかとは思いますけれどね》

 《あの子、いかにも真面目そうだもんね。まあ、その発言はあまり気にしないで良いよって伝えておいてくれるかな。あくまでも、自分のペースでね》

 《了解です。因みに、今日はサークルやるんですか?》

 《ううん、やらないよ。はーちゃんとはヤるけど》

 《下ネタかよ》


 ぶちりと通話を強制終了して、ヘッドセットをポケットに仕舞う。

 さて、と。時計を確認すると、針は40分を指している。

 手持ち無沙汰にしている後輩ちゃんの所に戻り、山田さんと話したことをそっくりそのまま伝える。素直に頷いてくれたので、きっと大丈夫だろう。

 手帳を開いて今後の予定を考える早坂を見ながら、俺は去年、入学式の帰りに買った『大学生の過ごし方』なる本を渡してやろうと心に誓った。

 がんばれ、後輩ちゃん!



 長すぎる充電期間を経て、ようやく復活出来ました。

 今回以降、投稿日を指定しないでの投稿になります。読者様におかれましてはご不便、ご迷惑をおかけすることになりますが、ご理解とご協力のほど、どうかよろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る