第12話 後輩ちゃんを連れて、古本を探すことになった

 西暦2134年、5月25日。16時48分。


 大学からの帰りに駅前の書店でラノベの新作を試し読みしてると、文芸コーナーをうろつく後輩ちゃんを見つけた。真剣な顔で本のタイトルを見ているが、お目当ての本が見つけられない様子。

 そらから、一般小説コーナーに行ったり、大衆文学コーナーに行ったり、店員さんに何かを聞いてがっくり肩を落としたり。見てる分には退屈しないが、何をやっているんだろう?

 こちらから声を掛けようと思ったら、早坂がパッと顔を上げて辺りを見渡し、俺を見つけた。早坂はぱあっと笑顔になると、立ち読みする客をすいすいと避けて俺の所までやってくる。

 なにこの子、犬みたいで可愛い。じゃなくて、俺に反応するセンサーでも搭載してるのかしら?


 「せんぱーい」

 「よ。2日ぶりぐらいだな」

 「ですね。あの時のキャラメルラテ、ご馳走様でした。美味しかったですよ?」

 「それは何より。で、こんな所で何をしてるんだ?」


 どうやら早坂は、明日の授業で使う本を探しに来たようだった。

 タイトルは、『夏目漱石全集』。その中の、『文芸と道徳』という作品を取り扱うそうなのだが、なかなか見つからなくて困ってるとの事。

 あー、あれか。あれなぁ。

 そりゃ見つからないだろうよ。何しろ、『夏目漱石全集』は200年以上も前に出版された本で、今は絶版になっている。恐らく、古書コーナーにもないんじゃないだろうか。


 「じゃあ、手に入らないってことですか?」

 「だな。しかし、その教授はなんでその本を教材にしたんだ?」

 「さあ? 教授の考えが学生に分かる訳ないじゃないですか」

 「やめろやめろ、元も子もない事を言うんじゃないよ」


 しかし、どうしたものか。青空文庫で公開はされているだろうが、『文芸と道徳』だけをコピーして持っていくというのは恐らく駄目だろう。文学部の講義の事はさっぱりだが、恐らく別のタイトルも絡めて授業を進めていくに違いない。

 俺はさっきまで読んでた本を棚に戻し、しょぼくれる早坂を見下ろす。


 「古書コーナーは周ったか?」

 「一番最初に見てきました。他にも色々巡って来たんですけど、見つからなくて」

 「そっか。そこに無いんじゃ、この書店には無いな」


 よし、仕方が無い。

 俺は買う予定だったラノベを諦めて、この後の予定を変更する。悪いな、富士見フ〇ンタジア文庫、佐久間炎さくまほむら著・『インパルス・ディザイア』。貴様は今日だけ見逃してやろう。

 悪役めいた台詞を心の中で言いながら、腕のプトレマイオスを起動させてアドレスを開く。

 表示したのは、『斑鳩明菜』のメールアドレス。タップして送信箱を開くと、その場でメールを打つ。


 《斑鳩、いるか?》

 《あーい、居るよ。どないしたん?》


 即で返事が返ってきやがった。どうやら斑鳩は暇にしているらしい。


 《お前の家に、夏目漱石全集って本は売ってるか?》

 《うん、あるよ。え、読むの? 楠木が?》

 《俺じゃなくて、後輩がな。明日の授業で使うんだと。今から行くから、用意しといてもらえるか?》

 《あーい》


 よし、これで下準備は済んだ。

 斑鳩の家は本屋で、結構古い本でも取り扱っている。恐らく、斑鳩に言えば大抵の本は用意してくれるだろうが、なるべくなら会いたくない。

 なぜか? 答えは、斑鳩は大の美少女好きだからだ。


 学内でも女限定のド変態として有名で、毒牙に掛かった者は数知れず。斑鳩の生態を知っている上級生は、要警戒人物として近寄りもしないのだが、新入生は必ずと言っていい程彼女の手に落ちる。

 ……決して、悪い奴じゃないんだけどなぁ。早坂はただでさえ高校生のころから可愛いと評判だったし、大学生になって更に拍車がかかっているから、間違いなくターゲットにされる。

 ここは一緒に行って、後輩の貞操を守るべきだろう。先輩としての義務として。


 「早坂」

 「ふわあっ、びっくりした。こほん、はい」


 俺が話しかけると、本棚に手を伸ばしていた後輩が露骨にビクッと身体を竦ませた。


 「いや、そんなびっくりせんでも。知り合いに連絡とったら、早坂の探している本、あるってさ。今から貰いに行くけど、どうする?」

 「本当ですか? ぜひ、お願いします」


 嬉しそうにする早坂とは裏腹に、俺の心境は複雑だ。それが顔に出ていたのか、早坂は眉尻を下げて俺を見上げる。


 「あの、せんぱい?」

 「ああ、いや。早坂が悪い訳じゃないんだ。今から行く書店は、そいつの実家なんだけど、まあ性格に難ありでさ。できれば相手をしたくない」

 「……えっと、具体的には?」

 「早坂位の身長の女性が好み。見た目は奇抜、そのくせミニマム女性をこよなく愛するド変態だ」

 「今日は諦めましょう」

 「よし、行こうか」


 くるりと踵を返す早坂の手首を掴んで、逃げ出そうとするのを防ぐ。


 「先輩、何するんですか。離してください」

 「まあ待て、本が必要なんだろ? 斑鳩、用意してくれるって言うから」

 「そりゃ必要ですけど。でもでも、今から会いに行く人って危ない感じの人なんですよね」

 「さ、行こうか」

 「せんぱい!?」


 これも早坂の為なんだ、我慢してくれ。

 ……まあ、本来だったら俺だけが行くのもアリなんだけど。でも、の所に1人で行くなんてまっぴら御免だ。

 それに、前は1人で本屋に行ったら思いっきり不満たらたらだったからな。しかも、後からあんな美味しい――じゃない、嬉しい――でもない、ともかく大変な目に合わせやがって。

 あの後大変だったんだぞ、夢の中に後輩ちゃんが出てくるし、思い出したら恥ずかしくなって悶絶しちゃったり、大久保さんとも若干気まずくなっちゃったし。

 おのれ、許さん。


 「先輩、まさか後輩を売る気ですか。そんな事はお天道様が許しても私が許しませんよ? 今ならまだ間に合いますから、腕を掴んだ手を放してください」

 「ちょっとうるさい。黙ってついて来なさいよ」

 「……えー。なんでこの人、覚悟をキメた顔してるの? 馬鹿なの、死ぬの?」

 「誰が馬鹿だ」


 やかましいわ。

 結局、俺は嫌だ嫌だと駄々をこねまくる後輩ちゃんをあの手この手で宥め賺し、時に甘い言葉を囁きながら店の外に引っ張り出した。

 想定外のダメージを食らってしまったが、ここまで来ればこっちのもんだ。

 俺は幾分か大人しくなった後輩ちゃんを連れて、件の店へと足を進めるのだった。

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