3−6

 暗い回廊を、アリーシアは一人で地下へ向かって歩いていた。

 3つある塔の内、普段は入ったことのない塔だった。

 アリーシアは蝋燭の頼りない明かりのみで下へ下へと進んでいく。グレンに気づかれないように、小さな明かりをラルフが用意してくれたのだった。

 壁伝いに下り続けて、地下の最下層へと着いた。

「……ユーシス様?」

 一番奥の牢獄へ、ほのかに明かりが灯っていた。

 ユーシスが自身の精霊……今は鷹の姿をした竜アベムに明かりをおこさせているようだった。

「アリーシア、姫?」

 ユーシスが鉄格子を握ってアリーシアの名前を小さく叫ぶ。

 アリーシアはユーシスのいる牢の前へ駆けつけた。

 ユーシスはアリーシアの姿を見て、腕に腕輪を見つけるとホッとしたように微笑んだ。

「良かった。ラルフと話ができたんですね。しかし……格好悪いところをお見せして申し訳ない」

 ユーシスは鉄格子から一歩下がり、優雅にお辞儀してみせる。

 ユーシスの青い装束の肩には、アベムが相変わらずとまっていた。ユーシスがアリーシアの視線に気づき、指先でアベムの喉元を擦る。

「牢からは出られませんが、アベムの力を制約されるくらいで済んで良かった。本当は、身ぐるみ剥がされて城の外へ放り出されるか、最悪殺されるかと」

「ご無事で、良かったです……」

 アリーシアはそろりと鉄格子へと近寄る。話は聞きたかったが、まだ完全にユーシスを信用したわけではなかった。

「それで? 私に話というのは……」

 アリーシアが話を切り出すと、すっとユーシスが真顔になった。

「故国のアルゴン国のことです。……戦争が起こりかけています」

 アリーシアはつい数日前、グレンへ故国の父母の様子を教えてもらったことを思い出した。二人は、国民は、健在だと言ったではないか。

「まさか、信じられません……!」

 アリーシアは鉄格子ごしに咄嗟にユーシスへ詰め寄った。ユーシスは首を振り、鋭く否定する。

「いえ、そのまさかです。相手は以前も貴国に攻め入った北のイジュラ国。私の国、ハイホンは貴国の東に位置する小さな国。もしイジュラに攻め入られるとなれば……貴国と同盟を結んで戦うことをこの度約束しました」

「そんな……」

 アリーシアはその場に座り込んだ。

 北のイジュラ。

 かの国との戦争は、近くはアリーシアが生まれた当時に起こり、それ以前にも歴史書によれば繰り返し起こってきたものだった。北のイジュラは大国で、戦争の度、アルゴン国は苦い歴史を刻んできたのだった。

 一六年前に起こった北のイジュラとの戦争が原因で、旧アルゴン国は滅びかけ、アンカーディア達八人の賢者と契約が行われた。

 そして、たった金貨一枚の不足で、旧アルゴン国は滅び、一歳のアリーシアには呪いがかけられた。

 滅ぶのは、死ぬのは自分だけではなかったのか。国にまた災禍が降りかかるのか。

 当時、国を救った八賢者達はアンカーディアを含めて今や大陸中に散ってしまった。

 賢者たちの守護のない故国は一体どうなるのか。

 アリーシアは鉄格子を掴み、震えた。

「戦争、なんて……私は一体どうしたら……」

「アリーシア姫、しっかりしてください」

 ユーシスが鉄格子越しにアリーシアの肩を掴んで揺する。

「私は、そのために、アルゴン国のためにここまで参りました」

 ユーシスの力強い言葉にアリーシアははっとする。顔を上げるとユーシスがニッコリと笑った。

「私が参ったのは、アンカーディア様に謁見するため。此度の戦争で、アルゴン国に昔のように味方してもらえればと思い……。けれど、それが叶わぬならば……」

「叶わぬならば……?」

 アリーシアは悪い予感に、ユーシスの言葉を繰り返す。

 ユーシスは声を潜め、けれどきっぱりと言い切った。

「私の力で、アンカーディア様の力の源の一部であるグレンを……漆黒竜を殺します」

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