禁句:Knit

ステラ

第1話

 私は飛蝶ひちょう あかり

 人類最後の魔性耐性を持った人間だ。

 仲間は皆、天国へと旅立ってしまって、一般人類など既に淘汰された世界に溺れている自分だが、誰が立てたかも分からないビルの屋上で、私は冷たい風を感じながら辺りを見渡していた。


 きっと、ここには、数多くの人々が居た国だったんだろう。それが、今では御覧の有り様だ。誰が作ったか分からない建物の数々は瓦礫の山と変わり果て、絶望に打ちひしがれた私にとって、ただのゴミでしかない。


 ――でも、あぁ……。

 親に復讐をしたかったな。こんな化け物にした親をこの手で殺したかった。

 『お前の為だ』なんてカッコ良さげに言いやがって、思い出しただけで虫唾が走る。誰一人、私の事なんて考えていなかったじゃないか。

 

 仲間と一緒に助けた一般人でさえ、私を見ては化け物呼ばわりしやがるんだから。荒んだ心に一体、私はこの世界に何を見出す事が出来る?

 絶望が渦巻くこの世界で、誰一人居なくなった時――私は誰に助けの声を叫べば良いんだ。


 そうだ。一心不乱に叫んだって、眼が真っ赤に腫れ上がる程泣いたって、顔が歪むぐらい怒った所でもう誰もいやしないんだ。


「だから、死んでもいいよね。お姉ちゃん」

 

 手元にあったナイフを首元へと向ける。自らの命を絶とうとした所で止める者は誰一人居ない。居ないのだったら、もう死んだって構わない。


 軽く涙を流し、上唇を噛む。分かっている。死にたくはない自分もいる。ただ、目の前のやつれた現実とお別れしたいだけなんだ。刃が首元へと近付き、ごつごつとした皮膚が切られていく。

 

 人とは思えない青い血が流れたと思えば、痛みが私を襲う。怖い。


「――っ!」


 一気に、私は首を刎ねた――筈だった。


「おい、何やってんだよお前……」


 私の手をガッチリと捕まれ、強い握力で私の行動を捻じ伏せてくる。ピクリとも動かない。まるで、常人とは思えない力で止められている。

 そんな状況に私は苛立ちを覚えた。早くこの世から消えたいのに、と。


「放っておいてよ、貴方には関係ないでしょ」


 居ないと思った筈なのに、まだ生きてる人間が居たなんて思いもしなかった。

 だとしても、関係無い。私は相手の事を気にせず、手に持ったナイフに形振り構わず力を入れた。


「関係ない訳あるかよ。ったく、横暴なお嬢ちゃんだ」


 言葉を交わして、数秒にもかかわらず、私はソイツから腹を殴られた。力強い一発、耐え切れずと嘔吐してしまう。余りの衝撃に、手から持っていたナイフが落ち、地面へとぶつかっては酷く鈍い音が出る。


「――っ何すんのよ!あんた、女の子に手を出そうっての?」


 喉元から感じる胃液で焼けたようなあの感覚に嫌な気分を覚えながらも、私は彼を睨む。お腹を抑え、うずくまる私の他所に、何故かソイツは涙を流していた。震える唇を必死に抑え、ソイツは喋り始める。


「勝手に死のうとしてるやつが何言ってんだ。第一、止めようとしてるのが聞こえねぇのかよ」


 私はもう疲れたのだ。知りたくもない。


 「死なせてよ、お願いだから」と、懇願して私は言うと、ソイツの眉がピクリと動き、掴んでいた手を放して、勢いよく私の頬をビンタしてきた。


「何すん――」


 咄嗟に文句を言いかけた私の声を遮るように


「うるせぇ!」


 と、気圧されるような威圧でソイツは叫んだ。

 

「家族も仲間も、友達も、誰一人居ないこの世界で折角見つけた一人を死なせてたまるかよ!」

 

 ――――あぁ。

 彼もまた、同じ化け物だったんだ。


        *          *          *


 パチパチを燃える枯木で作った焚火は、私達を温めてはくれない。

 皮膚は凍り付いたように硬く、唾液は毒性混ざり、自分の血は穢れた青い血。

 夜空に煌びやかに光る虹色の天体オーロラは、まるで見透かすように輝いていた。


 あの後、彼と落ち着いて話す事になった。勿論、泣かれた彼を放ってはおけなかったからだ。本当は何も知らない相手の事など本当なら考えたくもなかった。けれど、どうしても私は彼に私と同じ心境を写してしまった。

 

 自分だけが取り残され、自分以外と思っていた世界の成れの果てに、生きている者と会えた嬉しさはきっと同じなんだろう。勿論、そんなのは勝手な解釈でしかない。ただ、仮にそうだとしても同じ生きていて話せる者同士、何となく、通じる気持ちがあった気がした。


「ねぇ、ところであんた、名前は?」


 私はそう聞いた。すると、幾何学きかがく とおるとボソボソと聞こえるか分からないぐらいの声で喋ってきた。

 先程の生死を振り切るように泣きながら叫んだような顔は無く、どことなく恥ずかしそうに見えた。


「飛蝶 灯よ」


 宜しくと思い、手を差し出した。握手をしようとするが彼は動きもせず、ただじっと見つめていた。どうやら彼は握手を知らなかったようで、私は手を手で繋いで、仲よくしようという意味だと伝えた。


 そして、手をつないだその瞬間。たった数秒の出来事なのに、あったかく感じられた。

 滑らかとは言い難い手触りなのに、それにも関わらず人の手として感じられるのは私や彼にもまだ心があると言う事なのだろうか。

 頬が微かに赤くなっていると私が自覚し始めた頃、照れくさそうに彼は、振り解き手を焚火周辺へとかざす。


 彼もまた恥ずかしかったのだろう。顔も隠すようにして、何処となく昔の友人に重ねてしまう。


「ふふっ」


 何故か、私は腑抜けた笑いが出てきた。むしろ、気が緩んで出てきた嬉しい笑顔と言った方が正しいかもしれない。


「なんだよ、気持ち悪いな」


 それに対して、彼はちょっと引くような顔してきた。


「いや、ね。ちょっと嬉しくて」


 予想外の言葉だったのだろう。彼の顔は、分かりやすく困惑していて、はぁ?と口から漏れていた。気持ちは分かる。この崩壊しきった世界で誰が嬉しい気持ちなんてなれるだろうか。あるのは絶望だとか失意とか、きっと誰だって悪い言葉ばかり浮かぶ事だろう。

 彼もまた同じだ。同じように誰かを失ってきたその辛さが分かるからこそ、私の命を救おうとしたに違いない。


「私以外にも人が居た事、そして出会えた事。そりゃあ死にそうになってた奴が言う言葉じゃないんだろうけどね」


 私は彼の――通の顔を覗き込み、瞳を見つめながら言う。

 炎が燃え盛る焚火の他所に、それ以上に燃え上がるような情熱的な深紅の瞳はとても綺麗で、美しかった。


「嬉しかったんだよ?助けてくれた事、あの高台でさ」

「……偶然見えて、何かヤバそうだったから来ただけだっての」


 照れ隠しのような言葉に対して、私は少し意地悪をしてみた。


「えぇ、そうね。そうかもしれない。でも、そうだとしても来てくれた事は変わらないでしょう?」

「それとも、何かしら。ヤバく無かったら来てはくれないのかしら?」


 私は、茶化すようにそう答えた。彼はそれに対して怒った。

 でも、何故か笑っているようにも見えた。

 それが私にとって、今以上にこの世界を楽しんでしまっている表れである事

 これから彼と楽しい思い出が始まる。それは今でも覚えている。


 ――そう覚えているんだ。


 ざぁざぁと降り注ぐ雨の中、思い出の記憶から現実へと帰ってきた。

 そう残酷で、惨めで、それでいて、希望なんて言葉とは程遠いこの世界へと。

 いつまでも、思い出にひたっている訳には行かない。


 もうここに彼は居ない。


 居たら、どれだけ嬉しかった事か。嬉しいってもんじゃない、奇跡だ。神だって信じてやる。酷く降りしきる雨の中、彼女は泣き叫んだ。思い切り、悲痛な声を表一杯に出した。

 だが、それは雨音と共に消されていった。


chapter 1

【遠い未来、きっとまた貴方に会えたら、それは"ありがとう"だ】

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