1−4

 アリーシアはその晩、寝室で本を読んでいた。

 この城の書庫は……旧アルゴン国の書庫には、一生を駆けても読み終えられないくらいの本がたくさんあった。

 アリーシアは本が好きだった。そして異国の字や、難しい教義などを丁寧に教えてくれたのもアンカーディアだ。

「許嫁殿、入っても?」

 優しい声とともに、寝室のドアが控えめにノックされた。

 アンカーディアだ。

 アリーシアは寝間着の上にガウンを羽織ると、どうぞと入室を許可した。

 時折アンカーディアはこうして、夜にアリーシアのため寝物語に訪れる。お茶を飲み、異国の話をしてくれるのだ。

「いらっしゃいませ、アンカーディア様」

 アリーシアは丁寧にお辞儀して、ふふっと笑った。

 すでに幼い頃から見知っている。そんなにかしこまる必要はないのだが、2人の間でのお約束のようなものだ。アンカーディアはアリーシアを姫や許嫁殿と呼ぶ、アリーシアもアンカーディアへの敬意を忘れない。

 一定の距離を持って2人は触れ合っていた。

「おや……。今日も私の許嫁殿はお美しい」

 アンカーディアも、寝巻き姿のアリーシアへ少しふざけて切り替えしてくる。

 手には赤い花束を抱えていた。どうぞと、アリーシアへ差し出す。

「まあ、綺麗」

 アリーシアは駆け寄り、喜んで受け取った。大輪のバラの花束だ。

 近くで見ても、アンカーディアは出会ったときから一切年を取っていなかった。美しく、気高い魔術師。

 アリーシアは彼を嫌いにはどうしてもなれない。

 ふと気づいて、アリーシアは言った。

「一、二、三、四……全部で一六本なんですね」

「明日が誕生日でしょう?忘れましたか?」

 アリーシアが駆け寄ったときに乱れたガウンの襟元を直してくれながら、アンカーディアは笑う。アリーシアの肩に指が触れたが、襟を直してその指は離れた。

 その代わりにと、身をかがめて、耳元でそっと囁かれる。

「そして、……一年後には私の花嫁だ」 

 アンカーディアからは甘いバラの残り香がした。

 意味がわからないわけではなかったが……アリーシアはどうして良いか分からずに、きゅっと固まってしまった。

 最近はこうして、アンカーディアは今までになく距離を詰めてくる。

「わ、分かっています。……そんなに、近づかないでくださいアンカーディア様」

 しどろもどろに顔を赤くするアリーシアを、アンカーディアは面白そうに眺める。今にも笑い出しそうな顔だ。

 どうも、からかわれたらしい。

「もう、アンカーディア様の意地悪……」

 アリーシアも安心して拗ねて見せた。

 受け取った花束は、ラルフに言いつけて部屋へと飾ってもらう。

 アンカーディアはアリーシアへベッドへ戻るよう言って、自分は側のカウチに腰掛けた。

「さて、今日の寝物語はどうしましょうか。異国の恋物語?それとも哲学の話でも?」

 アリーシアは先程まで読んでいた本をちらりと見た。それは、旧アルゴン国の歴史についての本だった。

 アリーシアは意を決してアンカーディアへ頼んだ。

「私は……アンカーディア様の話を聞きたいです。そして私の話も。どうして、私がここへ来なければいけなくなったのか、それを知りたいとずっと思っていました。アンカーディア様は、たった金貨一枚の不足で我が国を滅ぼすようなお方では無いように私は思います。……お話してくれますか?」

 アンカーディアは僅かに眉を寄せた。

 暫く考え込むと、足を組みアリーシアを見つめ直す。

「良いでしょう。もうお話ししても良い頃だ。あなたには知る権利がある」

 ちょうどよく、ラルフがお茶を運んできた。アンカーディアが受け取り、それをアリーシアへと手渡す。

「良いですか。これは、魔術師との契約の話なのです」

 アンカーディアは話し出した。アリーシアはかたずを飲んで彼の話に耳を傾けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る