2−3

 ユーシスは森の外れまで来ていた。

 彼を守るのは風の精霊アベムだ。

 ユーシスは自国の白銀竜の守護を受けて、精霊アベムを操れる魔術師だった。森の中の極寒の風も、彼の元までは届かない。

 森から開けた雪原に出て、ふとユーシスは雪原の端で倒れている人影を発見した。

 駆け出そうとして、ユーシスは思いとどまる。

 魔術師アンカーディアの領地内で倒れている人物となれば、彼の兵隊かもしれないからだ。

「どうする……まだ子供のようだが、アンカーディアの手の者かもしれない」

 ユーシスは迷った。

 けれど、最終的にはその倒れている人物に向かって、駆け出していた。困っている人間を、もしかしたら死にかけている人を放ってはおけない。

「どうした、大丈夫か!?」

 ユーシスは倒れている人物に駆け寄り、膝をついてその体を揺すった。

 それは緑の髪をした少年、ラルフだった。

 ラルフは気を失っているようだったが、荒い呼吸で胸を上下をさせていた。

 ユーシスはラルフに息があるのを知ってホッとした。

 そして、口の中で風の精霊に祈りを捧げた。

 呼吸を整え、普段とは違う、静かな声で疲労回復の聖句を唱える。

 「風の精霊よ、願いを聞き届け給え……」

 その願いを聞き届けたのか、柔らかな風がラルフを包む。

 うめき声を上げて、ラルフは目を開いた。

 まぶたをこすり、自身を支える腕に気づいて一気に飛び起きる。

「貴方様は!? 僕は一体どうして……」

 ラルフは警戒してあたりを見回した。ここで暮らしてもう何年も経つ。森を越えてアンカーディアの領地に侵入してきた人間を見るのは初めてだった。 

 ユーシスはラルフから手を離し笑った。

「もう起きれるなら大丈夫だな。私はユーシス。アルゴン国の東にあるハイホンの王子だ」

 鷹を肩に、朗らかに笑うユーシスを見て、ラルフは助けてもらったことを恥じた。

「王子、でしたか……申し訳ありません。助けて頂いて、お礼も言わず」

「いや、構わぬ。警戒して当たり前だ。……ここはあのアンカーディアの領地なのだからな」

 それを聞いてラルフは身を固くした。アンカーディアの領地と知って入ってきた者ならば、アンカーディアの、アリーシアの敵かもしれなかった。

 ユーシスが肩肘をついて、座ったままのラルフと目線を合わせた。青い目が真摯に輝いていた。

「お前は、アンカーディアの手の者か。それとも……アリーシア姫の味方か?」 

 ぐっとラルフは返答に詰まった。どちらも本当だった。

「……どうして、お二人のことをご存知なのですか?」

 ラルフは警戒を解かずに聞き返した。

 ユーシスは小さく笑い、その問をはぐらかした。

「アリーシア姫の味方ならば、謁見をお願いしたい。手引きをしてくれ」

 軽々と頷けるような内容ではなかった。

 ラルフはアンカーディアに拾われ、アリーシアの世話をして生活してきた。どちらにも恩と親愛の情がある。ラルフは目の前の青年の素直な物言いと、2人への忠誠の間で迷った。

「警戒するのも無理はない。だが、……ここにアルゴン国からの密書がある。中身を見せることは出来ないが……ただ私はアリ―シア姫をお救いしたいのだ。呪いを解きたい」

 言い募る誠実そうなユーシスの姿勢が、ラルフの警戒をやや解かせた。

 ラルフは体を起こして、ユーシスの前に膝をついた。

「……アリーシア様の呪いについては、どこまでご存知なのですか?」

「すべてだ。アンカーディアの呪いは二つ。旧アルゴン国の滅亡と、アリーシア姫の24歳での死だ」

 はっきりとユーシスは答えた。

 ラルフは唇を噛む。

「僕はアンカーディア様を敬愛しております。けれど、アリーシア様も救いたい」

「私ならば、彼女を助けることができる」

 ユーシスの自信に満ち溢れた声音に、ラルフはきっと顔を上げた。

「本当に……アリーシア様を救ってくださるのですね?」

 ユーシスは笑った。

「ああ、必ず」

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