第24話 「起こしに行こうか」

 ゆっくり、時間をかけてその銀色のドームにたどりつく。

 車を止め、俺達は、その「中規模の都市」の前に立った。

 思った通り、そこの表玄関は、ぴったりとその扉を閉ざしていた。

 だが無論、それは予想されていたことだった。小都市の端末は、俺達に、脇の、外側から入り込むことができる小さな入り口を開けるための道具を渡していた。


 本当は、無理やりなんて、好ましくはないのですが。


 端末はそう言った。だがそうは言っていられないのは、彼もまた判っているのだろう。

 銀色のドーム型の「都市」は、近づけば近づくほど、それがドーム型であることを忘れさせる。そこにあるのは、冷たい銀色の金属の、高い壁。雪の白や空の青を反射して、それは冷たく光る。

 端末から渡された道具を操作すると、ぴぴぴ、と小さな音がして、脇にあった小さな扉が開いた。

 中は、意外にも、明るかった。どうやら外から見ると銀色だが、内側に光は通すらしい。だけど、決して暖かくはない。

 広場のようだ、と俺は思った。内側にわざと見えるように組んであるこのドームの骨組みと、天井の硬質のガラスを通る光が、床に複雑な幾何学模様を描き出していた。

 そしてその幾何学模様の一番複雑な部分が描かれている赤い丸が、広場の中心らしい。そこから、都市の奥へと続く道が伸びる。

 だがこの都市は結構広い。この中で「彼女」の居場所を探すのはなかなか厄介だ、と俺は思う。

 端末は一応、俺達に「彼女」の本体までの地図はくれた。だが俺達はそこから先は車を使う訳にはいかない。ここからは徒歩だ。最初に逆戻りだ。

 ただ、最初と違うことも幾つかあった。着ているものは充分暖かかったし、充分な食料はあったし、それに。


「おいとりあえずメシにしよメシに」


 …相変わらず歌姫は歌姫だったが。

 今度はぽん、とケースの一部を操作すれば、すぐに中身が暖まる飲み物や、一応出てくる前に調理してくれたパンに合成タンパクのハンバーグを挟んでくれたとか、前より上等なものを抱えている。何となく俺は、故郷でのピクニックを思い出す。子供の頃だ。

 あの頃はまだ、彼女と今のようになろうとは思いもしていなかった。世界は単純で、道は幾つもに分かれていても、そのどれもを選べると信じていた。


「あち」


 歌姫は暖かいスープに口をつけながら、そうつぶやく。両手でそぉっと持って、大事そうに呑む姿は、その頃の俺達をも思い出させる。


「お前も早く食えよ、冷めるぞ」

「ああ」


 そうだな、と俺もまた、スープに口をつけた。

 食事をしながら、端末から受け取った「地図」を俺は床に広げる。幾何学模様が、大きく広げた紙の上にも影を落とす。

 ドーム全体の内部が、その大きな紙には描かれている。最初に入る扉についてだけ、端末は赤く印を打ってくれた。だがそれ以上の進言は、彼は俺達にしなかった。

 実際に行ってみないことには、これ以上は判らないのだと。

 きっと彼は、自分が行きたいのだろう、と俺は思う。だが行ったところで、自分が何もできないのを知っていたのだ。だから待ったのだろう。そうできる者を。


「入ったのはここで、今太陽の位置がこう…」


 歌姫は光線の加減を手で示す。


「だとしたら、中心に向かうには、とりあえずこの中央の道を行けばいいってことだな」

「そぉだね。…でもこの距離…」


 隅に書いてある縮尺を見る。


「…やだねえ全く」


 歌姫はぼやく。それに、それだけではない。

 確かに地図なんだが、肝心の「彼女」が果たして何処にあるのか、それがきっかり書いてある訳ではない。それに、地図上にはところどころ不明地帯がある。


「定石から行ったら、こういう都市の場合、中心部にあるというのが普通なんだが…」

「とりあえずは定石通り行くしかないんじゃない?」


 全くだ。俺達は食事を済ませると、さっさと立ち上がった。

 時間が無い訳ではない。今度はなかなか見つからなかったら、一度帰って、また対策を、今度は端末と練り直すという方法もある。急ぐことはないのだ。

 そう思ったら、急に気分が楽になった。

 気持ちを切り替えると、この都市は暖かさこそ無いが、ひどく綺麗な所だった。天井の幾何学細工だけではない。歩き出した通路の、壁面にも無数の模様が描かれている。


「よっぽど、ここを作った人は凝ってたんだなあ…」


 俺は壁面に触れながら、素直な感想を口にする。そうだね、と歌姫も素直に同意する。

 そのくらい、この都市は、手がこんだ作りをしている。あの小都市はどうだったろう。入った時が入った時だったので、俺はあちこちを見渡す余裕などなかった。


「きっと色んな都市に、それぞれの顔があるんだよ」

「顔ね」


 そうかもしれない。何せ一つの惑星というのは、広いのだ。それにここが地球だとするなら、俺達の住んでいたコウトルシュとは違い、暑かろうが寒かろうが、住める所に至る所に都市を作ったはずなのだ。その頃、地面は貴重なものだった。


「一体幾つくらいあるのかな」


 歌姫は、帽子と対になったふかふかしたマフに手を突っ込んで、だらだらと歩きながらつぶやく。


「何が?」

「都市。『彼女』のように眠ってしまった都市がさ」

「それは端末が知ってるだろ」

「一人起こせば、全員が起きるのかなあ」


 どうだろうな、と俺は答える。

 実際それは端末にも判らないことだろう。そもそも、あんな遠距離の反乱を感じ取って心を閉ざしたというコンピュータ達だ。何処でどうつながっているのか、所詮人間の俺には判らない。でも。


「もしも他の連中が起きなかったら、起こしに行こうか」

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