第21話 「あ、オズさんってもうそんな歳だったんだ」

 しかしそうこうしているうちに、僕は本格的に学校に行かなくなってしまった。アハネと顔が会わせづらい、ということもあった。

 バイトとバンドはどっちも忙しかった。特にバンドの方は、秋の終わりに作った配布カセットの評判も良く、ライヴの動員数も増えてるみたいだった。

 ただ、このカセットには写真を使えなかった。あの時のことがどうしても頭に引っかかって、せっかく撮った写真なのに、僕はずっとカバンの中にしまったままだった。

 代わりに、と二色でなるべく「お洒落な」デザインのインデックスを作って見せたので、メンバーにはうなづいてもらった。いや実際、写真を使ってフルカラー印刷を百枚も二百枚も刷るだけの余裕が無かったというのもある。単色カラーの方がまだコストは低い。


「やっぱりいい感じになったねー」


 とそのサンプルをカセットケースに入れた時、オズさんは言った。


「そうかなあ?」

「うん。俺的には、部屋の中に転がしておいて、友達が来た時恥ずかしくて隠したくなるような奴は嫌だからね」

「友達、ですか?」


 僕はにや、と笑ってオズさんに訊ねる。知ってるんだ。この間、さっぱりとした感じの女性が一緒だったこと。


「……あ、めぐみちゃん、どっかで見たのか?」

「まあ一度。いい感じの人ですね」

紗里さりはそういうんじゃないよ」

「でも、よく部屋に遊びに来るんでしょ?」

「時には寝たりもするけどね。だけど友達。……あー…… も少し言えば、昔の恋人」

「ええええええええ?」

「……そんなに驚くか?」


 オズさんは露骨に嫌そうな顔をした。だって、そんなに驚いた、から久々に声を張り上げてしまったのだ。


「高校ん時、田舎でそういう関係だったの。だけど俺がこっち来てから、自然消滅って感じだったんだけど」

「でも、こっちに居るじゃないですか。……まさか追って?」

「そのまさか…… と言いたいとこだけど、残念でした」


 僕は首をかしげる。


「あいつは向こうで高卒でOLやってたんだけどさ、何かそれだけではやりきれなかったらしくって、大学受け直したんだよ。四大」


 へえ、と僕は目を大きく広げた。それはすごい。


「だからそーだな、今就職活動の真っ最中なんだわ。大変そうだよ」

「へえ」

「俺にはよく判らんけどさ、一浪で四大で女、ってなると、何か就職も大変らしいよ。それなりにちゃんとしたとこ、探そうとしたら」

「……ふうーん……」


 ひたすらうなづくしかなかった。前向きな人なんだな。


「めぐみちゃんは、どうしようと思ってる?」

「どうしようって?」

「いや、就職」

「え」


 その単語が、バンドメンバーから出るとは僕はさすがに思ってなかった。


「だってさ、一応デザイン関係の仕事つきたくて、あの学校入ったんだろ?」

「んまあ、そのつもりだけど」


 休んでばかりだけど。


「手に職があるってのはいいらしいぜ。あいつが言うには。だから紗里の奴も、何か紺色のスーツ着て、慣れないヒールはいて就職活動しながら、資格も取ろうっての。いや~ 俺には絶対真似できない」

「僕は」


 言いかけて、詰まった。オズさんはん? と首をかしげる。


「でもまだ、時間はあるから」

「まあ、そうだよな。めぐみちゃんはまだ若いし」


 そう言って、子供にそうするように、僕の頭を撫でた。


「オズさんだって若いじゃないですか」

「だけど、もうこの世界に入ってから結構なるよ? 俺高校卒業して飛び出してきたクチだから」


 指を折って数える。紗里さんが一浪で今四年、ということは……


「あ、オズさんってもうそんな歳だったんだ」

「意外か?」


 意外だった。あんがいこの人は童顔の部類なので、つい忘れそうになる。


「ま、歳はあまり関係ない世界ではあるからなあ」

「オズさんは、ずっとこのバンドを続けてくつもり?」

「そりゃあ、このバンド、俺はかなり好きだから、できればメジャーに行きたいね。そりゃあまあ、メジャーに行くことがすべてじゃないけど、俺はドラマーだから、少しでも、その世界で生き残るためには、そちら側に入り込めた方がいい、と思うし」

「そういうもの?」

「俺はプレーヤーだからね。ケンショーと違って、曲を作るってことはできない。だけどドラムが好きで、それさえできれば、何の仕事だっていいんだ、本当言うと」

「ケンショーは…… 違うのかなあ」

「奴もプレーヤーと言えばプレーヤーなんだけど、その半分で、やっぱ、『音楽』をしたい、って奴だからさ。俺なんかの様に、ハコバンでもカラオケの裏方でも何でもいい、って奴じゃあないんだよな」


 オズさんは当たり前の様に、そう言った。

 でも実際、確かにケンショーにはそういうところがある。そうでなくちゃ、あっさりとヴォーカルが逃げたから、って次のヴォーカルを探さないと思う。


「じゃあケンショーは、メジャーに行く行かない、よりはバンドで好きなことをやっている方がいい、ってことかなあ」

「……どうだろうなあ」


 そうだ、という答えを期待していたから、オズさんのこの言葉は、少なからず僕を驚かせた。


「それだけじゃ、済まない奴だ、ってのは感じるんだよなあ。何となく。……めぐみちゃんは、どう?」

「え?」


 いきなり振られて、僕は戸惑う。


「どうって?」

「メジャーデビウできる程のバンドになって欲しい?」

「……考えたこともなかった」


 それは確かだ。


「人気が出るのは楽しいよね。確かに。僕は今まで、意識してる時に大声で歌ったことなかったから、歌って、僕の歌が好きで、それを表してくれるひとが居るってのは、すごく、嬉しい。だからそれがどんどん大きくなれば、それはそれで、すごく楽しいことじゃないかって思うんだけど」


 だけど。

 そこで僕の言葉は止まるのだ。

 いっそメジャーデビウを目指してみようか? 僕の中で囁く声がする。それも悪くない、と考える自分が居る。

 それが単に、自分に降りかかる声援が嬉しいからなのか、背中から回される手の熱さと重みが気持ちいいからなのか、その時の僕には判らなかったのだけど。

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