レシピ2 カレーを作るよ! いつから私が一人だと錯覚していた?

 待ちに待った土曜日。俺、裕仁は朝から部屋の掃除と最終チェックをする。

 因みに俺は1LDKのアパート、月6万 ※駐車場込み(田舎でこの金額はなかなか高い)に一人暮らしだ。


 ゆめが来るのは今回が2回目である。男として一人暮らしの部屋に彼女が来るわけで期待がないこともないわけだが、今回のメインはあくまでもカレーを作って食べることである。

 やましい気持ちはあまり、ありませんですです。


 予定ではゆめが買い物へ行ってからアパートへ来ることになっている。なんでも準備が色々あるということで午後2時に来てカレーを作る。食べるのは夕方だ。

 まだ朝の6時なので時間はある。もう一度掃除のチェックをしておこうか。


 お昼ご飯はスーパーのサンドイッチと冷凍パスタ(ボロネーゼ)、炭水化物祭りだ。


 ささっとご飯を済ませると三度みたび掃除のチェックに入る。

 別に神経質ではないのだけど、ゆめに嫌われたくない、いや寧ろ誉められたいの精神からこの力の入れような訳だ。

 他の男がどうかは知らないが俺は気になる。「部屋が汚い→フェードアウト」は絶対避けなければいけない事象である。


 掃除をしている内にお腹が落ち着いたのでとりあえず腕立てと腹筋をして夜のカレーに備える。

 時計をチラッと見ると午後1時。そわそわしながら邪心を振り払うように筋トレを続ける。


 ピンポーーン!


 腹筋の効き具合を確かめてたらチャイムが鳴る。時計の針は1時56分……集中しすぎた。

 若干、汗ばんでハーハーいってる俺変態っぽい、とか思いながらインターホンでゆめの姿を確認して玄関を開ける。


「ごめん、ちょっと遅れちゃった」


 マイバックに入った食材を重そうに持っているので受け取って部屋に案内する。


「おじゃまします」

「おじゃましまーーす」

「ちょっと狭いけど、どうぞ」


 2人をリビングの方に案内する……ん? 2人? 俺は狭くて短い廊下を振り返る。

 ゆめと……ちょっと似た女性。


「どちらさま?」


 ゆめは申し訳なさそうな顔をするがもう一人の女性が自ら元気よく名乗ってくれる。


「はじめまして! 私は宗像むなかた 環季たまき ゆめの姉! 人妻です!」


 Vサインで名乗ってくれた訳だが人妻ってくだりはいるのか? ゆめは割りと大人しいけど、環季さんは押しが強そうな人だ。


「ほうほう、君がひろ君ねぇ。ゆめ自慢の彼氏な訳だ。なかなかカッコいいじゃん」


 品定めされ固まる俺、というか近い……


「お姉ちゃんやめてぇぇーー」


 環季さんを必死で剥がそうとするゆめ。うん可愛い。


「あははは、ゆめがそんな必死になるの初めて見た。ごめん、ごめん」

「もう」


 姉妹がほっこりしているのは微笑ましい光景なのだが、俺は状況整理が出来ていない。


「おっと、突然来てごめんねぇ。今日ゆめがひろ君の所に行くって言うからね。間違いが起きちゃダメだからついてきたの」

「えっと、一応社会人ですのでその辺りは大丈夫ですよ」

「ふふふふぅ~間違いってそっちぃぃ?──あいたたたた」


 ゆめが環季さんをポカポカ叩いている。やっぱり可愛い。


「まあまあ、ゆめ初めての彼氏な訳で心配なのは本当だから私が勝手に付いてきたのよ。どんな人かな~てね。

 夕方までには帰るからちょっとだけお邪魔して良いかな?」


 環季さんがごめんねって感じで舌を出して謝ってくる。相変わらず近い! むむ、ちょっとドキッとした自分が情けない。


 そんな環季さんの後ろでゆめが頬を膨らませ不快感を表している。俺は環季さんの体に触れないように手を前に出しながら後ずさりしながら答える。


「えっと、はい。環季さんからゆめの話とか聞けそうですし、喜んで」

「あら、優しいわね。よーーし! ゆめのことなんでも聞いて全部教えちゃう」

「お姉ちゃん!」


 環季さんはくるっと俺に背を向けるとゆめの両肩をガシッと力強く握る。


「………………」

「はひぃ!」


 ゆめが舌でも噛んだような変な返事をする。なんだろう? 何か言ってたようだけど。

 ちょっと汗を垂らしながらゆめが台所の方へ向かおうとする。


「ひろくん勝手に予定変えて本当にごめんね」

「まあ、驚いたけど。お姉さんも心配なんだろうし、ゆめの話も聞けそうだから結果俺的にはラッキーかな」


 そんな俺を見て一瞬だけ表情に影が過った気がしたがいつもの笑顔になる。


「もう、ひろくんは優しいんだから」

「はいはい、私が帰ってからイチャイチャしてねぇ。ゆめは早く準備しなさい。作るの遅いんだから」


 環季さんに催促され材料を持った俺はゆめと台所へ行く。


 * * *


「お米はここにあるから自由に使って良いよ。野菜を切るとか出来るけど本当に手伝わなくて良いのか?」

「うん、私が作るって言ったから今回は1人で作らせて」


 調理器具や食器の説明を一通りした俺は台所から押し出される。

 今回はゆめのお言葉に甘えて環季さんと話をして待つこととしよう。

 冷蔵庫からお茶を出して環季さんの元へ行く。


「あら、お構い無く。ひろくんって25だっけ? しっかりしてるよね」

「いえいえ、そんなことないですよ。結構だらしない奴ですよ」

「謙遜しちゃってぇーーゆめには勿体ないわね」


 お茶を一口飲むと環季さんがちょっと真面目な顔になる。


「こう言うのは一方的で勝手なお願いになるけどゆめのこと優しく見守ってあげてね。あの子一生懸命なんだけど不器用で──」


 環さんがそう言ったとき台所の方で「ひやぁぁぁ」みたいな声が聞こえたような……

 立ち上がる俺を環季さんが制する。


「ひろ君は座ってて、今回はゆめのカレーを食べるのがメインなんだから。

 ほらほら座って、それと私の事は 環姉たまねえ て呼んでね。それ以外は返事しないから」


 そう言い残して台所へ消えていく。

 って何がそれとなんだろう? そしてこのタイミングで言うことかそれ? 環季……環姉って強引な人だ。


 ゆめが不器用かあ、ちょっとうっかりなところはあるが……まだ付き合って日が浅いからこそ見えていない部分があるってことかな? 「優しく見守る」 この言葉は胸に刻んでおこう。


 ────────────────────


 台所に入った私こと夢弓は手帳を広げる。


 一、集中する!

 二、レシピをよく読んでその通りに作る!

 三、アレンジしない!

 四、味見はこまめに!

 五、片付けもこまめに!


 お姉ちゃんとの特訓で得た私の料理の五ヶ条だ。食材を広げる。お姉ちゃんと一緒に買ったから無駄なものは一切ない。


 ちょっと高かったけどお肉はカットしているやつを買ったのでカットでの失敗は無い。

 野菜を切ってジャアーーってお肉と炒めて、グツグツ煮込んでルーをドボンで完成だ!


 もう完成が見えている私は笑みがこぼれてしまう。


 まずはお肉を炒めてと、鍋に油を敷いて牛肉を炒め始める。お肉の焼けるいい臭いがする。


「あ、先に野菜ば切っとくべきやった」


 慌てて野菜を切り始める。玉ねぎが目に滲みる。ニンジンの皮はピーラーでえって、おおぉよく見たら玉ねぎが連凧みたいに連なってますよ。

 ……連なっている部分を手で千切る。ニンジンはちょっと薄く切りすぎたかな。銀杏いちょう切りを意識したらリアルに近付き過ぎたみたいでペラペラだ。


 そうこうしている内にお肉が一面しか焼けていないことに気づく。


「前の私ならここで失敗ばしとったけど、ここは火を止めればよかとよ!」


 冷静に火を止め野菜を切ることに専念する。今までの私と同じと思うなよ!


 玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモの3種類の野菜を切り終える。ニンジンの失敗を糧にして大きめを意識したらジャガイモが8等分ぐらいの大きさになってしまった。素材が生きている。


 むむむ、まな板が汚くなった、何故か土で汚れている。包丁も土で汚れている。


「あ、野菜ば洗うん忘れとった……い、今から洗えばよかと」


 私は3種類の野菜を洗うためにザルに入れるが、野菜の量とザルの大きさが合っていなくて玉ねぎ、ニンジンまでは入るがジャガイモを半端に入れてしまう。

 いや、そもそもザル一杯に入ったこの野菜をどうやって洗うのだ。なんで全部入れた私。


「へへ……」


 グダグダだ……なんか乾いた笑いが出てくる。

 だがここで終わるわけにはいかない! ひろくんの顔を思いだし自分を奮い起たせる。


 とりあえずザルの野菜を洗う。だが一番下の層に玉ねぎ、2層目にニンジン、3層目に少しのジャガイモの3層構造の前に水は下まで浸透せず、上層のジャガイモ層で大半の水が弾かれていく。


 流しが弾かれた水でびちゃびちゃになっていく。ちょと悲しくなってくる。


(ゆめ! 諦めるな!)


 と、ひろくんの声が聞こえたことにして、お肉を炒めを再開。まずはコンロの火をつける。

 弾ける肉の油を見て物足りなさを感じてしまう。油が足りないかな? 油を継ぎ足すことにする。


「あ、入れすぎた」


 お肉が油に浸ってる。温まってバチバチ弾け始める油を前に菜箸を構えてガードのポーズをとる。

 お肉は炒め物から軽い素揚げにクラスチェンジを開始しそうになっている。


「野菜ば炒めなって……まずは玉ねぎ」


 最下層の玉ねぎを必死で取り出そうとするが取りにくい……とりあえず炒める為に手に握った野菜、8割が玉ねぎ(ゆめ調べ)を鍋に投入する。


 熱した油に水の付いた玉ねぎが投入されれば当たり前だが激しく水と油は反応してバチバチと弾け始める。


「ひやぁぁぁ」


 油の弾幕で私は悲鳴をあげてしまう訳なのです、はい。

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