第2話「ハートのチョウ」

 珍しく人を救った僕は、宿に寄った。特段することはないが、とにかく落ち着いてノートを読みたかった。懐が少し温まったとはいえ、まだ寒いままだ。早い内に「全面鋼鉄のハダ」を見つけて殺さなきゃいけない。そしたら死体を運搬して、この町から去って...やることいっぱいじゃね?マジ、働きすぎ。

 まだ昼にもなってないのに、宿屋の食堂に居る理由は1つ。殺した「毒する者リサ」から手に入れた「どこでも作れる毒薬の作り方」っていうノートだ。このノートによると、詳しくは毒薬というよりもは痺れ薬に近いらしい。そう、気づいたかもしれないけれど、今回僕はスマートに毒殺しようと思う。肌がめちゃくちゃ堅いヤツと解体用ナイフでヤり合うのって、きっとかなり疲れるしナイフもすぐにダメになると思う。宿屋から「全面鋼鉄」の話も聞いてみると、割とこの小さい町であれこれヤらかしちゃってるらしい。きっとここら辺じゃハダの印象は最悪なんだろうな。これも好都合。


「むむ....後はこのハートチョウが何たるか分からないんだよな......市場に行けばあるのかな?チョウバタフライっていうぐらいなんだからひらひらしてるアイツのことだろう?」


 ここの店主なら何か知っているかもな?


「店主ーー!!どこだー?ちょっと来て欲しいのだけど!」


「昼ぐらい寝かせろこのクソ迷惑客!」


 あー...これは......すでに彼の体内時計は、繁盛しているおかげで逆転してますね。嬉しい疲れじゃないか。あとは僕のことをクソ呼ばわりしなけりゃ100なんですけどね。なんつってw


「あぁ...これは。小ちゃい頃に旦那にいっぱい見せてくれたヤツかもしれないねぇ?懐かしいわねぇ。」


 あ?誰だ?恰幅の良いエプロンおばさんが話しかけてきやがった。身なり、言動からしてここの女将さんか?


「カミさん、そりゃなんだ?僕もソイツをプレゼントしてやりたいんだが、どこに行けば見つかるんだ?」


 考えるフリなんてしやがってコイツ。ハッタリだな。いいからさっさと吐くんだよぉ!


「市場には無いねぇ。そのかわり、町を出てすぐの森ならどこでも見つかるわ。」


 そ、そうなのか。この町には兵士に捕まったときに馬車で無理やり連れて来られたので、世情だとか土地勘とか、疎くてなぁ。しかし文化が大して変わらないところで良かった。ホントに。賞金首は大衆に嫌われたら終わるからな。マジで。リンチされて人生終了とかままあるぞ。その情報としてはもう使えないので、酒場にはあんま出回らないんだよけどね...

 ちっとばかし僕の昔話を聞いてくれるか?僕のダチの1人が、少し気難しいヤツだったんだけどな。ちょっとエラいところのお嬢様の癪に障っちゃったみたいで。リンチに見せかけた農民たちが行った殺害があった。だが、この国のお邪魔虫なのは確かなので、政府はこれを事故死と断定し放置。ついでに死体も放置だな。この情報が僕のもとへ来たのは、2年後の夏の話だ。僕はその現場に急いで行って、せめて死体を埋めてやろうと思ったんだけどねぇ。見事に白骨化した状態だった。それもうじ虫がうじゃうじゃのな。蒸留酒エールをかけて消毒する場面を農民に見られて、放置するよう言われたが僕は無視して続けたさ。そしたら農民たちが囲ってきやがった。やっぱダメだったんだろうなぁ。だから僕はこう言ってやったのさ!


「この世に弔わずに放置してイイ死体なんてない!」


「え、急にどうしたのさ。怖っ。」


 ってな。まぁもちろんそんな事は思ってない。そう思ってたら僕は「毒する者リサ」の死体をあの場に放置なんてしない。僕の方便なんだけどさ......そしたらそこの公爵のエラいお嬢様までこの話が耳に入って、危うくそこの公爵の執事にされるとこだったので埋葬してその村からズラ刈った。次にアソコへ入った暁には、村人のみんなから頬にキスされて顔中ツバまみれだろうなwおっと、いかん。最後のはただの誇張表現だ。気にしないでくれ。


「ねぇ、アタマは大丈夫かい?なんか変な名言飛び出てたけど。」


「いや、大丈夫じゃない。ハートチョウの特徴を知りたい。あと、黒ビール中。ここの黒ビール、旨いね!」


 カミさんが右手を掴んでブンブン振ってきた。この時代の人間にしたら距離が近いな。僕が賞金首だったらうっかり刺しちゃうところだぞ...あ、賞金首だったわw


「だろォ!?自分の舌で味わって、選んで、仕入れた自慢の一品なのよ!アンタ、分かってる客だからちょっとだけツケとくよ。」


「そ、そうか...不必要なんだが......」


 自分の食う分ぐらい自分で払うんだけどな。あんま他人の施しは受けたくないんだよ。

 後で何を請求されるか分からんから、引っかかっちゃたまったもんじゃない。そうだろ?

 結局カミさんに押されて黒ビール2杯目を飲んで、ほんの少しだけのほろ酔いで留めておいた。


「そんじゃ、お勘定。」


「はいよ、2杯で160ガルド。」


「は?たったそれだけなのか?」


 僕の質問にウィンクだけ返して答える。あぁ、コイツは勝手に40ガルドぐらい引きやがった顔をしてる。しかし本当によいのかな?ここはあの昼夜逆転野郎の持つ店なのに。勝手に差し引いちゃっても。

 僕は240ガルドを渡して去った。ちょっと前にも言ったように、こういったチップなどの支払いはちゃんとやった方が自身の身の為だ。さ、運び屋のところへ行こうか。死体を回収しなくちゃ。

 ハートチョウの特徴もちゃんと聞いた。ピンク色で、飛び立つ時に少しの鱗粉をばら撒いて周辺の生き物を痺れさせるようだ。きっとその鱗粉も、生き残るための知恵なのだろう。だがそのような力を持ったからこそ、この先人間に搾取される運命にあるのだろうと考えると、少し哀れなようにも感じる。今回僕がやるのは、あくまで捕獲であって、駆除ではないので問題はない。

 宿屋を出てしばらく大通りを歩いていると、裏通りのところに読めない字の書かれた小さな看板が。これが運び屋がいる証拠。この看板はおそらく依頼受付中と書いているのだ。おそらく....うん。

 運び屋っていうのは、何も死体に限った話じゃない。むしろ手紙や輸送品を運ぶのが、元々主流だったのだ。重さで累進課送料がかかるようになっていて、まぁ上手い具合に出来ている。賞金首の首狩りは、その重さをなるべく減らす為に血抜きをする。または、頭だけを切り取ってそいつを運ばせたりする。一応念を押して言っておくが、これらの作業は動物や魚を食べる為の解体の工程ではなく、ただだけに人の死体をバラバラにしてんだ。ホント、首狩りの仕事ってのは汚いよな。今回は血抜きをせず頭だけを持っていくが、胴体にも少し用がある。


「さっきの女の子は...うんうん、居ないな。言いつけ通りちゃんとすぐにここを離れたようだねー。」


 早速、解体用ナイフで胴体を切り開く。すでに死後硬直が始まった身体は肉も、固まって少し刃が入りにくい。だが硬直のある今のうちに胸を切り開かないと、この冷たさがある程度無くなってから食えるようになった肉に、ハエやうじが群がる。

 鎖骨から横隔膜に、縦に開く。肉や肌の繊維は、身体の中枢から末端にかけて縦に走っている。そこに沿って切ることを意識すれば、作業時間は10%近く削減出来る。

 ちなみに、僕がなんでリサの胸を切り開いてるのか分かるかな?これは全部ハートチョウの為だよ。カミさんの話によると、「心臓ハート」に寄ってくるそうだ。どうやらこの虫はなかなかの食通らしい。


「うわー......コイツの心臓えらくちっこいな。こんなんで集まんのかよ....っとと、アタマはちゃんと布でくるんで、縛って...よし。あ、ちょっと髪の毛出てるけど...まぁいっか。バレないだろ。ていうか長髪すぎるでしょ。これじゃ研究の邪魔になっただろうに......」


 例えどんな死体だろうとなんであろうと、僕は捌くときはどうしてか独り言が多くなる。これはガキんちょのころから生まれついての癖だった。もしかしたら腐りきった僕の性格のうち、人殺しをしても救われたいという気持ちがどこかにあるのかもしれない。もう人を殺めた時点で人の道を踏み外してんだから、救われるなんてとても思っちゃいないが。


「なぁ、運び屋。生首の運搬は受け付けているか?」


 僕は布にくるんで縛ったそれを指先でつまんで、運び屋の居る路地裏へさっさと向かっていた。


「ひっ!?な、生首!?」


 あー......この反応は望み薄みたいっすねぇ。汚れたものは引き受けないタイプの運び屋だね。まぁ仕方ない。若手の男の子っぽかったから、慣れてないのも。

 僕は他の運び屋をあたろうと踵を返したところ......


「待ってください!あなたは首狩りですよね?手数料は頂きません、なるべく速く政府へ生首を提出します!だから、命だけは取らないでください。」


 コイツ、「首狩り」が何たるかを誤解してるな?こりゃ当然正さなきゃならない。そうでなければきっとチクるだろう。ここはフードを取っておくべきかと判断した僕は迷わない。どうせ運び屋に依頼する「首狩り」は「賞金首」なんだからな。僕が誰であるだとか、そういう信用は勝ち取っておかなきゃならない。

 ほら、今日の朝に僕が言った通りでしょ?こういう信用や好感は、後々僕の命を救ってくれる。救ってくれるとまではいかなくても、自ら敵を増やして命を危機に晒す必要はない。これが生きる術。全ての行動は、生きるためになくちゃならない。そうだろ?


「あー、誤解してるようだが、首狩りっていうのは何も気に入らないヤツを殺す人間のことじゃないんだ。君と同様、必死に生きる為に働いてる。......まぁ、その内容がちょっと汚いのが難点なんだよ?僕と君は仲間なんだ。手数料ぐらいきっちり払うし、チップも弾む。焦らなくていい、ゆっくり確実に届けて、僕のもとに賞金を渡してくれないか?」


「......は、はい。そうですね。ごめんなさい。お母さんから言われたこと、鵜呑みにして、僕は今まで生きてきましたので....」


 僕は男の子の頬にゆっくり手を当てて怯えを少しでも減らそうと尽力する。なるべく笑顔で、接するんだ。分かったな?リムラン。


「でも、僕の話を簡単に信じていいのかい?僕は気に入らない人間を狩る悪い人だって、お母さんに教えられたのだろう?」


「いえ。自分からフードを取って顔見せる人に...こんなにてのひらが暖かい人間に、悪い人なんて居ないと思うんです。誰かの言葉より、僕は自分の目を賭けることにしました。」


 良い目だなぁ......だが見る目がない。僕は完全な悪人だ。世の中の悪人を悪人というのなら、僕はきっとそれらよりもタチの悪い「極悪人」とでも言おうかな。だって、国に邪魔者扱いされているのに大衆から信頼を勝ち取って、君達を肉壁にしてるんだ。自分の目で、自分の意思で全て判断するにはまだ幼すぎると思うのだが...母親は一体どこへ?


「僕、お母さん譲りの勘の鋭さがあると自負しています。運び屋は自分の命が危うくならないように素早く目的地に目的物を届けるべく、我々は洞察力と未来予測できるほど回転が速い頭を有さなければ食べていけません。そうですよね?」


 お、おう......僕が説法してから、この子の目が変わった気がする。もしかしたら、要らないスイッチを押しちゃったのかもしれませんねコレ。


「それでは、その生首を測量しますので、どうぞお借りします。重さは9ポンドですね。では1200%の手数料を頂きます。108ガルドですね!往復分で216ガルドです。」


「その、良いのかい?生首の運搬なんて依頼してしまって...」


 と言ってちゃっかり340ガルドを支払う僕はホント性格ねじ曲がってんな。

 この町に来てから、驚かされてばかりだ。自分がちっぽけな存在に見えてくる。皆1人1人、それぞれ1つのドラマを持っていて、それを尊重しあって無数の大きな樹を作っているような。それを見せつけられた気分なんだよ。


「いいんです!あなたと出会った瞬間のことと比べたら、なんか吹っ切れちゃいましたね。それでは、1週間以内にまた同じ時間に、この通りの向かいの酒場で待っております。」


「うん、じゃあね。」


 僕は努めて笑顔で手を振る。輝いてるなぁ....僕はあんな時代はあっただろうか?うーーん....ナイね。


「これからもビッグサック郵便をご贔屓にー。」


 ......え、会社の一員だったのかよ!どおりで暗算が早いもんだと思っていたんだよ...まずいことしちゃったかな?!汚れ仕事の依頼は個人業の方が、情報が広まらなくてイイんだけどなぁ。





 その後の僕はというと、森で童心に帰って虫捕り...なんてちゃちなもんじゃなく、オトナの本気の「虫取り」をすることになった。予定していた通り、ハートチョウの鱗粉だ。話によるとソイツの鱗粉は案外強いらしく、まともに受ければタランチュラも3時間ほど弛緩して動けなくなるらしい。気をつけないとうっかりオオカミちゃんに心臓ハートをやられるので、慎重にやらなくちゃな。

 森をゆっくりと入ると、もうすぐそこに2匹のブツが居た。春なので絶賛交尾中なのだが.....なんだか1匹だけ様子がおかしいんだよね。死んでる?イヤ、痙攣してるだけだから、生きてるな....おい!まさかwいや、でもそんなマヌケなことってあるのかよ!?


「メスの鱗粉を浴びて弛緩したところを犯されてる....うわー、昼からショッキングなもん見せるなよなぁ...」


 んー、でもしばらく観察してると、オスの方も満更ではなさそうに見えて....おいおい、ハートチョウのオスってのはこんなマゾばかりなのか?確かにこんなもんばっか見てたら、「毒する者リサ」が絶倫、ロリコン、レイプ魔になるのも分からなくはないかもしれない。こりゃ結構ショッキングすぎるわwwきっとリサも生まれた頃からああだったわけではないに違いない。そう祈っておこう。ふふん、初めて人間に生まれてよかったと実感してるわぁ....

 メスが肉食系なのは理解したが、おちおちゆっくりも見てられない。僕は「毒する者リサ」から取ったヒョロい心臓を近くに投げた。しかし、肉に対する反応がない。あれ?だって、ハート心臓に近寄ってくるってカミさんは確かに言ったぞ?...間違った情報を僕に教えたのか!?はぁ......こりゃあ改めて問い質さなくちゃなぁ......

 僕は大急ぎで宿に戻って、カミさんを呼んだ。


「なぁおい、ハートチョウに人間の心臓を与えても反応しなかったぞ!」


 おかしいよね?確かにハート心臓って言ったハズ。


「は?アンタ、なんてもん使ってんだい!このハートだよ、コレ!」


 そう言って、カミさんは手でハートのマークを作る....あー、そっちだったか。トランプで使うようなだったのかよ....!ややこしいな。


「冷静に考えりゃ区別がツくだろう!アンタ、ガサツで人のこと理解しようとしてないね?嫁が手に入るのは修羅の道だよそりゃあ!」


 嫁....うーん、嫁ねぇ....「首狩り」をしている間は、考えたことがなかったな。皆知っての通り、首狩りは少なくともクリアーな仕事じゃない。1度始めたら、それこそ死ぬまでその肩書きは消えない。


「人間の心臓って...アンタ、なんて物を...」


 しかも、人殺しを愛する女なんてそうそう存在しない。男も等しくそうだろうが。


「僕がこの仕事をやめても生活できるくらいお金が貯まったら、嫁について考えることにするよ。」


「うん、そうしときな!」


 そんなのは詭弁だ。だって、首狩りの仕事は

 やめることが出来ないのだから。それは口に出せずに、この会話は僕の退去で終了した。

 ハートのモノにはアテがある。どこにでもある花の花弁だ。コイツの匂いと形でおびき寄せて、僕はグローブで獲る。簡単だ。

 さっきのショッキングな現場へ移動したら、1匹だけしかいなかった。あれ?あのオス、まだ弛緩してるのか......


「これじゃこの花もイラねーなぁ。なんか僕が殺しておいて言うのもあれだが、お前も不幸な人生だったよな。同情するよ....」


 呆れ半分、同情半分。

 それでは、レシピ通りに作るとするか。チョウごと0.3ポンドの水で薄めて、これをただ煮詰める。煮るときに注意しなければいけないのは、出てくる湯気だ。くれぐれも吸わないようにしなければならない。触れてもダメなのかよ。これ、うぜぇなw

 火はマッチで枯葉をいこらせて、木で火を強くする。その間にもお玉で混ぜとかなきゃいけない。

 綺麗な透き通るピンク色になれば、冷ましてから、予め買っておいた小瓶に入れる。木のコルクで蓋をする。こんなのが本当に痺れ薬として効くのか?


「お、もう夕方なのか......結局昼飯を抜いて真剣にやっちまった。まさか僕が薬研やげんをするとは思わなんだ。これはこの先殺すつもりの賞金首にも使えるだろうなぁ。」


 しっかり煮詰めたので、掠りでもすればどんな大男でも一定時間は確実に動けないままだ。もっと濃くすれば、それこそ兵器として使えるほどだ。だから、こんなものが出回ってしまえば国が崩壊する。そりゃ僕も本意じゃねぇ。この小瓶は僕が責任を持って管理しなければ。僕はポーチにしまう。肩掛けバックなんて持っている首狩りもいるが、それでは戦闘が起きるたびにそこら辺に捨てなきゃいけない。逃げられた時にパクられる可能性だってある。多少機動力は落ちるが、やはりポーチの方が良いわ。


「毒する者リサ......ヒョロいただの変態だと思っていたが、こんな才があったのか。殺しておいて正解だったのかもしれない。」


 帰り道。僕はワンサイズ大きい深緑の外套を買って、それを羽織った。

 泊まる宿は、黒ビールを飲んだあの宿だ。宿代は晩飯、朝飯付きで870ガルド。今回はツケもサービスも無いから、キッチリと同じ数を支払った。

 今日で使った金の総額は、メシ代と宿泊代で1810ガルド、服代は623、薬研キットというか雑貨代で300、総額で2713ガルドだ。銀行の預金はまだあるとはいえ、必要な緊急出費でそろそろ懐がキツい。

 この時代の銀行は金持ちの御用達でしかなかった。なぜなら、券の発行に多大なお金が掛かるからだ。君たちのところで言うカードみたいなもん。他ではなかなかお目にかかれない高級な木を使って利用者の名前をそれぞれ金文字で彫っているので、それはまぁお高いわけ。でも、1度発行したらもう金を使う必要はない。あとは金利で徐々にお金が少し増えてくだけ。僕も券を購入するのにどれだけの人を殺したことか...しくしく。

 このメシ代と宿泊代、どう考えても3日持つとは思えない。ここは僕のサバイバルの腕の見せ所か?ん?

 晩飯はトマトのナカをくり抜いて、そこにひき肉やら色々ツッコんだものだった。食べる前から少し眠たくなっていたが、めちゃくちゃ旨かったのは覚えてる。朝飯は芋と野菜と卵を、雑多に焼いたもんだった。別に寝てないけど、夢心地だった。別に寝てないけど。その後、僕は宿を発って、東の溶岩洞へ駆け足で向かう。痕跡を辿るのは得意なので、見込みでは今日中に狩れる。

 宿でハダの情報を集めてみた。ヤツはこの町で銀行の強盗、僻地で元々数の少ないであろう兵士を数人殺害、喧嘩勃発で民衆を数人殺害。こりゃ悪逆非道ですねー。懸賞金2000ガルドの上昇じゃむしろ少ないくらいだな。これじゃハダを殺した時に町の人に必要以上の好感を持たれちゃう。それは寧ろ良くないが、生活のため、僕の犠牲になれ。ハダ。

 あ、そうだ。そのことで思い出したんだが、この前のダチが殺された村の話には、実はウラがある。お嬢様に執事にされかけたと言ったが、正確には捕えられるトコロだった。そっから強制的に執事にさせられてただろうなぁ。多分、アイツは婿に入ったらマトモな女にならねーぞ?





「ほい、到着。ただの戦の跡だけど、一応警戒しとこか。」


 自身の感覚を研ぎ澄ます。暗いけど松明は使わない。もしハダが居たら、バレる。そしたら死ぬ。対面してマトモに戦ったら、死ぬのは僕の方だ。だって、訓練された兵士5人とヤって勝ったんだよ?僕はそんな事はまだ出来ない。自分の腕に自信がないわけじゃなく、ヤツはそのぐらいの強さがあるということだ。これだけ強くて頼もしいなら、性格もどうにかすれば良いのにねぇ?


「お、これは....なるほど。ここを通ったわけだな。」


 洞窟には小さい池のようなものがあって、足が付く程度の深さだった。そして、ナカの砂地に足跡が7人分ある。ん?7人分だと?あと1人は誰だ?助手かなんかか?歩幅を見る限り、1人は女だ。攫われたってことはないだろう?あの巨漢なら、腰を片手で持って抱えられる。つまり自分の意志で来ている。とでも言うのか?


「やっぱり、往復分の足跡はハダの足跡だけか。相変わらずデケー歩幅だなぁ....ん、ちょっと待てよ?水が少し濁ってる...元々綺麗な水だ。砂が巻き上げられるような出来事があったんだろう....そう、例えば、人が最近ここを通った、だとか。」


 まさにその通りだ。少なくともおとといだとか、昨日のことじゃない。しかし、女の方の歩き方には迷いが見える。まっすぐ、一定の歩幅じゃない。例はあまり見ないが、僕の同業者の首狩りか?ここが殺し合いが生まれた現場だと、知っていながら入ったんだな。そして今も居る。死んでいるか、生きているかは定かではないが確かに今もこの溶岩洞の中に居る。

 こういう追跡は大好きだ。見れば見るほど洗いざらいここで何が起こったのかが分かるのが楽しい。変態だろうか?いや、変態じゃないだろ。


「ふぅ...松明の火は付けないでおいて正解だった...!警戒はしておいてしすぎることはあんまないからな。さぁ答え合わせだ。中には女が1人だけ入っている。どうだ!?」


 幸い、中は明かりの影響で眩しいくらいに明るい。覗き見てみよう。......ビンゴ!ちょっと嬉しいねぇ。白い外套に赤い斑点の柄の女だ。なんかセンスが悪趣味だなぁ?血しぶきを連想させるぜ。周囲に人は当然居ない。ここは慎重にクリアするぞ....

 僕はヤツの後ろに、足音を立てずに忍び寄る。そして前から首をホールドして解体用ナイフを胸に当てる。成功。もちろん、首がすぐには折れない程度にホールドしますよ?


「...!ぐあっ....」


「これ以上強くされたくなかったら、参りましたって言うんだよ?」


「まいり....まじだっ....!ゲホッ!」


 僕は胸に当てていたナイフを逆手に変えて、懐とポケットをまさぐる。何か凶器を持ってないかクリアリングしなくちゃね。....よし、凶器がないから同業者じゃない!解放!


「コホッ、ゴホッ!ゴホッ!」


 わお、また咳き込み方が上品だなぁ。しかし、同業者じゃないってんなら一体誰なんだ?


「君の正体は?職業は?年齢は?なんでここに来たんだい?」


 ここで洗いざらい吐かせる。こんな奇妙な謎をそのまんまにしてたまるかよ!


「私はユメと言います。職業は....ないです。年齢は19歳。目的は...その、お、お恥ずかしいのですが.....人を探しに来ました.......」


「ん?人に?それってもしかして、全面鋼鉄のハダかな?」


「最初はそのつもりでしたが、今は違います。腰抜けリムランっていう人に、会いに来ました。」


 ん?僕に?なぜだろう?ここはもう1回別人のフリをしてみるか...?ていうか、座り込ませたままなのはちょっと後味良くないな。手を差し伸べよう。


「腰抜けリムラン?どうしてそんなヤツに会いたいんだい?」


「あ、ありがとうございます。その、理由はちょっとお話し、するのは.......」


 は?今ちょっとイラっときたんだけど。何だ?命が惜しくないのかな?


「もう面倒だ!命が惜しくないのか!洗いざらい吐け!」


 僕の声は反響してうるさくこだましていた。その大声に驚いたのか、女は耳を押さえた。なんか泣きそうな顔になってるけど、これ僕が悪いのかな?勝手に1人で泣いてるだけだよね?


「あの、え、えっとえっと。その、ヴァ、ヴァージンを....ヴァージンを守ってくださいました!」


 え?処女を守る?そんな事する人間じゃないんだけど、僕。社会のポジション的に破るサイドでしょw実際は破ったことないけど....うるせー!チキン違うわ!腰抜け違うわ!

 話を進めよう。まだ別人のフリをして話を聞き出そう。


「どうして僕を...いやいやいや、彼を探しにここへ?」


 しまった、ボロが出た!


「会ってお礼でもしたいなと思いまして!」


 無視してくれた...へぇ、役得だな。こんなに綺麗な子にお礼をしてくれるだなんて、お前さんもやることやってんじゃねーか。さも他人事のように言ってるけど、自分事だよ?


「そ、そうなんだ....へぇ。ヤツのヴァージンを取るつもりなのか?ww」


「取ります!」


「取んのかよ!?」


 あぁ、ダメだ。思わずツッコんでしまった。冗談を冗談で返されるのはさすがに想定してなかったわ。話を続けよ。


「あれ、でもさっき確かにって言いませんでしたかね?」


 あー、ダメだ。これは形勢逆転されたかな?





 時間と場所は変わって、野営地地下。リムランを助けた幼なじみ。


「......何をすればいい?」


「話が早くて助かります。聞けば、彼と貴方は幼馴染だそうですね?准尉?」


 なんであんな事をヤっちまったんだ。俺は後悔の溜息しか出せない。今俺の前に立っているコイツは、生意気な後輩だ。女みたいな話し方をしているが、ただの生意気な男だ。ナニを見たことがあるから間違いはない。...ないよな?しかも、妙に腕が立つ。


「それじゃあ、何をしてもらおっかなー♡ふふん。彼の殺害、なんてのはあんまり面白くないしー....うーん....」


「....さっさと決めやがれ、男女。」


 やたら妖艶なしぐさしかしなくてこっちも困ってるんだよ。お前は1回マジで犯されろ。


「じゃあ、こんなのはどうです?」

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