第6話 「春を探しに行こう」

「お前の言う通り、金属反応があるんなら、とりあえずそこに向かってみようと思う」

「何で」

「何でって…… そりゃ、そこにまだ何かあるかもしれないだろ。ここにあるものなんて、たかが知れてる。食料だっていつか尽きる」

「じゃ、移動するんだな」

「そういうことだな」

「じゃ俺はそれには賛成」


 歌姫はあっさりとそう言って、手袋をつけたほうの手を上げる。俺はそのあっさりさに妙に気が抜けるのを覚えた。


「何だよ、変な顔して」

「いいのか?」

「いいのかも何も。メシが足りないのは俺もやだ」


 だろうな、という気がする。スープのパックは綺麗に舐め取られていた。


「それに、俺はここの惑星が住めるんなら、住みたいな」

「へ?」

「静かだし。人がいないんなら、俺は嬉しいね」

「気が狂いそうだな、俺だったら」

「俺は平気だよ。少なくとも、俺をどっかの専制者やら独裁者志願の馬鹿に売り渡そうなんてボケはいないし」


 ああ、そうか。

 俺はその時やっと、奴の妙なご機嫌の意味が判った。

 何と言ったものかな、と言葉を探しあぐねていると、奴はぼそっと言った。


「でもさすがにここは寒いし」

「あ? ああ」

「春だったらいいのに」


 ぼそっと言ってから、奴はふと思いついたようにぽん、と手を打った。


「そっか」

「な、何だよ」

「春を探しに行けばいいんだ。春を探しに行こう」


 それは有無を言わせぬ口調だった。



 ざくざくと、雪が音を立てる。それ以外には、吐く息の立てる音くらいしか、耳には入ってこない。

 陽が昇り、天候の安定を確認した俺達は、コンテナから出ることにした。

 とは言え、出て行ったまま、帰らずにいる、というつもりはなかった。あくまでそこを基地にして、奴の言うところの「金属反応」を確かめに行きたかったのだ。

 この惑星に留まるつもりはなかった。上手く救援信号を拾った奴が、この惑星にやってきて、拾ってくれるだろうことを期待していた。

 それが敵方だったら、その時にはその時だ。船をぶんどってしまおう、と俺は考えていた。

 限定戦地行きの救急医療具を入れた巾着型の袋三つのうちの一つに、残っていたハードブレッドとドライミート、それにビタミン剤を詰め込み、歌姫に渡した。


「お前が二つかよ」

「お前自分の体力と相談したのか?」


 歌姫は黙ってその一つを背負った。足にも、ゲートルのようにぐるぐるとズボンの上から、靴のぎりぎりまで、余った布を切り裂いては巻き付けている。

 言われるまでもなく、歌姫は、それを自分でやっていた。手慣れた調子だった。

 俺はぱんぱんに脹らんだ二つの袋を互い違いに重ね、その上に毛布をぐるぐる巻きにして乗せつけた。

 溶かさなくてはならない、ということはあっても、水だけは豊富なのは、ありがたかった。

 防寒服のポケットというポケットに、マッチやライター、それにナイフといった道具は詰め込んである。

 ただし、それ以上のものは持たない。歌姫はそんな俺の格好を見て、不意にコンテナの中へ引き返すと、何かの計量用だったのか、やや端のゆがんだボウル状の網を持ってきた。篭だよな、と俺はその形を見て、納得し、何故そんなものを持ち出したのか、頭をひねる。

 だがまあいい。必要無さそうだったら、その場で捨てさせればいいと思った。

 そして、さあ行こう、と口にもマスクのように布を巻きまくった歌姫は、俺の髪を引っ張った。

 俺は、と言えば、この人間方位磁石の後を追うしかなかった。

 そのまま、時々靴底に詰まる雪を払いながらも、俺達はだらだらと歩いていた。

 先に話を始めたのは、奴の方だった。


「お前って、やっぱり変だよ」


 いきなりの言葉に俺は何だと?と奴の方を向いた。


「お前だって、変じゃないか」

「そんなのは、別に言わなくても俺がよく知ってるもの」


 あ、そうと俺は短く返す。


「お前さあ、アルビシンに女、いなかったの?」

「女?」

「カノジョ」


 カノジョ、ね。俺は肩をすくめる。鮮やかな記憶が、ふとよぎった。


「居なくはなかったがな」


 奴は足を止める。何だよ、と数歩先で気付いた俺が振り返ると、奴は赤の瞳をまん丸くしていた。そしてさも意外、というように大きな声を立てる。


「居たんだあ」

「何だよ、居たら悪いか?」

「悪かないけど、かなり意外」


 くく、と歌姫は含み笑いをする。俺は振り返る格好のまま、眉を思い切り寄せてみせた。


「じゃ、心配してるんじゃない? お前が捕まったんじゃ」

「どうかな」


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