英雄王の凱旋

トミサト

プロローグ   ※再編済



「ガォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」 




 薄暗い森の奥から、大きな咆哮が響く。



 月光の光が差し込む洞窟の深い闇の奥から発せられたその咆哮は、周りの木々を揺らす程の咆哮であった。





 聖王国の王都ホバンスから遥か南にある山脈に広がる荒れ果てた森の奥地にこの洞窟はあった。

 それ程大きくはない洞窟の奥には、複数の影が蠢いていた。


「―これからどうするの?」


 その一つの影の者が、一番大きい影の人物に問いかけた。


「決まっているだろう。南に行くしかない。」


 その人物は、そう言うと洞窟の入り口付近まで行き、慎重に周りを見渡した。

 

 月光に僅かに照らされたその顔は、人間のものではなかった。

 人間に近い顔立ちをしてはいるが、その口からは大きな牙が生えており、顔の大半が漆黒の体毛で覆われていた。そう紛れもなく、その男は、―獣人である。

 何よりも、下半身は四足獣のそれであった。


「南にいってどうなるんじゃ?」


 洞窟の奥にいた小さな影がそう言葉を発しながら、獣人の男に近づいて来た。


 その小さい影の男もまた、全身が茶色い体毛で覆われていた。顔ははっきり言って猿。―猿人である。

 要所、要所に毛皮製の衣服を着用しているが、人間にしてみたら、パン一状態と変わらない恰好をしていた。


「ジジイは、黙ってついてくればいいんだよ。誰のお陰で今まで生きてこられたと思ってんだ!」


「なんじゃと!それはこっちのセリフじゃ!この前、儂がこの森の果物を獲ってやってんじゃろうが!それにさっきからお前の唸り声がうるさいんじゃ!」


「しょうがねぇだろうが、腹減っていらついてるんだ!」


「こっちだって、腹減ってるわ!」


 獣人、猿人の口喧嘩が始まった。


「はい、はい、そこまでにして頂戴。」


 先程獣人に話し掛けて、その喧嘩を静観していた影の者が、二人の間に割って入り、その二人の頭を撫でるように己の長い両手でその者達の頭を鷲掴みにする。


 その者もまた、人間とは全く異なる姿をしていた。


 長くて細い腕、細い脚、カマキリとバッタを足して二で割ったような顔、いや頭部をしていた。―虫人(?)である。


「止めんなよ!今日こそこのジジイの息の根止めてやる!」


「こっちこそお前の尻の穴に石を詰め込んでやるわ!」


「あ、それ少し気持ちいいかも~」


 その虫人の男(?)の言葉で、獣人と猿人はその場で固まる。

 そして、周りにはシーンといった空虚な静寂が訪れた。

 


「と、とにかく南にいくしかないだろう。それとも北に戻るっていうのか?」


獣人-アズロの言葉に、猿人、虫人、まだ、洞窟の奥にいる者達も、一瞬、大きく息を飲み、言葉を無くす。

 それが、どんなに恐ろしいことであるのか理解しているからだ。


「わかってくれたようだな。ここにはもう、目ぼしい食料もない。それにこのままここにいたら、北の聖王国の連中が俺達を狩りにやってくるかもしれない。俺たちが生きていくためには、南に向かうしかないんだ。」


 アズロ以外の他の者たちは、黙って下を向き頷いた。



 約一年前、あの御方は俺の前に現れた。


 その圧倒的な力に恐怖して従っていた者もいたが、俺にとっては、理想の支配者だった。

 その理由は、長年の人間との小競り合いに飽き飽きしていたからだ。

 俺はこう見えてスケールの広い漢である。

 いつか、亜人達を纏めてこの世の人間達をすべてを滅ぼしてやろうという計略を巡らせていた。

 そんな計略を実行しようか迷っていた時に、あの御方が俺の前に現れたのだ。

 俺は、即座にその強さとカリスマ性に惹かれた。

 そして、その御方―ヤルダバオト様と共に、聖王国を蹂躙した。


 まさに生きいる実感というのはこの事だ、とその時の俺は思った。


 そして、本能が赴くままに、蹂躙を楽しんだ。


 今となっては、黒歴史ならぬ、暗黒歴史であろう。


 しかし、終わりは突然訪れた。


 そう、本当に突然、訪れたのだ…


 魔導王―アインズ・ウール・ゴウン


 すべてはヤツが現れた事で狂ってしまった。


 今でも目を閉じれば、あの時の光景が脳裏に浮かぶ。


 ヤルダバオト様と魔導王の凄まじい戦いの光景が…


 俺は、死ぬ事など恐れてはいないと思っていた。


 人間共との戦いの中で死にそうになった事はあるが、最後まで、勇ましく戦えると思っていた。


 だが、ヤルダバオトという光を失った時、俺は気づいたらその戦場から必死に逃げ出していた。


 俺は恐怖したのだ。

 

 それは自分が死する事の恐怖ではない。


 その死すら生温いと思えるような事をコイツは俺に絶対する!!


 とアズロはその逃亡の最中、そう感じ取った。


 そうした事もあり、アズロは今後、絶対、全体的に、関わらない様にしようと固く心に誓っていた。


 ―あの魔導王という存在に…



 それからは同じく敗走した他種族の亜人達との逃亡生活の幕開けだ。


 その後、俺達亜人達の住処のあったアベリオン丘陵は、魔導国の支配下になったと聞いた。

 俺は、そんなこの世の生き地獄と化しているであろう場所に戻るバカではない。


 そう考えた俺は、まだ、亜人の支配下にあった人間共の収容所をめぐり始めた。

 そんな中、同じ事を考えた違う種族の者達が俺と行動を共にするようになっていく。

 ソイツ等とは、始めは疎遠であったが、行動を共にするようになって、そして、俺と同じように同じ種族の者達からは迫害とは言われないまでも、奇異の目で見られていた事を聞いて、俺は自分が一人でいない事に気付いた。


 そうして、俺は、そんな外れ者達を纏め、リーダーとなったのだ。


 そんな俺達には、この聖王国を南下するしか選択肢はなかった。


 幸い聖王国は、現在、北と南で分裂同然の状態になっている。

 だから、北からも遠く、南からも遠いこの場所まで、無事に辿り着き、生活が行えていた。

 しかし、ようやく辿り着いたこの地も安住の地とはなりえなかった。

 なぜなら、実りが少ない土地のため、この数か月の生活で食料という食料は獲り尽くしてしまったからだ。


 もう、ここいても死を待つばかりだろう。


 それならば、ダメ元で南下して人間共の村を襲うなりして、再度、拠点を作る必要がある。

 こちらの戦力は、十三人。小さな人間の村なら問題なく占領できる。


「じゃあ、明日の朝に出発する。お前たち、準備しとけよ!」


 そのアズロの気合が籠った言葉は、洞窟内に大きく響いた。



 しかし、その時、猿人は眉を顰める。また、虫人もその触角を小刻みに動かしていた。


「おい、ジジイ、ガラム、俺の意見になんか文句でもあるのか?」


 アズロは、怪訝な顔をした二人に詰め寄る。


「こいつ、気づかんのか?相変わらず鈍感じゃの。」


「まあ、そういう所が可愛いんじゃない。」


 二人は顔を合わしながら、小声で談笑する。


「お前たち、何…」


 その時、ガラムの手がアズロの口をそっと塞いだ。


「近づいてくるわ。」


 ガラムが小さな声でアズロの耳元に囁いた。アズロは慌てて洞窟外の森林を見渡す。


 見れば洞窟の外の木々の奥から複数の人影が近づいてくる。その人影群は松明などの灯りらしき物も持たず、ジリジリと近づいて来ていた。

 月が出でいるとはいえ、今は真夜中だ。

 しかもこんな辺境の森である。

 尋常じゃない、とアズロは即座に確信した。


「何者だ?人間か?何人いる?」


 そして、アズロは、焦りながらもそれを隠すように、平静を装い、ガラムに向かって問いかける。

 ガラムの種族は、感覚が鋭い、そして夜目も効く。

 おそらくガラムであれば、この謎の集団の正体を掴めているとアズロは考えたからだ。


「人間。十人。でもおかしいの。生気を感じないのよ…」


 ガラムが自らの触覚をピヨピヨを回転させて慌てていた。相変わらず、表情はわからない奴だが、わかりやすい奴だ。


「ゾンビとかかの?」


 目を暗闇に慣らそうとしているのか、ジジイが目を細めて瞬きをしながらその迫っている謎の集団を確認していた。


 アズロもその答えに心の中で賛同する。

 それならば、こんな真夜中に灯りもなく辺境の森にいる説明がつく。

 ゾンビはアンデッドの中でも、スケルトンに次ぐ最弱モンスターである。

 いくら敗走兵の俺達でも赤子の手をひねるよりも簡単だ。

 いきなりの襲撃で、取り乱してしまったが、平静を取り戻し、息を吐いた。


「だったら楽勝だな。しかし、残念だ。ゾンビなら喰えそうもないな。」


 アズロは、両手を上に挙げて残念そうに首を振る。


「私だったらいけるかも~~~~~。」


 そのガラムの言葉に、再び、アズロ達周りにシーンといった空虚な静寂が訪れる。


「じゃあ、明日の出発の景気づけにアイツらを狩ってやるか!」


 アズロは、その静寂を掻き消すかの如く大声を上げた。そして、背中に携えていた大剣を抜き、構えながら意気込む。


 

 そんな時であった。


 森の中に蠢いていた人影が、森の木々の中から洞窟前の開かれた広場へ足を踏み入れた。

 その人影は月夜に照らされ、その姿をあらわにする。

 その姿を見たとき、アズロ達は一瞬、息を止めた。


 その人影は、ゾンビではなく、紛れもなく人間だった。


 付け加えるならば、聖騎士と呼ばれていた人間と同じ鎧、剣、槍を身に着けた兵士であった。


 間違いなく、ゾンビではない。


 その者達の瞳は、生気がみなぎっているのか薄っすらと赤く輝いていた。

 そして、何よりその歩みは訓練された兵士の歩みであった。


「な、なんじゃ、あいつら。どうしてこんなところにいるんじゃ?」


 ジジイが取り乱しがら慌てふためいた。


「亜人狩りか…」


 声を漏らすようにアズロは呟いた。


 あの戦い以後、北の聖王国では亜人を狩るために部隊が編成されたという噂をアズロは耳にしていた。

 アズロは辺境に逃れることで、運良く遭遇しないで来れたが、その運もここまでだったと確信した。


「アズロ、どうするの?」


 ガラムはそう言いながらアズロの肩に手を当てる。ガラムはその手から、アズロの体が小刻みに震えているのを感じた。


「ア、アズロ!?」


 ガラムはアズロの名を心配そうに呼んだ。

 

 アズロは顔を下に向け、ただ黙っている。


 アズロは自分が震えている事を理解していた。

 そして、その震えは恐怖によるものではなく、武者震いだという事をアズロは確信した。


 今まで、敗残兵としてただ見苦しく逃げ回ってきた。自分が何のために生きているか分からなくなる程に…


(そうだ!!俺は戦士なんだ!!

 俺は、人間共を皆殺しにするために生まれてきたのだ!!)


 久々に人間をみたアズロの心の奥には、かつて抱いていた情熱が蘇って来ていた。


「おおおおおおおおお‼」


 突然、アズロは顔を天に向け、雄叫びをあげる。

 その雄叫びは、洞窟中に響き渡り、洞窟の外にも轟いた。


「ジジイ!ガラム!あいつ等を殺るぞ!!」


 そして、晴れ晴れとした顔でアズロは、後方の二人、いや、洞窟の奥に潜んでいる者達を見据える。


「奥の奴らも出て来い!殺らなきゃこっちが殺られるぞ!」


 そのアズロの言葉にその洞窟内の全て亜人達は、ゆっくりと頷き覚悟を決めた。


 アズロが先陣をきって洞窟の外へと飛び出すと、その者達もそれに続けと勢いよく洞窟の外へと飛び出した。


「コーなったらヤってやるチィィィ!!」


「ヤルヤル!」


「ギャーギャー!!」


「ウォォォォォン!!」


 その数、アズロ達を含めた敗残亜人兵。十三名。

 アズロ―獣身四足獣

 ガラム―人蜘蛛

 ジジイ―石喰猿

 翼亜人、鉄鼠人、etc


 様々な亜人からなる亜人部隊である。いい意味で。

悪い意味では、それぞれの種族の嫌われ者、はみ出し者、etc。といった所であろうか―

 

 あの戦いでヤルダバオトが魔導王に滅ぼされた時、その場にヤルダバオト陣営にいた亜人兵はすべて敗残兵となった。

 当然、敗残兵達は脱兎の如く逃走した。

 その逃走に隊列などの規則性はない。

 そんな中、己と同じ種族同士で団結し合い、あの場を乗り切ろうとする者が殆どであった。

 しかし、アズロ達はその同種族の者達から見捨てられた。

 そんな異種族の爪弾き者の集まりが、アズロ達である。

 言わば、亜人兵の中の搾りカスの集まりと言っても過言ではない。 

 だが、様々な種族が集まり、お互いにそれぞれの種族の長所を活かし、短所を補い合い、助け合ってきたからこそ、ここまで逃げてこられたのだ。

 

 普通、違う種族の亜人同士では対立、殺し合いが当たり前の中、アズロ達はこれまでの逃亡生活で奇跡的に固い絆で結ばれた仲間となっていた。


「来やがれ!人間共!」


 アズロは、亜人達の先頭に立ち、兵士の前にその大きな剣を振りかざし吠える。



「あれ~?こんなところに亜人がいる~」


 アズロの直線上に立っていた若い兵士がいやに落ち着いた素っ頓狂な声を上げた。


「あ、ホントだ!」


「へー珍しい。もう絶滅したと思ってたよ。」


 若い兵士の周りの兵士たちも異常なほど落ち着いていた。

 これから、ここで生死を賭けた戦いが起こる気配がない程に…


「お前達、儂達を探していたのではないのか?」


 ジジイが眉を顰めながら若い兵士に問いかけた。


「えっ。違うけど…」


 若い兵士は、意外な事を聞かれたっという少し困った顔で答える。


「ねぇ、僕達は上官の命令で付近を探索していただけですよね~?」


 若い兵士は、連れの周りの兵士に確認を求めた。


「そうだな…しかし、本当、面倒くさいよなぁ。なんで俺達がこんな辺ぴな所まで来なくちゃいけないんだ?あのコルデオってヤツ、偉そうに俺達に命令しやがって!」


「わかる、わかる。貴族とかそんなのもう関係ねえじゃん。」


「今度、皆でアイツ、ボコっちゃう?他の奴らもきっと賛同すると思うぜ。」


「おお!!イイな!!それ!!」


「それならこういうのはどう?・・・・・」


-という緊張感のない雰囲気で兵士達が談笑をし始めた。対峙しているアズロ達に無防備な背を向けて。


「・・・・・」


 アズロ達は、狐につままれたような顔をして、その場に立ち尽くす。


 そんな中、アズロは他の亜人達からジッと睨まれていた。


 それはそうだ。バレてないのに自分達から敵の目の前に姿を現したのだ。

 まさに、バカの所業である。


(う、ごめんなさい。)


 アズロは仲間達から痛い視線を受けながら、心の中で皆に謝る。


 アズロはそんな人間達を冷や汗を掻きながら観察していた。


(なんだ?亜人と人間って会えば殺し合うのが習わしじゃなかったのか?)


 今まで人間に遭遇したら、即、戦闘であったアズロにとって、人間にこのような態度を取られたことはなかった。そして、これまでの亜人生で人間とこれ程会話した事もなかった。


(もしかして、戦わずに済むのか?)


 さっきまで、やる気満々であったが、このまま戦闘が始まれば、こちらにも必ず犠牲者がでる。相手は聖騎士と呼ばれる訓練を積んだ兵士である確率が高い。

 戦闘を回避できるならば、今回は戦闘を回避する方が得策だろうとアズロは考えた。


「じゃあ…」


 アズロが「今回は見逃してやる。去るがいい…」という決めセリフを吐こうと口を開こうとした。


その時―


「じゃあ。せっかく会えたんで戦いましょうか?」


 アズロの直線上に立っていた若い兵士が満面の笑顔でそう言った。


 アズロはその状況に絶句した。


 今までこうも緊張感のない雰囲気で人間に戦闘を申し込まれた事がなかったからだ。


 これまで、「くたばれ!!亜人!!」と即座に襲い掛かってくる者や、「ギャァァァ!!」と顔を恐怖で歪め小便を漏らしながら向かっている者はいた。


 しかし、こうも穏やかにそして、気軽に命を懸けた戦いを持ち掛けられた事はない。


「それではハンデとして僕、一人で戦いますね。」


 これまた、絶句である。


 アズロから見てその兵士は、アズロの半分ほどの大きさしかなく、細いし、青白い顔をしていた。人間の歳はよくわからないが、おそらく人間で言ったら成人したてというところだろうか。


「ふざけるな!!こちらも俺が一人で相手をしてやる。」


 さすがにアズロにもプライドがある。アズロは一騎打ちを申し出た。


「そうですか。僕はどっちでもいいですが…。じゃあ、やりましょうか…」


 若い兵士は、半ば呆れた顔でその申し出を受ける。


 月明かりの中、広場の中央でアズロと若い兵士が対峙する。

 その距離三メートル程。

 アズロにとっては一足の間合いである。


 周りの亜人達は息を殺しながら、顔を強張らせながらアズロを見守る。

 それに比べて兵士側の者達は、緊張の茶々を入れていた。


「がんばれよ~亜人さん~」


「ダウンしたら罰ゲームだからな~」


「お前、どっちに晩飯かける?」


 ―などと、明らかにふざけていた。


 その野次にアズロの怒りは頂点に達した。

 今までこれほど人間に馬鹿にされた事がなかったからだ。

 同族に馬鹿にされた事はあったが、まだ、その時は相手にも馬鹿にしてやろうという意図があった。

 しかし、これは違う。

 こいつらは俺達を馬鹿以下の存在、例えるなら蟲以下の存在として見ているのだ。(あ、ごめん。ガラム)


「じゃあ、そっちからどうぞ~」


 若い兵士が剣の柄を軽く握りながら言った。


「俺は、獣身四足獣の戦士、アズロ。貴様の名は?」


 大剣を構えてアズロは、兵士の名を尋ねる。


「そういうのいいんでチャチャとやっちゃいましょうよ~」


 若い兵士は、片手で剣を抜き、その剣をゆらゆら揺らしながら挑発してきた。


 その言葉にアズロは顔を歪めた。

 そして、アズロの頭の血管が切れる音が聞こえた。

 それと同時に、アズロはその四足で踏み込み、若い剣士を真っ二つにしようと、その大剣を振りかざす。

 反応できていないのか若い兵士は片手に剣を持った状態で微動だにしなかった。


 高速に上段から振り下ろされた大剣の残像が若い剣士の頭上に降り注ぐ。


(殺った!)


 アズロはそう確信した。


(やはり、俺は人間などより強いのだ。このまま他の人間共も殺ってやる!)


―ガキィィィィィン‼


 周りに大きな金属音が響く。

 それと同時にアズロの手に剣を持っていられない程の衝撃が走った。


 次の瞬間、アズロは自分の目を疑った。


 自分の大剣の刃が粉々に砕かれていたからだ。

 大剣の根元の方の刃は僅かに残っていたが、もう剣としての使用できない状態になっていた。


 そして、その剣が折られる瞬間も目の当たりにしていた。


 そう、剣が頭部に直撃する瞬間。


 若い兵士は、剣を持っていない方の腕を回し、刀身を横から殴打した。そして俺の剣を粉々に粉砕したのだ。

 

 その殴打の速度は、動体視力に自信があるアズロでも残像ぐらいしか捉えられなかった。


「な、なんなんだ‥‥貴様は。」


 その一撃は、アズロの心を砕くには十分の一撃であった。アズロとて、この剣を素手で砕く事は出来ない。


 それを人間のか弱い細い腕でそれを成したのだ。


 そして、若い兵士の腕を見るとアズロは更に驚いた。


 兵士の腕は、大剣を粉砕した衝撃でただの肉塊と化していた。

 そんな見るも無残な状態になっているにもかかわらず、その兵士の笑顔は崩れていない。


 次の瞬間―。アズロに更なる衝撃が待っていた。


 その兵士の腕となった肉塊が、ウニョウニョと蠢きだした。

 そして、その蠢きは小刻みな動きを繰り返しながら、形を変え、数秒後には元の状態…青白い人間のか弱い腕の形に戻っていた。


「き、貴様は…。に、人間ではないのか?」


 アズロは今まで遭遇してきた人間とは、明らかに違うその異様な現象を見て、思わず問いかける。


 (人間は、我々、亜人から比べたら脆弱で、家畜も同然だ。少し、捻っただけで泣き叫ぶ種族のはずだ。

 俺の大剣を素手で砕き、ましては腕が肉塊と化しても元に戻る人間など見た事がない…)


「僕、『人間です』。なんて言いましたっけ?」


 若い兵士のその言葉に、アズロは、ガラムの言葉を思い出す。


(生気を感じない…人間の姿をした化け物…

 ―闇夜の中で最強のアンデッド…)


 アズロは初めて遭遇した。


 話には聞いた事があった。でも、信じていなかった。

 きっと、自分を騙す為に作れたホラ話だと思っていた。


 闇に生き、人間の形をしながら、その数倍の力を持ち…

 痛みを感じず、老いもせず…

 ひたすら血を求める化け物。


―吸血鬼(ヴァンパイア)




「それと僕、この中で一番下っ端なんですよね~。」


 若い兵士の満面の笑みから発せられる言葉は、わずかに残ったアズロの戦意を粉々に打ち砕く。


 若い兵士は、その満面の笑顔で恐怖に顔を歪めた亜人達向かって言った。


「さて、続きを始めましょうか〜」




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