第7話 忘れられたい

 朝帰りの娘に、主婦のお母さんは何かを察してか一言も追求してこない。いつもの身支度を済ませると、会社に持っていくお弁当が既に用意されいる。それを持って通勤電車に乗り込む。


 満員電車に揺られ、疲労か覚醒か分からない目で見る景色はいつもと違う。


 スマホを手にLIN□を開くと、藤田くんの通知がある。おずおずと開けると、それは今朝来た通知じゃなくて昨日の待ち合わせ直前のものだった。


[すみません、宮原さんネタはガセでした]


 なんだ……LIN□を見てない私に合わせてくれてたんだ。余計なプライドのない藤田くんに、先輩ぶってた自分が情けない。昨夜の自分を認めたくなくて藤田くんごと消却したい。


 藤田くんに既読の通知が届くのが辛くて、私は藤田くんをブロックした。


 私みたいなのが本当にチャラくて、藤田くんの方が全然大人だったのが惨め過ぎて辛い。ブロックして断ち切ったつもりなのに、どこから藤田くんが私に調子を合わせてたんだろうと想像して、色んなことを思い出す。


 明らかになった失恋の痛手がもう何処かにすっ飛んでしまって、熱を帯びた藤田くんに「まどか」と呼ばれた声が頭の中に響く。記憶の中の藤田くんとの激しさと艶かしさが身体の芯をおかしくする。タイプじゃないのに、逆上のぼせそう。



————————————————————


 デスクに着いて程なく部署の朝礼が始まる。社内報とメールチェックして、プロジェクトの集合。日常を取り戻さなきゃ。


 後輩である要くんと出向する手筈を整えて、車を回す。要くんが運転をしたがるのに任せた。


「ところで要くん、綾香さんのどこが好き? 」

「はい? 唐突ですね! 」


 振り向かず言うほど驚いてないところが怪しい。


「えー、どこでしょう? どこだと思います? 」

「逆質問はダメでしょー」


「だって、僕が何言っても、年上好きとかそっちを被せて言われません? 」

「まあね。社会人成り立てだと、仕事出来るお姉さんとか魅力的でしょ」


「そうですよねー。甘ったれみたいで、僕なんかまんま過ぎません? 」

「あ、自分で言うんだ、要くん」

「言いますよ」


 なんだろー、若い子ってこんなもんか? もっと気張って背伸びするのかと思ってたら、そうでもないのか。藤田くんはどうなんだろう……同期で仲の良い二人。考え方が同じわけじゃないだろうけど、昨日の事を藤田くんが要くんに話すのは時間の問題かもしれない。


「で、どこ? 」

「あー」


 運転しながら返事を考える要くん。こっそり綾香さんと付き合ってるのは抑えてあるから蛇足でもある質問だけど、年の差カップルの話に関心があるのは否めない。


「うーん。例えば、飲みの席あるじゃないですか。だいたい生ビールで始まってるのに、綾香さん気がついたら熱燗をちびちびずーっと嬉しそうに呑んでたりとか」

「してるね」


「いつの間に頼んだんだろ〜って思ったら萌えません? 」

「なるほど」


「ちょっとおじさんっぽいところとか」

「ギャップ萌えねー。でも、あれでどれだけ飲み潰された男性陣がいたか……」


 飲みの席でじわじわと末席に逃げてのんびりする綾香さんに近寄って、同じペースで飲まされて自爆した男性社員が過去に何人もいた。その上二次会には出ないし。お酒が弱い要くんはセーフだったのかも知れない。


「でも、その飲み方ってアル中になり易いから気をつけなきゃね〜」

「えっ! そうなんですか? 」


 綾香さんを気遣う要くんの反応。それじゃいけないと運転に意識を向かせようとする要くん。分かりやすいなぁ……


 結局、要くんのお熱っぷりに当てられ、羨ましいだけでちっとも参考にならなかった。


 参考に? ううん。頭から藤田くんを失くして行かなきゃ……藤田くんの中で、嫌われて最低の私で良いから忘れ去られたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る