5−1

 呪いが解け、アリーシアは国へ帰ることとなった。

 アンカーディアは馬車3台をアリーシアのために用意し、詰めるだけのものを詰めて帰れと、アリーシアへ優しく告げった。

 ユーシスやラルフも一緒に馬車へ乗ることになった。

 アリーシアは自分の部屋の荷造りをラルフとともにしていた。

「アリーシア様、これはどうしますか?」

「積めるようなら、それもお願い」

 できるものなら全てを持ち帰りたかった。

 ここでおよそ7年を過ごした。

 全てをアンカーディアから与えられた。何も起こらない平穏で静かな日々。

 変化はなかったがたしかに幸せだった。

 そう思うと、アンカーディアと過ごした日々と思いが、手に取る品を通して溢れてきた。

 どれも楽しく幸せだった思い出ばかりだ。

 だから今も、彼を憎むことはできない。

 故国への戦争に参戦するとなれば、心配も尽きなかった。

 アリーシアは、アンカーディアから貰ったお気に入りの薄いバラ色のドレスを胸へと抱きしめる。

「ほら。やっぱり、あんたは自分のこと以外ばかりだ」

 不意にグレンの声がした。窓辺に、漆黒の髪の青年が立っていた。どうも窓まで黒竜の姿で近づき、侵入してきたらしい。

「グレン様!」

 アリーシアは驚いてバサリとドレスを胸元から外す。背へと隠すようにして俯いた。

 ラルフはアリーシアとグレンへと頭を下げると、そっとそのまま退室する。

「自分のこと以外というよりは、アンカーディアのことばかりか……?」

 グレンが揶揄する。その声に嫉妬はなく、どこか面白がる風でもあった。

 アリーシアは隠したドレスを仕方なく自分の前へ、ベッドへと広げた。やはり綺麗で、帰国時にはこれを着ようと心に決める。襟から胸元の白バラの飾りを撫でて、グレンへと笑いかけた。

「だって、私にはアンカーディア様しかなかったのですもの」

「俺だって、ずっとあんたを見ていた」

 だって、を強調してグレンが唇の端を上げた。

「あんたの口癖だ。『だって』『でも』」

「話の腰を折らないでください! もう……」

 アリーシアは腰へと手を当てる。笑顔のままのアリーシアにグレンが近寄った。背へと回り、腕を回して包み込むようにアリーシアをゆるく抱く。

「それで? 俺のことはどう思ってた?」

 体越しに響く声に、アリーシアは少し頬を染め俯いた。

「もちろん、存じていましたよ? けれど、ほら……竜のときには、グレン様は私にとって遠い存在でした。見張りだとも聞いていましたから」

「ほう?」

「けれど……実際にお会いして、なんて美しい生き物なのだろうと驚きました。今の人間のお姿も、もちろん大好きですけれど、もしかしたらグレン様の竜のお姿に一目惚れしてしまったのかもしれないです。漆黒の竜がグレン様だと知り、小さい頃の馬車の思い出とともに、特別な存在になりました」

 アリーシアはグレンの腕に自身の手を添える。

「グレン様は、私にとってかけがえのない方です」

 グレンの腕の中で向きを変えると、アリーシアはグレンを見上げはっきりと言い切った。

「必ず勝って、戻ってきてくださると信じています」 

「任せておけ。必ず勝利を持ち帰ろう」

 二人は互いの背に手を回し抱き合った。

 グレンの胸の中で、アリーシアが小さく笑う。

「明日は、アンカーディア様から頂いたこの大切なバラのドレスで帰国いたします。妬かないでくださいね」

「あんたの気持ちを貰ってるんだ。これ以上妬くと思うのか?」

「少しは妬いてくださっても良いのに」

 身をわずかに離し、互いを見つめ合うと、二人は声を上げて笑った。

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