第4話 脱衣催眠

 パチン。もうおなじみの手を叩く音が後輩の部屋に反響する。立ったままトランス状態になっていた後輩が目を覚ます。


「おはよう」

「おはようございます、先輩。今日はどんな催眠——」


 周囲を見回していた後輩が、自分の体を見下ろして言葉を切った。学校から帰ってきて制服のままだ。後輩の顔が、首から生え際まで一気に真っ赤になる。


「きゃーーーー!!」


 後輩が絹を裂くような悲鳴をあげた。どうやら催眠はうまくいっているらしい。


「せせせせ、先輩!あっちむいててください!!」


 両手で身体をかばうような仕草をしながら後輩が叫ぶ。俺は言われるままに後輩に背中を向ける。顔を隠したいとも思ってたし。ここまで催眠がうまくかかると、笑いを隠せない。


「先輩、もういいですよ」


 その声に振り返る。心臓が飛び上がり、口から出てきそうになる。そこには、生まれたままの姿の後輩が立っていた。眉毛を吊り上げながら。


「まったく、先輩が先輩だからといって油断してました。こんな催眠も使えるなんて……先輩の変態」


 腕を組みながら頬を膨らませる。ぷんぷんという擬音が書き文字で見えてきそうだ。


「それで?いったいいつからこの催眠を使ってたんですか?」


 後輩が俺を睨む。


「いつからって、どういうこと?」

「とぼけないでください。催眠にもかかってないのに私が先輩の前でじゃないですか!」


 そう、これが今日の催眠だ。この間のが常識改変なら、今回は常識置換とでもいったところか。


「というか、私今日制服で学校行ってましたよね……ということは、クラス中に私の制服姿を見られてっ……」


 発言の支離滅裂加減が如何にも催眠中って感じがしていいな。そんなことを考えていると、頬を両手で押さえていた後輩が、涙目で俺の胸をポカポカと殴る


「ばかばか!先輩のばか!」


 なんだこの可愛い生き物。いかん、本音が漏れた。


「この催眠は、私以外の女の子に使っちゃ絶対にダメですからね。……というか、私にもダメです!」


 両手を腰にあてながら前屈みになって、小さい子どもを叱るように後輩が言う。大きくはないが形の整った胸が揺れる。


「……それで、先輩。その……使うんですか?」

「え?何を?」


 観賞に脳の処理能力を割いていたせいか、純粋に意味が分からず聞き返す。


「さっきからとぼけてばっかり。……私の着衣姿をオカズにしてしまうんですか?」

「しないから!」


 俺は手と首をブンブン振りながら否定する。いや、これはこれで失礼だったりするのか?


「どうだか。いっておきますが今回の件で先輩の信頼度は0になりましたからね」


 後輩は不審そうにジト目を向ける。


「しないって!お前の制服でその…しないから!」


 今の姿を使わないかどうかは、息子と相談しよう。


「……わかりました。切り替えます。」


 まだ不服そうな顔をしていたが、一度大きく息をすると顔から赤みが引いた。表情が『怒』モードから『楽』モードに切り替わる。


「……じゃあ、先輩。今日はゲームでもしましょうか。私の島、けっこういい感じになってきたんですよ〜」


 後輩はそう言って床に寝転がり、コントローラーを握った。しなやかな背筋、ぷりっとしたお尻。


「……その、ごめんな?」


 俺はそんな後輩の耳元で、指パッチンを鳴らした。催眠解除のトリガーだ。0.38秒の沈黙と硬直。耳の後ろまで、もう一度真っ赤になる。


「っ〜〜〜〜!!!!」


 今度の悲鳴は声にならなかった。後輩はチーターの如き動きでベッドと毛布の隙間に身体を挟み込んだ。俺は脱兎の如く逃げ出した。『エッチな催眠をかけてください』と言われたからといって、やっていいことと悪いことがあるだろうしな。あと単純に、これ以上は俺の理性が保たない!


 ——裸だ。手でまさぐって調べても、完全に裸だ。


「先輩に、見られちゃった……」


 恥ずかしくて、心臓が暴れて、涙目になって、もう感情はめちゃくちゃだった。視界の端には、脱いだ制服が畳まれて置かれている。自分で脱いだことをはっきりと覚えている。


「……ここまでしておいて、なんで逃げるんですか。……先輩のばか」


 見られたところが熱い。ふとももが、大事なところが、おへそが、胸が熱い。


「先輩、せんぱい」


 私は熱を鎮めるように自分の身体に手を這わせた。

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