16話 修行2


 トットが快楽的に指を鳴らすたび、俺と新木さんが戦う舞台が変わる。

 ただしどのように空間が変わろうとも、壁が出来ることだけはない。

 現在いる空間は、地面…というよりも床は木目張りで、夜のように暗い。

 この空間を優しく照らすのは、唐突に現れた月と灯篭だけだ。

 ぼんやりと明るいだけなのに、なぜか視界ははっきりとしている。

 ただどちらにせよ新木さんの素早い動きは目で捕らえられない。

 そのため空間の明るさなどもはや些細な問題だった。

 静寂の中、先に動き出したのは新木さんだった。

 地面から足を一切離さずにすり足で新木さんが接近してくる。

 およそ素早く動けるとは思えないその移動方で、一瞬にして目前に現れる。

 すり足は移動における体の上下運動を抑える働きがある。

 よって体幹を安定させ、移動における隙を殺すのが目的だ。

 つまり移動している間にカウンターを合わせようと攻撃しても、隙を晒しているのは自分だったりする。

 余談だが、この説明はさっき新木さんから直接教わったものだ。

 もう何度も新木さんと剣を合わせているが、武術における基本動作をここぞとばかりに見せつけられている。

 おそらく彼は剣道や、刀術の経験者で、そうした武術の概念とも言える基本の全てをその身に宿している。

 洗練された一つの技術というのは、子供の俺から見ても美しい。

 しかし、俺は彼がすり足で移動していることを確認していた。

 つまり徐々に目が慣れ始めている。

 戦闘における基本などまるでない俺からすれば、とてもいい練習になる。

 おそらく新木さんもそれを理解して、あえてそうした動きをしている。

 俺に稽古をつけてくれているのだ。

 

 新木さんが剣を横なぎに振るった。

 風切り音が数瞬遅れて俺の耳に届く。

 そんな速度でも、俺は刀を立ててその一撃を受けていた。

 しかしその威力に上体が流れる。

 筋力差が如実に出ている。

 新木さんが剣を反し、もう一度逆方向に剣を薙いだ。

 すでにバランスを崩している俺は、それにフレーム回避で対応する。

 しかし新木さんの剣は、俺の間近で突然静止した。

 ある意味機械的ともいえるほどで、人体の動きではない。

 俺が足踏みしてから丁度一秒後、再度剣が動き始める。

 剣が止まった隙にバランスを立て直し、俺は彼の斬撃を受けた。

 そう、俺はすでに完全にフレーム回避の性質を見切られていた。

 俺だけでなく、もちろん新木さんも戦闘中に学習する。


「おぉ~さすがだね。」


 トットが感嘆の声を上げた。

 新木さんはフェイントで俺のフレーム回避を引き出し、俺のその一動作を隙に変えてしまっていた。

 もちろんフレーム回避は連続使用できる。

 ゲームあるあるのクールタイムが無い為、非常に強力だ。

 ただ連続使用しても、同様の手段で隙に変えられてしまう為、少なくとも乱用できない状況に追い込まれていた。

 体勢が立て直せず、俺はそのまま押し切られる。


「一色君、君のフレーム回避は確かに強力だ。でもまだ戦闘に完全に馴染んでいるわけではないみたいだね。圧倒的に不足している経験を埋めよう。」

「ありがとうございます。でも力量差がかなりあるから、手加減して欲しいくらいですよ。」

「それは君の為にならないよ。これから僕たちがやろうとしていることは、それほどまでに困難だ。」

「…新木さんほどの人がそんなに警戒するなんて。もしかして描絵手の元に来る"帰還者"は知り合いですか?」

「知り合い…ではないよ。彼らは僕のことを知らなくても、僕は彼らのことを知っている。シェルにとって彼らは憧れの存在だから。」

「なるほど。できればちゃんと情報を教えて欲しいところです。」

「それはもう少し修行を進めてからにしよう。今は集中するんだ。」

「…してますよ、ずっと。」


 今度は俺から踏み込んだ。

 俺の踏み込みにカウンターを合わせれば、フレーム回避で無駄になる。

 新木さんはこの修業の間にそれを理解していた。

 なので半歩下がりながら俺の接近に対応する。

 体の動きのみで俺の攻撃を正確に見切り、躱す。

 すると新木さんは目の前で素早く回転、勢いのままに剣を薙いだ。

 俺は咄嗟に屈んでそれを回避した。

 しかしそれを知っていたかのように、新木さんの膝が眼前に迫る。

 その光景が見えた瞬間、今度は俺が回転して膝蹴りを受け流した。

 新木さんが目を見開いて小さな笑みを見せる。

 彼は俺が自分の想定外の動きをすると、こうして嬉しそうにする。

 なんとなく彼のことを理解してきたが、俺がゲーム馬鹿だとするのなら、新木さんは確実に戦闘馬鹿だ。

 こうしたやり取りに娯楽的快感を得ている。

 もしも彼から正義感を取り去れば、連続殺人鬼にでもなっていただろう。

 そんな失礼なことを考えながらも、俺は彼の次の動きに対応していた。

 攻防は転じて再び彼が剣を薙いでくる。

 俺はその攻撃を受けようと刀を立てつつ、足元の動きでフレーム回避を発動。

 結果新木さんの剣は俺の刀を通り過ぎた。

 俺のフレーム回避は触れているものまで透過してしまう。

 フレーム回避発動中に服が脱げないのも、おそらく服や刀を含めて俺の一部だという判定基準だからだろう。

 しかし他人は透過できないのだから、万能とはいかないようだが。

 そして俺はそんな性質を利用して動きに虚(きょ)を混ぜだ。

 そのまま立てた刀を新木さんの方へと突き出す。

 しかし新木さんはそれにつられることなく、直ぐに動きを修正する。

 半身になるように体をずらし、美しく突きを回避した。

 俺の刀というよりも体の機微から、俺の動きを先読みしているのだ。

 戦闘を重ねるにつれ、俺もそれを理解していた。

 対人戦があるゲームなら必ず起きる読み合いだ。

 俺は突き出した刀を薙ぎ、新木さんを追撃した。

 すり足のせいで半身をずらす行動に隙は無く、今度は剣を立てて俺の刀を受けようとする。

 俺はフレーム回避を発動し、あえて薙いだ刀が新木さんの体を通り過ぎるように修正した。

 そして逆方向からもう一度刀を薙ぐ。

 新木さんはまた目を見開き笑みをこぼすと、屈んでそれを回避した。

 さらに次の瞬間、俺から距離と取る。


「今のは危なかった。…一色君、自分では気づいてないだろうけど、君は間違いなくある種の天才だ。こと戦闘における"発想力"において、君ほど豊かな人間を見たことがない。普通応用は基本が出来てからなんだけどね。」

「褒めてもらえるのは素直に嬉しいですけど、まだ一撃も当たってません。」

「"まだ"…ねぇ。確かに君と僕の実力はかなり迫り始めている。」

「やっちゃえ契躱!パンイチ変態だけどかっこいいよ!」

「全裸小学生、応援ありがとう!」


 俺は再び踏み出す。

 だが今度は新木さんも同時に踏み出してきた。

 正確に踏み込みの瞬間に合わせ、俺の体をそのまま通り過ぎていった。

 というのも透過中に俺の体に何かが残ると、それは反発ではじかれることが発覚したからだ。

 もしも透過中に俺の体内に剣が残った場合、それは俺の体外に強制退場。

 そんな性質もこの空間で理解することができた。

 この修業が無ければ、そんな重要な情報にも気づけなかっただろう。

 背後に通り過ぎていった新木さんの攻撃を予想し、俺は屈んだ。

 新木さんの刀が頭上を通り過ぎる。

 俺がそのまま回転しながら彼の方へと向くと、彼はまた笑っている。

 見もせずに行動を読まれれば笑いたくもなるだろう。

 俺も新木さんにやられていたからわかる。

 もちろんゲームでもFPSで同様の経験があるが。

 相手から自分の動きは見えていないはずなのに先回りされた時には発狂。

 コントローラーを床に投げつけるのが王道だ。

 もっとも、それくらいなら今の俺にもできるが。

 回転しながら新木さんの足元を薙ぐと、新木さんは少しだけ跳んでそれを躱して見せた。

 俺はそのまま新木さんの方へと跳んだ。

 今度は俺が彼の体を通り過ぎる。

 彼は跳んでいるため、振り返ることはできないはず。

 俺は振り返ることすらせず、そのまま背後へと刀を突きだした。


 ビュンッ!


 F1が通り過ぎた時みたいな音と共に、新木さんがぶっ飛んだ。

 俺はその光景が理解できずに立ち止まった。

 

「おや"バックスタブ"が発動したみたいだね。」

「なるほど、てか威力高すぎない?新木さんぶっ飛んだ先でピクついているぞ。」

「だって君が試練に釣り合わない力を要求するから、攻撃倍率だけめちゃくちゃ上げといたんだ。でも威力は調節できるはずだから、練習するといい。」

「そうだな。これじゃ余りにも簡単に人殺しになれる。」

「ハハハ、面白い表現だね。」


 新木さんは暫くピクつくと、ようやく立ち上がった。

 今の所俺からは背中しか見えない。

 手足、首を優しく振って調子を確認しているようだ。

 それが終わると、彼はようやくこちらに振り返った。

 悔しそうな表情が見れるかと思いきや、彼は満面の笑みだ。

 本当に"戦闘馬鹿"なんだなと、改めて確信した。

 彼はまた転移に思えるほどの移動速度で俺の目前に現れた。


「いやぁ、一本取られたよ。真後ろから飛行機に轢かれたのかと思った。あんな一撃人生で受ける経験ないよ。ありがとう。」

(旧時代の移動方法を例えに出すなんて、分かり辛いな。ジェネギャだ。)

「ざ、斬新なお礼ですね。死ぬほどの一撃を与えて礼を言われる日が来るとは。」

「でもまぁ死ぬことなんて向こうじゃ経験したくないし、お礼は言うよ。それに君が強くなればなるほど勝率が上がって、僕は嬉しい。」

「確かにそれもあるでしょうけど、一番は戦うのが楽しいからですよね?」

「…ばれた?こんなに楽しいのは久しぶりだよ。限界の扉が次々に開いていく感覚があるから、ここからは僕ももう少し本気で行くよ?」

「…まだ本気じゃなかったんですか?」

「当然、腹六分目だ。」

「言葉の使い方間違いすぎてて指摘するのも面倒臭いです。」

「詩的表現…さ。」

「いえ、絶対に違うと思います。」


 瞬間、新木さんが再度踏み込んできた。

 今日何度目かの戦闘再開。

 俺は確実に強くなっている。

 描絵手を守ると決めた、あの瞬間から。

 

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