第13話 自覚×初恋

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「おはよう、美瑠〜!」


梅雨の時期には有難い晴れ間模様に、クラスメイトの心も踊っていた。

私を囲む人は、いつも決まっている。

「おはよう〜」

自分の席座って、ランドセルから教科書やノートを取り出す。


これは、私の日課。


友達と一つの机を囲むように集まって、冗談話やら噂話やらを聞く。

最近は、色恋沙汰の話がほとんどで、誰が付き合ったとか、誰の事が好きとか、そんな事ばかりだ。

けれど、私はそれを聞くことは苦じゃないし、寧ろ人によって見える景色が違うことが魅力的に思う。

ガラガラと、教室の扉が開く音と共に一人の男子がその名前を呼んだ。

「お、優太久しぶりじゃん!」

「久しぶりってか、おはよう。」

その名前を耳にするだけで、心臓がドクンと飛び跳ねる。

背中越しに聞く彼の声は、実に四日ぶりだ。

土日を挟んだせいで、笹月くんの声を聞くと懐かしさを感じる。

笹月くんの友達らしき人物が振った話題には、私に後ろめたい気持ちを持たせる。


「にしても、雨の中走って帰るとか……お前馬鹿なの?」

「るっせぇ。たまにはそんな気分になったんだ。」

「どんな気分だよ、それ……。」

別に、笹月くんを責める為に言った言葉では無い事は分かってる。

寧ろ友達としての茶化しであると頭では理解しているのに、私の足はうずうずしていた。

今すぐに、笹月くんの所に駆け寄って「違う、そうじゃない」と声を大にしたい。

けれど、私がそんな行動をとった所で、笹月くんには何の得も無い。

それどころか、クラスの空気を悪くさせるだけだ。

……それに、笹月くんを励ましてあげられるのは、私じゃない。


『いい、良いってば!お粥くらい、一人で食べられるって!』

『ええー、風邪の時くらいお姉ちゃんに甘えてよぉ〜』

『いつも甘えてるじゃん!不本意だけど』

『でも、お姉ちゃん的には愛してるまで言ってくれないと、甘えているには入らないんだよ?』

『……どの口が言うか!』


一昨日と昨日、盗聴器で笹月くんの様子を聴いていたけれど、やっぱり彼を元気づけてあげられるのは、あの人だけ。

土日に笹月くんの家に行って、勉強を教えている。その合間合間に、色んな事を笹月くんにお願いしている謎の女子高生。

あの人の情報はほとんど無い。成績が良くて、進学校に通ってるって事くらいしか知らない。

あとは……確か笹月くんと昔に出会っている、らしい。

天真爛漫で、いつもにこにこと笑っているお姉さん。

笹月くんにとって、あの人は特別な存在だ。

私じゃきっと、あそこまで笹月くんの元気を取り戻してあげられることは出来ないだろう。

私は所詮、ただのクラスメイトだから。


こんなにも私は何も出来ないのかと、自分の不甲斐なさを思い知らせれる。

胸が張り裂けそうな痛みが、私を襲う。

苦しいよ。どうして私は笹月くんの隣に居れないんだろう。

私だってもっと、笹月くんの役に立ちたい。笑顔にさせてあげたい。

私だって——……。


「——あ、美瑠ちゃん!」


私は背中から聞こえてくる声で我に帰った。

くるりと腰を曲げて振り向くと、そこには笹月くんが笑顔で手を振っていた。

パタパタと上履きを鳴らせて近寄ってくる笹月くんに心臓が飛び跳ねる。

ど、どうしよう、何を話せば……!!

「美瑠ちゃん、この前は大丈夫だった?」

そう問い掛けてくる笹月くんは、私に合わせて少し軸を落としてくれていた。

「あ、うん! それから、傘返すね。本当にありがとう!」

私は、自分の机に掛けていた傘を笹月くんに手渡す。

大丈夫かな、私声裏返ったりしてなかったかな。変な空気出してない、よね?

自分の傘を受け取った笹月くんは、いつもみたいに優しく笑ってくれた。

「良かった、美瑠ちゃんが風邪引かなくて。」

笹月くんの笑顔に、言葉に、仕草に、私の胸は酷く締め付けられる。

どうして彼はこんなに優しいのだろう。

私に向ける笑顔はいつだって暖かくて、心がポカポカする。


心臓が高鳴って、やけに五月蝿い。

笹月くんに気付かれでもしたらどうしよう。

目頭も熱いし、泣きそうになる。

それを精一杯抑えて、私は笹月くんに笑い返した。


「笹月くんが居てくれたからだよ!」


その言葉と同時に、私はやっと気付いた。

そうだ。そうだよ。私は笹月くんが居てくれたから、こんなに心が踊るんだ。

笹月くんを盗聴したり、後をつけたりしてたけれど、それは全部彼が魅力的だったから。

でも、今なら分かる。はっきりと言える。


——私、笹月くんの事が好きなんだ。



今更になって自分の心を自覚するだなんて。

「えっと……そう言って貰えると嬉しいよ。ありがとう、美瑠ちゃん」

笹月くんは笑ってそう返す。

ああ、ずるいよ笹月くん。その笑顔を見るだけで、私は今世界中の誰よりも幸せ者だって思えちゃうんだよ。

「こ、こちら、こそ……。」

なんでかな。前はもっと上手に話せていたはずなのに。

今は笹月くんと二人で話すと緊張して、声が出なくなって。何を話したらいいのか分からなくなっちゃうよ。


「はーい、みんな席に着いてー。」


ガラガラと教室の扉から担任の先生が入ってくる。

「じゃあまたね、美瑠ちゃん。」

「う、うん!」

また笹月くんと二人で話せるかな。色んな話をしたいな。

もっともっと笹月くんの事を知りたいな。

最初は盗聴だけで満足していたはずなのに、私ってわがまま。

今はもっと、笹月くんに近付きたいって思ってる。


クラスメイトの誰にも、あのお姉さんにも渡したくない。

私が笹月くんを笑顔にしてあげたい。喜ばせてあげたい。

自分の中にある、どうしようもない欲の数々は、私が笹月くんを好きだから。

そっか。そうなんだ。なら、私はもう止められない。自分自身の気持ちも、思いも。全部。


——笹月くん。私、全身全霊で伝えるよ。この気持ちを。



それは、梅雨に入る前の晴天の日。

心地良い風が窓から吹き抜けて、私の心を軽くしていく。

燦々と輝く太陽は、きっと私を応援してくれる、よね。

最初の一歩は小さくても、私は絶対に笹月くんに追いつくよ。

だってこれからは笹月くんの後ろじゃなくて、隣を歩いてみたいから。


私は、ゆっくりと窓から差し込む光に目を向ける。

ちゃんと見ていてね、私の味方さん。

スタートは少し、不利な状況かもしれないけれど、ここから巻き返して見せるんだから。


だって……。


——私の初恋は、始まったばかりだもんね!

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