第7話 弁当×デート?

拝啓、天国のお母さん。


新しいクラスにも少しずつ慣れ始めました。最近は美瑠ちゃんという女の子とも仲良くなって、楽しい学校生活を送ってます。

一ヶ月も経てば、最高学年としての生活も日常にそまり、僕はそこそこ充実した日々を送っています。

さて、世の中はゴールデンウィーク一色に染まっていますが、僕もその中に紛れて今日は……ピクニックに来ています。

それもお姉ちゃんと二人きりで……。


「さあ、優くん! お姉ちゃんお手製弁当だよー!」


家族連れで賑わう市立公園、そこにある緑の丘にビニールシートを広げている僕達。

二人分以上ある大きなビニールシートは、まるで彼女のワクワクした気分をサイズで表していた。

最近は、お姉ちゃんの行動や言動にも慣れてはきたけど、流石に大勢の前でとなると話は別だ。

ビニールシートの上で体を固めて正座している僕に、通りがかった子供が指を指す。

「おかあさーん、あのお兄ちゃん何やってるの?でぇと? おませさん?」

「こら、早く行くわよ!」

——いや、明らかに僕より年下の幼稚園児がなんでそんな言葉を知っている!?

っていうか、僕はませてない!!


なんだか、周りから白い目を向けられている気がして、冷や汗をかいてしまう。

そんな僕とは裏腹に鼻歌交じりで楽しそうに弁当箱を広げているお姉ちゃん。

彼女の心の強さが羨ましい。

「じゃんじゃじゃーん!」

今どき珍しい三段のお重からは、色とりどりの料理が並んでいていた。

どの料理も見た目だけではなく、陳列までこだわっていて、似たような色の料理が隣同士に並んでいる場所が一つもなかった。

これには流石に僕も声を漏らしてしまう。

「す、すごい……。」

それが僕の心からの言葉である事を一瞬で見抜いたお姉ちゃんは、自慢げに鼻を高くする。

「でしょでしょー!お姉ちゃん、頑張りましたからね! なんと朝四時起きです!!」

ふん!と自慢げに鼻を高くするお姉ちゃん。

くそお、お姉ちゃんを喜ばせる気はなかったのに。

お姉ちゃんはテキパキと手際よくお昼の準備を進め、大きなバックから紙皿や割り箸を出す。


「よし! 優くん、準備出来たよ! 」


その言葉に顔を上げて、早速料理を食べようと——。

そこでやっと気付いたのは、僕の分の皿や箸が無いことだった。


「僕の箸は? 」


単に用意し忘れたのかと一瞬でも思った僕、残念だけどお姉ちゃんがそんな抜けているわけないじゃないか。

大体に、こういう時のお姉ちゃんが何も考えずに準備を進めるわけが無い。

この一ヶ月の間、この人がどんな性格をしているかなど痛い程味わった。

お姉ちゃんは自分の前にある皿と箸を持って、にこりと笑った。

「ここにあるよ? 」

そうだった。

ゴールデンウィークで忘れていたけど、今日は土曜日だ。

そう思い出した時には時すでに遅し。

全てを察し、うんざりする僕の目の前でさわやかに笑いながら、けれど有無を言わせない圧を放つ女子高生。

「だって、お姉ちゃん、今日は優くんの為に頑張ったんだから……お姉ちゃんのお願い、叶えてくれるよね?」

「うっ、うぐっ」

ここまで準備をして貰って、流石に嫌だと首を横に振ることは出来ない。

というかもしもそんな事をしたのなら、お姉ちゃんが大声で号泣する事間違いなしだ。

後々になって後ろ指を指されるのも嫌だし、朝の四時に起きて色々と僕の為に作ってくれた事は紛れもない事実だ。

それを踏みにじるような事は、僕の良心が許せない!

お姉ちゃんの顔にはデカデカと『早くあの言葉言って』なんて書いてあるのが見える。

ああ、結局はこうなるのかと思いつつ、今日だけはお姉ちゃんの好意を汲んであげるしか無いのだと悟る。

そうして、今日も今日とて屈辱的な思いをしながら僕はそのセリフを口にした。


「お、お姉ちゃん……僕を……あ、甘やかし・・・・・・て……?」


お姉ちゃんはご満悦そうに「おまかせあれ!」と笑顔で笑ってみせる。

茹でダコのように顔を赤らめる僕の前で、お姉ちゃんは料理を皿に盛り付けていた。

卵焼き、ウインナー、野菜炒め、生姜焼き。

色々なおかずをよそってから、僕の僕の方を見てニヤリと笑う。

「それじゃあ、優くん。」

卵焼きを一口サイズに箸で切ってから持ち上げ、それを僕の顔に近付ける。


「はい、——あーん」


周りにいる沢山の人達からの視線が突き刺さる。

ヒソヒソと僕達を話題にする声が四方八方から聞こえてきて、僕はぎゅっと目をつぶった。

大きく開けた口は、プルプルと、震え始める。

箸が上唇に当たって、卵焼きのほんのり甘い香りが口の中へ広がり始める。

ぱくっと口を塞いで卵焼きを何回か咀嚼した。

「美味しい? 」

お姉ちゃんの楽しそうな声が聞こえてくる。

「お、美味しい……。」


本当は、恥ずかしさで全然味なんか分からない。

ほっそりと目を開けてみると、お姉ちゃんが嬉しそうに笑っていた。

この時にやっと気付いたのは、お姉ちゃんの手に沢山の絆創膏が貼ってあったこと。

勉強も出来て、顔も整ってて、なんでもできそうなお姉ちゃんでも、苦手な事があったんだ。

相も変わらず、周りの視線は痛かったけれど、私はお姉ちゃんの頑張りに免じて何も言わない事にした。


「はい、もう一口! 」


ただ、この羞恥が弁当を完食するまで続く事になるとは思ってもなかったけれど。

はい次、はい次、と急かすように色々なおかずを僕の口の中に運ぶお姉ちゃん。

いや、これは何だかもう、流れ作業なのでは?と内心思ったりもしたが、お姉ちゃんは楽しそうなので良しとしよう。

「はい、優くん。あーん!」

「あ、あーん……。あ、僕これ好きかも。」

「どれ?ああ、お稲荷さん?」

お稲荷さんは家庭によって味が変わる。

僕がいつも食べてるのは、醤油の効いたしょっぱいお稲荷さんだけれど、お姉ちゃんのは、甘く煮詰めたお稲荷さんだった。

「これね、黒糖使ってるんだよ!普通の砂糖よりもコクが出て美味しくなるの!」

「確かに甘いけど、しつこくない……。お稲荷さんって主食のイメージだったけど、これはデザートみたい」

「喜んで貰えて良かったー!あ、良かったら作り方教えようか?優くん、お料理上手だったもんね!」

こくっと頷いた僕は、そこから黒糖稲荷寿司の作り方を伝授して貰った。

明日にでも作ってみよう、なんて考えながら他のおかずも食べ進める。

……まあ、お姉ちゃんに食べさせて貰ってだけど。


お姉ちゃんの料理を食べながら考えていたのは、僕達が周りからどう思われているのか。

やっぱり家族に見えているのだろうか。

もし、僕があと三年くらい早く生まれていれば、少しはお姉ちゃんに釣り合うように見えたのかな。

そうすれば、僕達がその……彼氏彼女……に見えるのかな。


「えへへ、優くんと初めてのデートだね。」


一人淡々と考えていた最中、お姉ちゃんがそんな事を言った。

デート、なんて言う直接的な単語に、僕の体は跳ね上がってしまう。

「で……デートじゃない! 」

僕はすぐに否定したけれど、後になって思う。

確かに二人で笑いあったこの日は、デートと呼ぶに相応しい日だったのだ。




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